003 あたしの初恋の相手は(刹菜視点)
病院の女子トイレにて。
「くぅぅぅぅぅぅ」
あたしは湧き上がる興奮を抑え込むために、両頬を両手で押し潰していた。
これで付き合えたんだよね? あたし。
リントはもう、最後は認めるしかないって顔してた。
「嘘だってバレてない……よね?」
流石に賢い彼でも、記憶本体がなければ気付けないはず。
「でも良かったぁ、彼の情報を集めといて!」
ごめんリント、誤魔化して、嘘ついて。
でも、あなたと付き合うためならなんでもするよ。
昔のあたしは愚かにも友達の目を気にして、陰キャのあなたに話しかけるのが恥ずかしくて、強く当たっちゃった。「陰キャメガネ」なんて呼んだりして……最低だよあたしは。
でも、本当はあなたと話したくて。必死に話しかけようとして。それ一心だった。
「はぁ……」
あたしは彼が好き。
自分に嘘はつかない。
「もう、好き……」
リントとの会話を思い出すだけで心臓が高鳴る。
正直皆、なんで気付かないのか分かんない。リントは超高スペック男子。
頭いいし、本当はスポーツも万能。しかも隠れイケメン。
クラスの皆は彼を只の冴えない陰キャだと思っているだろう。ただ少し成績がいいだけの男子だと。
でも、そんなわけない。全国模試20位とか高一では普通あり得ないからね?
スポーツもあえて目立たないように苦手なフリしてるみたいだけど。
おそらくその辺のことは東川敬っていう陽キャ男子も気付いているだろう。
あたしはアイツが苦手なんだけど。
東川敬について周りの皆はイケメンだ何だって言って好き好き言ってるけど、正直あたしには理解できない。
リントの方が百倍イケメンだし、ずっとかっこいい。そう思ってるから。
リントのメガネの下がカッコイイって気づいたのは今年の五月。
でも、彼が気になったのはもっと前。異性として意識したのは今年の三月。
だからリントが元モデルとか正直どうでもいい。
「ああああああああ」
駄目だ、考えてたらまた会いたくなっちゃった。
勝手に顔に熱が…………。
あたしが今、他の女子よりも優れている容姿を持っていることは知ってる。自覚してる。
そりゃ手入れだってしてる。可愛く成ろうとしてるから、成ってるわけだし。
そうすると告白してくる男子が増える、必然。
正直、この人誰?って男子から告白されたりすることなんて日常茶飯事。
ちょっとそれが不快。他の男子はきっとうわべのものしか見てないんだ。
でも、リントは違う。
三月、私立桜王高等学校の入試の日。その日の早朝は快晴だった。しかし土砂降りになる事を知らず入試会場に行ったあたしは途中で雨宿りを強制された。
雨に濡れて、寒かった。心細かった。身体がとめどなく震えていた。
けど現実とは無情。その頃のあたしは可愛くなんてなくて、それこそ勉強一筋の彼にそっくりな正しく陰キャだった。
その日は誰しもが入試に挑む日。心に余裕のある生徒はいないし、ブス陰キャのあたしのために温情を働く人などいない。
それが現実。それが世界の理。
でも―――
「君――大丈夫? この傘、良かったら使って」
「えっ……」
顔を上げて前を見ると、一人の少年が。
「両親からの最後の形見だけど、まあ君が濡れずに済むなら安い代償。それと上着……これ要らないから、持って行って」
「で、でも……!」
「気にすんな気にすんな。それより入試、頑張ろうな?」
そう言ってブレザーと傘を手渡し、走って雨の中を掛け抜けた少年。当然びしょびしょになっていたが、本人は振り返らず進んでいった。
のちにその人の名前を霧咲凛斗だと知る訳だけど。
それは私にとって印象的で、初めてのことだったから、嬉しかった。リントは覚えてないだろうけど、彼は――あたしの初恋の相手は――そういう人。
とどのつまり、彼に惚れない理由がないってこと。
「その彼と、とうとう付き合ったんだ……」
あの日から、あたしは可愛くなれるよう努力した。容姿についてこれほど努力した経験などないあたしは右も左も分からない。だからまずギャルの友達を作った。
そうして得た容姿。そうして得た名声。
でも――あたしはアプローチの手段を間違ったとすぐに理解した。
リントは、あの日の入試で満点を取るほどの天才――。
きっとあたしへのあの優しい行動の源泉は、彼がそれだけ余裕だったからだと知った。
彼の人への判断方法は普通とは違う。普通の尺度では把握できない。
でもいいんだ。今は彼と付き合ってるんだし。
「んふふ、もう逃がさないんだから……リント」
私は———人生で初めて、彼氏ができた。
―――と思っていたのに……。
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