008 【悲報】凛斗の安寧生活、終了



 次の日の朝。敬とクラスメイト達は、俺が教室に入った瞬間、今までにないほど仰天した。


「「「「「え」」」」」


 それはいつぞやに見た景色によく似ている。刹菜が俺に挨拶をした時の記憶。

 クラスの男女が一斉に振り向き、視線を浴びる俺。

 注目されること自体は別にいいんだよ、慣れているし。問題はそれで俺の自習に支障が出るかどうか。


「おまっ……どうしたんだよ? その髪」

 

 敬はそう訊いてくるが、多分驚きの理由は他の生徒とは違うだろう。


「ん、出家した」

「いや、イミフ」


 という冗談はさておき、


「刹菜がこれで学校行けって言うから。あれだけ啖呵を切ったあとで、後戻りできなくなったんだと」

「あー、昨日の刹菜が言ってたやつね」

「そうらしい」


 視線を集めるのは多少迷惑だが、まあいい。思ったほど差し支えない。


「凛斗、やっぱお前普通にイケメンだな。でも……良かったのか? 究極の普通を目指す!勉強第一! とか入学式の時に宣言してたろ」

「うーん……まあなんだ? 勉強さえ出来れば別に」


 そう言いながら自分の席に着いた時に初めて気づいた。女子の訝しむような視線が俺に一点集中していることに。


「流石俺。今日も視線を集めるイイおと……嘘です」


 メガネをはずして、髪型を変えれば、少しは女子の態度が優しくなると思っていた時期が俺にもありました……。 

 すると、タイミングを図ったかのように二人の女子が近づいてきて、


「あの……」


 と話しかけてくる。


「ん? さっきのは冗談で――」

「あ、いえ、そうじゃなくて……」

「え?」


 正直、俺はこの二人が誰か知らない。記憶喪失以来、覚えた女子の名前は刹菜と鈴乃だけ。

 俺は頭にはてなを浮かばせると、


「えっと、あなた……誰ですか?」


 その女子は顔を紅潮させながらはにかみ、そう訊いてくる。


「誰って……? もしかして俺が誰か分からない感じ? まあ、陰キャだし覚えられてないのは仕方ないけど……記憶喪失から退院した、ほら、最近刹菜と鈴乃を買収したとかいう噂が立ったこともある……」


 思い出してもらおうとしたが、


「えっ……それは凄いですね。やっぱり鈴乃さん、刹菜さんみたいな可愛い人が好きなんですか?」


 そう言ってあざとく上目遣いしてくる名も知らぬ女子。


「んん?? ちょっと待て。気のせいか? 俺達、全く話が噛み合ってないと思うぞ?」

 

 なんだ、一体俺の身に何が起こっている?

 IQ50万(自称)の俺でさえ状況を把握しきれてない。


「えっと、ちなみに……そこは霧咲凛斗の席ですよね。彼に何か用事でも……?」 

「んんんっ???」


 俺の脳内は急停止。

 いやいやちょっと待ってくれ。ちょっと待ってくれ世界。頭が追い付かない。


 すると今度は、違う女子二人組が小走りに近づいてくる。


「私、凛斗って人と仲いいですよ。良ければ伝言か何か伝えておきましょうか!」


 仲良くねーよ!嘘つくな! てかお前誰だよ!

 そう思っていると、もう一人の女子が、


「あの、私と連絡先交換してくれませんか……!」


 待ってくれ待ってくれ。

 嘘だろ……。


「おいおい、まさか君ら、気付いてないのか……? 俺は―――」


 俺がそこまで言った時――


「あー! 凛斗! 女子に囲まれてる! 浮気じゃん浮気!」


 履き替えるのが遅かったので玄関に置いてきた刹菜が、意味不明なことを叫ぶ。その声は廊下中に響いたことだろう。

 そして次の瞬間、その場に「硬直」は訪れた。

 クラスの女子達、俺を取り囲んでいた女子達が、一気に目を点にする。


「へ――? 凛斗……? 誰が……っ?」


 うん、やっぱりな。この女子達……髪を切ってメガネを外した俺を、俺だと認識していない。なんか話がかみ合わないと思ったよ。

 こんなこと現実で起こるんだな。


「あなた達は一体何を言っているのかしら? 凛斗なら目の前に居るでしょう?」


 遅れてやってきた鈴乃が、半ば呆れ顔で俺の横に立つ。まるで秘書かのような佇まい。


「だから私は反対したのよ。クラスが混乱するからって」


 そう耳打ちしてくる。


「いや、まさかここまで混乱すると思わないだろ……」


 流石に俺がモデルだと気付いた人はいないだろう。若手のモデルは案外多い。別にかつての俺もトップレベルの人気を誇っていた訳じゃない。結構弱小だった。まあだからこそその時の俺を、刹菜が知ってたのはおかしいんだがな。


「どう? あたしのリント、かっこいいでしょう?」


 そう言って皆に自慢する刹菜はなんだか鼻が高そう。えっへんとでも言いそうな雰囲気。

 そして俺は刹菜のものじゃないけどな。何回言っても「あたしの」を付けたがる。

 

「うそ……」

「あの陰キャと同一人物……マジ?」

「だから鈴乃さんとかがくっ付いてた的な?」


 そう噂する女子達。


 だが、良かった。モデルだったことさえバレなければなんとかなる。

 これくらいの騒ぎならすぐに収束するだろう。モデルだとバレれば、色々厄介かもしれないがな。

 俺の安寧生活は守られた! これで俺の勉強に支障は―――


 すると一人の女子が、


「待って! 凛斗ってもしかしてあれじゃない? 去年に流行ったモデルの!」

 

 うん! おっけい、俺の安寧生活終わった!


 さらば青春。さらば俺の安寧生活……。



 




 その日の放課後、俺は何故か刹菜の家にお邪魔していた。

 そうして対峙する俺と刹菜、彼女はブレザーを脱ぐ。


「それじゃ、しよっか?」





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る