004 自称彼女の黒髪ロング


「刹菜さん……トイレ長くないか?」


 俺がそう呟いていると、ガラガラと病室のスライドドアが開かれた。


「やっと帰ってき―――ん? あれ? 刹菜さん、じゃない?」


 成程、今度は黒髪ロングの美少女か。スタイル抜群で、容姿端麗、知的な雰囲気もあるが、明らかに人を寄せ付けないオーラを纏っている。 

 おっけい、一旦意味不明すぎるので家に帰りたいです神様。神様なんて信じてないが。俺は無神論者だが。


「刹菜……? どうしてこのタイミングであの金髪ギャルの名前が出てくるのか知りたいわね」

「いや……その前に、どちら様?」

「やっぱり忘れているの? 今までのこと。私の事……。記憶喪失になったって聞いたわ」

「まあ、はい……。君が誰だったかも正直覚えてません……」


 彼女は頬を紅潮させ、微かに目線を逸らした。


「私は一ノ瀬鈴乃。そうね……一口に言うなら……私が凛斗の彼女だったのよ」

「へぇ……」

「彼女を忘れるなんて酷いわね。けど許してあげるわ」


 いやいや、そんな訳あるかいな!


「絶対あり得ないだろ! 君みたいな美少女と付き合える玉じゃないんだよ俺は。そもそも俺、彼女(仮)いるんだが?」

「えっ―――嘘でしょう? そんな筈ないわ!」


 目を見開き、めっちゃ驚いている黒髪の美少女。

 そんな筈ないとはなんだ、そんな筈ないとは。


「いや、マジマジ大マジ。だから、それが事実だとするなら俺はただの浮気クソ野郎になっちまうんですわ」

「く――」


 唇を噛む鈴乃さん……身を乗り出すことで、さり気なく谷間見えせてくるのやめて。破壊力えぐいから。

 胸もあるし、可愛いし。一般的にモテそうな女子が二人も俺の彼女だと申し出てきた……これは明らかな異常事態。

 こんな超展開、一体誰が想像できようか。 


 すると鈴乃さんは親指の爪を噛み、何やら苛立っている様子。


「―――」

「あの……マジで意味不明なんだが、誰かこの意味不明な状況の説明を……」

「凛斗――その自称カノジョの名前は?」


 うん、君も一応「自称彼女」ね? 自覚あるかな?


「五十嵐刹菜って子だけど?」

「く……先を越されたっ」


 いや、意味不明すぎてマジで誰か助けて。

 先を越された? 一体何の先を越されたんだよ。


 すると、ガラガラと再びスライドされ開かれたドア―――


「リントー! あたし、そう言えば今までの授業分のノート印刷してき―――」

「刹菜……」


 鈴乃さんは意味深に目を逸らす。


「は? 一ノ瀬鈴乃? あんたこんな所で何してるわけ?」


 刹菜さんが慌てて臨戦態勢を取る。

 段々雲行きが怪しくなってきたぞ。


「それはこっちのセリフ。五十嵐さんこそ、凛斗に何か用?」


 うーん、鈴乃さんはなんか相当怒ってるっぽい。しかしこれだけは言わせてくれ。俺は誰のものでもない。


「は? ちょっと待って、なに勝手に彼女面してんの? リントはあたしの彼氏なんですけど?」

「あら、石に花咲くような話ね。いつも陰キャメガネと言って彼を弄っていたくせに?」

「あんただって毎日毎日くだらないことで言い掛かり付けて、話しかけに行ってたでしょーが!」


 二人とも目からバチバチビームを放って言い争う謎の時間。

 俺が女子のガチ口論に口出しできる訳もなく、その日の水掛け論はのち10分ほど続いた。




 それからというもの、彼女らはほぼ毎日見舞いに来てくれた。

 俺は訳も分からず取りあえず来てくれる二人と毎日、他愛もないことを話した。

 交互に来るときもあれば、三人になる時もある。


 こうして分かったことは人物像。


 五十嵐刹菜はおそらくクラス内カースト上位に位置する女子で、毎日告白された一週間伝説などを残すほど男子に人気らしい。その理由は彼女の容姿を見れば一目で分かるだろう。

 

 一方で一ノ瀬鈴乃。彼女はクラスの委員長であり、どこか冷めた性格をしている。学校では氷の女王だとか揶揄されることもあるのだとか。しかしどんな男子の告白も突っぱねていると刹菜から聞いた。



 そんな二人が―――なぜ俺にこんな嘘をつくのか―――?



 ちなみに俺は、二人が嘘をついていると二人揃った時点で確信していた。

 俺は今、約半年の記憶が無い。仮に半年間であっても、数か月であっても、恋人に忘れられたという事実は相当ショッキングなはずだが、彼女らにはその様子もない。

 二人はむしろこの状況を喜んでいるように見える。

「記憶が無くなった=好機」と考えているのがひしひしと伝わってくる始末。



 だから、二人は嘘をついている―――。

 


◇ ◇ ◇



 退院した次の日の朝。

 一番驚いたのは、クラス内で心配してくれたのが敬しかいなかったということ。記憶喪失の話は皆知っている筈だが。

 陰キャが登校を開始したかー、くらいなんだろうな。

 まあいいのさ。勉強さえできればそれで――


「おはよーリントっ!」

「えっ…………あ、ああ……おはよう、刹菜さん」


 数Ⅲの参考書を見ていたのに……思わずきょどっちまったよ。

 流石にいきなり話しかけてくるとは思わなんだ。しかもかなりの大声で。


「???」


 ほら見ろ、大抵のことには驚かないスーパー陽キャの敬も驚きすぎて固まっているでは無いか。

 さらに、


「「「「え」」」」


 クラスの女子が一斉に声を上げた。それは奇跡のようなハモり。

 しかし刹菜さんは気にせず窓際の俺の席に近づいて話しかけてくる。


「刹菜、じゃない」

「ん?」

要らないって何回言ったら分かるのさ」

「だが……」

「やり直し」


 み、みんな見てる前で? 嘘だろ……?

 こんなの公開処刑……。


「なに、やなの?」

「いや、そういう訳じゃないが……」

「じゃあ早く」


「せ、刹菜……」

「はい合格」


 満足そうに表情を緩めて、何事もなかったかのように、中央の自席に着く。

 次にギャルのような女子二人が慌てて、


「刹菜……ど、どうしちゃったの?」

「アイツと何かあったの……?」


「んー、何がー?」


 だが刹菜はマイペースに着席。


「だって……いつもはアイツのこと陰キャメガネって……」

「そうそう! 授業中もずっと睨み続けるほど嫌いだったじゃんか!」


「え、見てたのバレてたんだ……」


 記憶喪失前の俺、見られてたらしいぞ。気付いてたか?


「うんまあ、あれだけ見てたらねぇ?」

「そうそう、でもやっぱり嫌いなんでしょう?」


 二人のギャルは興味津々。

 すると、


「ううん全然。嫌いな人を視界に映したいって、そんなこと思う人いる訳ないじゃん」


「「え゛」」


 ギャル達は絶句。


「ね―――? リント」


 などと言って刹那はウインクしてきた。

 クラス男女問わず、視線が一斉に集中するの感じた。


「へ、へへ……」


 俺は苦笑いして返したが……。


「お前なんちゅー顔してんだよ」


 と敬に言われて、その日はスタートした。



 さて、これからどうなる事やら……。




――――――――

 

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