肉を切らせて骨穿つ

ヤドリギ

第1話 18禁解禁

ダンジョン――突如出現した謎の遺跡、及び建築物の総称である。

ある場所には空に向かって生えるように塔のような物が、またある場所には洞窟のようにひっそりとそれは出現した。


既にあった建築物や自然を破壊するようにして現れたそれは、瞬く間に世界中の話題を掻っ攫い混乱へと誘った。


人間への影響はどのような物になるのか、またダンジョンの出現に伴って破壊された物への対応はどうするのかといった問題に対して各国が対応を迫られる中、某合衆国は軍隊による調査を敢行。その結果判明したことは2つ。


1つは創作物に出てくるような生き物、所謂モンスターの存在が確認されたこと。

2つめはそれらのモンスターは重火器による対応が可能な上、様々な加工に用いるこ

とで人々の生活を豊かにできる上質な素材だということだ。


そのことが発覚してからの世界情勢の動きは速く、自国に発生しているダンジョンの数や所持している軍事力がそのまま国力へと変わっていった。

これが世界が大きく変わった日、通称第一次ダンジョンショックである。


そこから月日が流れ、ダンジョンというものの存在が人々に受け入れられてきた頃、日本は1つの政策を打ち出した。それが民間遺跡発掘法である。


これは国が対応しきれない数のダンジョンがあることに対しての対策として考えられたもので、厳しい試験を突破した者に免許を発行し、個人、もしくは企業としてのダンジョン攻略を認めるというものである。


これはとれる資源がそのまま国力へと変わる状況を重くみた国が、少しでも他国との差をつけるために考案された。しかし当然反対の声も大きく、命の危険や個人が武器を所有することの反対意見が相次ぐことになった。


しかし最終的には法案は可決され、実際に免許を取得した者が現れるとその声は次第に小さくなっていった。その理由は初めての免許取得者である新藤猛しんどうたけるの残した一言がきっかけであると言われている。


