002 自称彼女の金髪ポニテ


「リント……忘れたの? あたしがあなたの彼女だったのよ?」


 精神科のベッドの上で上半身を起こす俺の目の前に、なんと金髪ポニテの美少女が!


「え、君が? そ、そうなのかなぁ……」


 どうやら俺は突然記憶喪失になったらしい。医師曰く原因は不明。

 原因不明ってなんだよ、怖いなぁ。と思ったりする訳だが。


「リント……本当に忘れたの?」

「えぇ……?」


 申し訳ないが、目の前に佇む金髪の美少女が誰なのか、俺にはさっぱり分からない。

 でも彼女……どっかで見たことあるような……。

 記憶喪失とは丸々記憶を喪失する。うろ覚え、みたいな現象は起こらない。つまり、記憶の喪失前に彼女に出会ってる? いやそんなはずはないか、と自己解決。


 ちなみに俺が喪失した記憶は直近半年間の出来事らしい。

 しかし不思議で、知識や計算技術は衰えていないとのことだった。


「あたしは五十嵐刹菜っていうの。あなたとお付き合いさせてもらってたクラスメイト、なんだけど?」

「はぁ……」

「ほ、ほんとだって!」

「へぇ……」

 

 ――ってな訳あるか!

 俺のようなクソ陰キャが、こんな容姿端麗の可愛い子と付き合えるなら世の男子は苦労などせんわ!

 全世界の男子に謝れ!


「君、本当に俺の彼女かぁ?」


 疑いの眼差しを向けると、


「え……ど、どうして?」

 

 あからさまに目が泳いだ。はい、確定演出あざます!


「俺の両親は謎の病気で他界している、今年の二月にな? 記憶上はついこの間なんだけど。その病気を解明するために俺は医者になりたいんだ。だから俺は勉強一筋って思ってるし、彼女なんて不要。おそらく俺はそういう思考の人間のはずなんだ」

「だから彼女はいないはずってこと?」


 俺は頷いた。

 もし刹菜さんが俺と付き合うとしても、それはきっと何処からか聞きつけた遺産相続が狙い。

 こんな可愛い子が素で俺を好きななるなどあり得ない。要するにお金目的。


 昔の俺はこんな女に騙されたのか。金目的に決まってんだろ阿保!と自分を諫めたいぜ。


「俺と付き合ってもいいことなんてない。もし仮に付き合っているのであれば、今すぐ別れることを推奨するぞっと」


 俺は勉強がしたいだけなのだ。それ以外は別に―――


「なんで……」


 刹菜さんはポニテを垂らしながら俯き、呟いた。


「なんで、そんなこと言うの?」


 心なしかその声は寂しそうで、かすれていた。


「じゃあ刹菜さん……中学時代の俺がやってた仕事、何か知ってる?」

「それは…………」

「答えられないんだ? 俺の彼女なのに」


 ごめんね刹菜さん。これを答えられる人間が居ないことは知ってるんだ。

 まあいい。これで諦めてくれるはず―――


「し、知ってるわよ……。『モデル』でしょう?」

「え」


 思わず俺の表情が停止。


「リントのことならなんでも知ってるんだから……」


 彼女は頬を少し膨らませてプイと顔を逸らしてしまった。


 いや真面目に、リアルに、なんで知ってるんだ? 一体どうやって知った、その黒歴史を! 

 あり得ない。俺がその話をするのは相当信用した相手だけだ。

 

 俺は、平時バレないようにメガネと前髪で顔を隠している。普通の生活において元モデルだとバレるということはまずあり得ない。

 記憶喪失前の俺が何かへまをしたか?


 無論半年間では何が起こっててもおかしくはないが、最初に見舞いに来てくれた中学からの友人・けい曰く、その辺はバレてないから安心しろ、と。


 もしや刹菜さん――本物の彼女なのか?

 

「ちなみに聞くが、俺の好きな食べ物は?」

「サンドイッチと野菜ジュース?」


「好きな動物は?」

「ネコ?」


「俺が好きな音楽は?」

「クラシック?」


 まじかよおい……。


「じゃあ俺の誕生日」

「12月12日……?」


 まずい、全部あってる……。


「俺の好きな科目は?」

「数学と物理、だよね?」


 ……とんでもない。この人は俺の彼女だ。ちゃんと彼女をしている。

 認めざるを得ない。これほど俺について知ってればもうそれは赤の他人と呼べるレベルじゃない。

 そう思ってしまう俺を誰が責められよう。



 それから一時間ほど彼女と日常的な会話を繰り広げた。

 見た目に反し彼女は優しく、とても清楚な性格だと判明。しかし自分の中の懐疑的な視点は消失しなかった。


「あたし、ちょっとトイレ行ってくるね?」


 彼女はそう言って出て行った。



 ―――しかし俺はまだ知らない。数分後、もう一人の自称「彼女」がここに来ることを。

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