005 初めての頭ポンポン
次の日。人気の少ない水飲み場にて、オレは金髪のポニーテル美女と対峙していた。
「何度言ったら分かる? 俺たちは付き合ってない。いったんはそれで納得してくたろ?」
「やっぱり付き合ってることにした」
いや意味不明だろ。
「付き合ってない」
「付き合ってるぅ!」
「付き合ってない」
「付き合ってるもん!」
どうした刹菜、その話はだいぶ前に終わったろ。今日はやけにしつこいな。
午前中は一ノ瀬とテストの点数で口論になった、かと思えば午後は刹菜か。
呼び出されたので来てみたらこの通り。
「君が嘘をついてるのは知ってる。本当は彼氏じゃないのも分かってる。鈴乃さんが来た時点でそれは分かってた。そもそも彼女だったなら、俺とのツーショ1枚ないなんておかしな話だろ?」
まあ彼氏でもない俺のことについて異常に詳しいのもおかしな話だが。
敬が俺について話したのかと思ったが、そうではないというし、彼女の調査力が優れているだけなのか。
「…………」
頬を膨らまし、見るからにいじけた刹菜。ポニテを人差し指でクルクルしている。
「でも、別に怒ってはいない。なんでそんな嘘をつくんだ、とは疑問に思ってるが。俺の遺産がそんなに欲しいならもっと結婚時期とかに……」
「胃酸? 何を溶かすの?」
「それ消化液の方な? てか俺の胃酸とかクソ需要ないだろ。――って、そうじゃなくって、俺が言ってんのは両親から相続する“遺産”の話」
「いや別にそんなの興味無いって。あたしの家、金持ちだし必要ないもん」
「じゃあなんだ? モデルと付き合ってるってステータスが欲しいのか? ならそれも諦めろ。俺はもうしがない一般人だ」
「だから、そんなこと気にしてないって!」
刹菜はさらに頬を膨らます。
俺はその風船を指で突きたい衝動にかられるが、我慢した。
「はぁ……じゃどうして俺に―――」
そこまで言っていて、思ったことがある。
記憶喪失で目覚めてから一週間。学校に登校を始めてからはや二日が経過。
その間の俺は疑ってばかりで、真に彼女と向き合ったことがあるのか、と。
確かに彼女不要。勉強第一。それは俺の思想だし、理想だ。
けど所詮俺の勝手。彼女が本気で俺を好いていてくれた場合……百億分の一でもその可能性があるなら、俺はちゃんと向き合うべきなんじゃないのか?
「リント、あたしのこと嫌いなら嫌いって、言っていいからね……」
少し俯く彼女を見た。
もしかして、少し落ち込んでる?
俺は、甘えているのかもしれない。
この状況に。記憶喪失に。
少なくとも彼女らは自分達の気持ちを俺に伝えた。
はっきりと「好き」と言われたわけじゃないけどな、それでも。
「嫌いならとっくに拒絶してるさ。その、刹菜のことは……可愛い、とは思ってるよ」
そう言って彼女の頭をポンポンし、俺はその場を去った。足早に。
そう――足早に。
いや無理無理。
俺は一体何を言っているんだ! 何をしてるんだ!
自分でもよく分からない。
けど、なぜか「そうしたくなった」のだ。その欲求を抑えられなかった。
目の前に居る可愛いものにどうしようもなく触れたくなった俺を、一体誰が責められよう。
思春期の本能を抑えられなかった俺を、一体誰が責められよう!
自分からした行動とは言え、手が彼女の頭に触れた瞬間から手が震えた。
これが人生で一番緊張した瞬間だったというのは、墓まで持っていく秘密である。
もしかして俺…………いやいや、そんな訳ない……!
彼女不要! 勉強第一!
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