新藤氏曰く、「腹空かしたクマの方が怖い」


この一言を聞いた猟師達は訓練所に向かい免許を取得。圧倒的需要故に高値で国が買い取るモンスターの素材をかき集め一瞬で大金持ちへと至る者が続出した。

しかしこの歴史には1つ留意しておくことがある。それは決して危険がないということではなく、ダンジョン探索は死と隣り合わせということである。



「って教科書には書いとるけど、今となってが娯楽の一種みたいになっとるねんけどなぁ」


大学の講義で使う教科書をペラペラとめくりながら男は呟いた。


「18歳になってダンジョン配信が解禁されたから見てみたけど、こりゃ皆見るわけやわ。だってゲームの実体験みたいやもん」


男は自室の机の上にタブレット置きながら頷くような動作をして天井を眺めながら一言こういった。


「俺も免許取るかぁ」


男の名は立見俊明たつみとしあき つい最近18歳を迎えた大学生でダンジョン探索者としての一歩を自室で踏み出そうとしていた。


ダンジョン配信、それは18歳以下には視聴が禁止されているコンテンツである。

第一次ダンジョンショックから時は流れ、免許取得者の数は爆発的に増えていった。その結果情報発信もとい、消費される娯楽として提供されるようになった


ダンジョン内のライブ配信は例外なく俊明を虜にした。

しかし国が管理しているダンジョンへ入るには訓練所に参加した後にテストに合格することで発行される免許が必要である。

また、それ以外にもダンジョン内で使用する装備や免許取得に必要な資金と必要な物は大量にある。

しかし俊明は奇跡的にそのハードルを乗り越えるだけの要素は持っていた。


「訓練所の費用は~っと…結構するけど足りそうやな!お年玉やらなんやら貯めといて良かったぁ。後は諸々の書類は訓練所の受付で用紙もらうとして…

後は肝心の装備か。一応合格したときにもらえるらしいけどどうしよかな。なんか凄くボロいイメージあるわぁ」


免許を無事取得したとしてそのまま放置するようなことはされない。ある程度の種類の中から武器と防具を選び戦える状態にしてから訓練所は生徒を卒業させる。

しかし如何にも初心者用装備といった感覚を嫌って自前で武器などを調達するケースも少なくない。

調達する方法は2つ。1つめは国から認可を受けた販売店である程度の金額を払って購入するパターン。もう一つは――


「うん、ちょっと早苗ちゃんに相談すんのがええかな」


自作という手段である。



「で?僕に電話してきたと…」

眉を潜めながら女――角屋早苗すみやさなえはため息をつく。


「せやねん!なんか訓練所の武器って信頼持ちにくいやん?ほんでも実際に買うのはちょっとお金怖いし」


俊明が顔をほころばせながらそう言うと

「あのねェ、実際に僕が作るにしても費用はかかるし、登録の手間もある。それに今から作っていつ完成するかもわからないんだよ?」

呆れた声の返答が電話越しに聞こえてくる。しかし俊明はあっけらかんとこう返した。


「大丈夫大丈夫!俺もしばらく訓練所やし実際にダンジョン行くまで結構かかるで。それに早苗ちゃんの作ったもんの方が安心できるもん」

電話越しにも聞こえる大きなため息の後に続く言葉は俊明にとっては予想道理のものだった。


「…どんなのがいいんだい?」


「流石!やっぱり頼れるのは友達やな!神様仏様早苗様やでホンマに!」


「昔から無茶ぶり多いよねェ。仕方ない、装備ケチって怪我でもされたら僕も嫌だし頑張ってみるよ」

腰まで伸ばした青紫の髪を揺らしながら早苗は俊明からの要望を聞くために準備をするのだった。




細かい要望を早苗に伝えてから数日後、俊明は都内にある訓練所に来ていた。

免許を取るためには訓練を受ける必要があるが、それ以前に年齢確認や身分証明、前科の有無など様々な項目をクリアする必要がある。

その書類を受け取るために訓練所に俊明は出向いていた。


「えーっと、すいません。訓練受けるための用紙受け取りに来たんですけど…」

今まで立ち入ることのなかった場所に来たためにそわそわとした様子で受け付けの職員に声をかける


「はい、訓練を希望する方ですね。ではこちらの書類に記入を――」

ニコニコとした接客と共に差し出されたのは夥しい量の紙の束であった。


「ああ~、ありがとうございます。ちょっと向こうで書いてきます~」

ここから探索者の一歩が始まると楽しみにしていた男の顔に既に笑顔はなく、手元にある紙束を見て顔を引き攣らせているのだった。


「では今から1日目の訓練を行なう!私の名前は西園。本日よりこのグループの訓練を担当するッ!」

諸々の手続きを終え、ぐったりした俊明を待っていたのはそんな声だった。

ルビーのような赤い髪をヘアゴムで縛った女性――西園里奈の声を聞き、部屋に集められた10人の男女は背筋を伸ばした。


「これから一ヶ月で君たちを探索者として戦えるように鍛える!無論着いてこれないと感じた者は途中でリタイアして構わない。ただし事前に説明したとおり、払った費用の返却はされないため注意しておいてほしい」

女教官は鋭い目つきで周りを見渡しながらこう続けた


「また、この訓練の最中に起きた事故やそれに伴った怪我などに関して我々が責任を持つことはない。勿論死ぬようなことを強制させるつもりはないし治療も行なう」

この言葉はどこか浮き足立っていた訓練生達の心を静めるには十分なものであり、俊明も例外ではなかった。


(あかん、思ってたよりガチな奴やったァ~!!生きて帰れるかな…)

冷や汗をかきながらそう心の中で呟く俊明を放って状況は進んでいく。


「ではまずは個人の体力を調べる!全員支給された制服を着用し、外の運動場へ集合するように。ああ、更衣室はここを出て突き当たりを右へ行くと女性用、逆が男性用だ。今から15分以内に準備できなかった者には罰則があるので急ぐように!では解散ッ!」

ピンと背筋を伸ばし堂々とした態度で西園が出て行くと、はっとした様子で全員が慌ただしく更衣室へと移動していく。

俊明もいそいそと制服が入った袋を持って更衣室へと駆けていった。


泊まり込みで一ヶ月行なわれるこの訓練には複数の教官が存在する。やることに大きな違いは無いが、その厳しさという面において西園里菜にしぞのりなはトップレベル――とどのつまり、スパルタ鬼教官である。

この一ヶ月俊明を含めた10人は地獄を見ることになる。しかし以外にも脱落者は0。全員が無事に訓練を耐え抜いたのだった。


一通りの知識、武器の扱い方、ある程度の体力とダンジョンに関する規則諸々を叩き込まれた俊明は、血と涙の結晶である探索者免許を握りしめ訓練所を後にした。


「一ヶ月で戦えるようになるんかいな、とか思ってたらめっちゃ効率良くシゴかれたわ…絶対に死なへん殺人的メニューって存在するねんなぁ…」

なお試験に合格できない場合は改めて一ヶ月訓練漬け、という事実が原動力となっているという背景がそこにはあった。

立見俊明18歳、探索者免許取得の瞬間である。




「無事免許も取れたし、後は早苗ちゃん次第かなぁ。ちょっと電話してみよかな」

訓練中にはろくに触ることができなかったスマートフォンを弄りながら俊明はこれからのことを考えていた。


「仮に装備が完成してたとして、慣らすのに1週間くらいはほしいなぁ。装備登録のこともあるし、早くて2週間後とかか?」


個人が武器を持つことに対しての国が行なった対策の1つが装備の登録である。形状とギミックの詳細と誰が作ったのか等の情報を用紙に記入してようやく武器の使用及び所持の許可が下りる。


早苗はこの装備登録に時間がかかると知っており、俊明の電話に対してネガティブな反応を返していたのだが、訓練漬けから解放されたばかりの男はそんな事情を知るよ

しもなかった。


「…と~し~あ~き~クゥン!!ちょうっど良いタイミングで電話してきたねェ!できてるよ!僕の最高傑作がさァ!」

1ヶ月ぶりに聞く友人の声は明らかに常軌を逸したテンションだった。コレには流石に俊明も面食らうことになる。


「あっかん。電話相手間違えましたわ。すみませn「まぁまぁまぁ!僕が君を間違えるわけないだろぉ~?君に頼まれていた武器の試作品が完成したんだよ、ついさっき!」

ちょっとした冗談にも付き合う様子をみせず、勢いに任せて口を動かす早苗に対して俊明は白旗を掲げることを選択した。


「ああぁ~、とりあえずお疲れ様。ほんでありがとうな。もう受け取りにいってええかんじ?」


「うんうん!もうね、自分の才能が怖いくらいの仕上がりだよッ!直ぐに僕の部屋に受け取りに来てくれたまえ!」

かろうじて会話が成り立つことに安心しつつ、どこか心当たりがある俊明は自分の疑問を口にした。


「何徹目?」

「3徹m「アホやろ自分」

自分の予想がしっかりと当たっていたことにため息をつきつつ、俊明は少しずつ早くなっていく自分の鼓動を自覚しながら早苗の部屋へと向かっていった。





俊明は早苗の住処である防音マンションの入り口に到着していた。

(ついに武器とご対面か~!自分専用って響きは何回聞いてもグッとくるわ)

はやる気持ちを押さえ、インターフォンを押す。


「やぁやぁやぁ、よく来たね!ささ、早く入りなよ。君の意見も聞いておきたいんだ」

久しぶりに見た友人の顔はギラギラとした目つきをしており、ボサボサの髪の毛、ついでにシワだらけの白衣と、それはひどいものだった。


「まぁ昔から機械いじりしてるときの早苗ちゃんはこんな感じやったけど、久しぶりに見るとやっぱアウトやなぁ」

どこか呆れたように、どこか生暖かい目をしながらそんなことを言う俊明に対して早苗は慣れた様子で言い返した。


「女性を見て一言目がそれっていうのも失礼な話だけどね。そもそも一ヶ月とかいう短い期間で、素人の要望通りの装備を作り上げた苦労人に向かってなんだいその態度」

ある程度の正当性を持つその意見に対して俊明は返す刃を持ち合わせてはおらず、手のひらを返すように媚びるような態度になっていた。


手を擦り合わせながら拝むようなジェスチャーをしながら俊明が聞く。

「いやいや、ホンマにありがとうございます!で、実際のブツは…?」


白衣を翻しながら仰々しい大げさな態度で早苗は言う。

「うむ、それではお見せしよう。これが君専用の装備…の試作品である『鬼鉄』だよ」


そうやって俊明の前に出された武器は、機械仕掛けの義手のようなものだった。とある一点が激しい主張をしていることを除けばだが。

「おおおおおッッ!腕に装着するタイプでってゆったけど、実物見るとテンション上がるなぁ!」

「君の希望していたとおり、利き腕に装着して使う近接武器で、カートリッジ型の燃料を使って杭を打ち出す機構を取り付けてあるよ。まぁ早い話が――」



パイルバンカーである


鬼鉄と称されたそれはシルバーの塗装がされており、腕全体を覆うように装甲がつけられている。


指先の部分は獣の爪のように鋭く、しかし手の甲や手首周りの造形は機能を盛り込んだ影響かゴテゴテとしており人工物としての主張をしていた。


特筆すべきは腕の部分に作られている射出機構とそこから伸びている鉄の棒――杭とでもいうべきだろうか。


杭の長さは鬼鉄の全長の約半分ほどであり、装着者の腕の可動に影響を与えないギリギリのサイズに調整されていた。


欲しかったおもちゃを手に入れた少年のように目を輝かせる俊明を細くした目つきで確認しながら早苗が言う。

「あんまり杭の部分を長くすると他の動作に支障が出るだろう?だからそのサイズに調整したんだけど、その分威力が落ちてる。だからそれを補うための炸薬カートリ

ッジという訳さ」


早苗の持つカートリッジ――手で持つにはそれなりに大変なサイズの物を見て、俊明は疑問を口にする。


「それって使い捨てなん?回数制限あるってなんかドキドキねんな。撃ち放題になったりせぇへんの?」

などという消費者目線から出てきた疑問に対しての生産者の返す言葉はいつの世も決まっている。


「そんな便利な代物はないよ。この機構を取り付けるのにだって苦労したんだ。そもそもなんだい?火薬で爆発させて杭を打ち出す武器って。銃でいいじゃないか。」

カートリッジを置き、両手を顔の横に広げる仕草をしながら吐かれた正論に対して男は間髪入れずに言い返した。


「そんなもん浪漫やからにきまっとるやんか!」

「言うと思った…」

どこの世界も無茶を言う人間にはそれを叶える能力を持った人間が近くにいるものだ。


角屋早苗という女性もそんな類い希なる能力の持ち主であった。

俗に言う深夜テンションから一転、落ち着きを取り戻しながら早苗は釘を刺すように言った。

「僕が機械いじりを得意としているからって言えば何でも叶えられる青狸とは違うんだ。次はもう少し作りやすいものを考えておくれ」


カラッとした笑顔で一言

「叶えようとはしてくれるんや?」

動揺、衝撃、発汗、とどのつまり『しまった』という表情を作る早苗を見て、男は堪えきれず笑い出すのだった。

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