第32話 盗賊団の一味
ロベルトは注意深く辺りを確認しながら進んでいった。
その途中で、少し人の手が入った様な獣道を見つけた。
その道を進むと、視線の先に岩山の壁が見え、物陰から覗き込む。
すると、岩場にできた洞穴の入り口に、一人の男が立っているのを見つけた。
痩躯の男で、ラハムが言っていた二人組のうちの一人だろうと考えた。
ロベルトは男の動向に注意しながら距離を詰めていく。
痩身の男は欠伸をしながら緊張感もない様子で、ロベルトはこれ幸いにと、魔術を使った。
風が吹き、木が揺れ、中から鳥が鳴き声を上げながら羽ばたいていく。
その音を囮に、岩場に近づくと痩身の男の視線を避けて洞穴へと入った。
「何も見えん……」
洞穴の中は昼間だと言うのに真っ暗で、視界が慣れるまでは不便に感じた。
『──』
耳にある声が届いた。
距離が離れているせいか、何を言っているのかまでは分からなかったが、確かにヴァンの声の用だった。
漸く目が慣れてきたため、洞穴を見渡すと、洞窟の中には幾つもの道があった。
(こっちの道か?)
確信を持てないまま、勘を頼りに一つの洞穴に入っていくと、歩いて少ししたあと、広いスペースに出た。
そこには探していたヴァンと、ニーナがいた。
だがニーナは眠っているのか、口元に布を巻かれ、手足を縛られたまま地面に転がされていた。
それを見て、ロベルトの頭が沸騰する様な熱を帯びる。
木箱に立てかけられているヴァンを手にして、腰に装着すると、久しく聞いてなかった声が頭に届く。
『待ちくたびれたぜ』
「何かされたか?」
『奴らオレを鞘から引き抜こうと躍起になってやがった。まあ、そのお陰か、ニーナちゃんは何もされてねえよ』
「そうか。とりあえず無事でよかった。ニーナを起こして逃げるぞ」
ヴァンと小声で会話をしていると、倒れていたニーナが目を開けた。
こちらを見て、驚愕の表情を浮かべるニーナに、ロベルトは口に手を当てて静かにするように伝える。
「──ンー!」
「静かにしろ。どうした?」
だが、ニーナの視線はロベルトというよりも、ロベルトの後ろを見ている様だった。
『後ろだ!』
咄嗟にロベルトは剣を引き抜き、頭上に掲げる。
大鐘を鳴らした様な金属音と共に、薄暗い洞窟に火花が散る。
「お、なんだガキ? 意外とやるじゃねえか?」
「つっ……」
──額が熱い。
目の前にいたのは手斧を持った筋骨隆々の大男だった。頭髪がなく、ラハムが言っていた内の一人だと気がつく。
『ちっ……運がいいのか悪いのか。血が目に入らないようにしろよ!?』
手斧で撃たれた際に、額が切れた様だった。興奮状態にあるため痛みは然程感じなかったが、流れる血の量は思っているよりも多い。
ロベルトは視界に入りそうな血を片目を閉じて遮る。
「んん? その剣、どうやって引き抜いた?」
目の前の男に人差し指を向けられ、ロベルトは早鐘を打つ心臓の音を悟られないように口を開く。
「俺の剣だ。俺に抜くことが出来て何がおかしい?」
ロベルトの言葉に大男は笑う。唾を撒き散らしながら下卑た視線を向ける大男に、ロベルトは顔を顰める。
「ハッハ。そりゃその通りだ。餓鬼には不釣り合いなもんだけどな。それで? 剣を抜いたって事は、どうなるかわかってんのか?」
「先に襲ってきたのはそっちだろ?」
「おいおい。楽に殺してやろうっていう俺の優しさが伝わんねえかな」
男との問答の最中、ヴァンの声が耳に届く。
『やるなら一瞬だ。総じてああいう手合いは足元が疎かだからな。すれ違い様に手斧を受け切って足を斬り飛ばせ。右足だぞ。できるか?』
ヴァンの無茶な言い分に、ロベルトは荒く呼吸するだけで返事をする事はできない。
だが、優先すべき事は見失ってはいなかった。
「ニーナ」
ロベルトはロイドから受け取った短剣を片手で鞘から抜いて、ニーナの側に転がす。
「おーい! その女はもううちの商品なんだよ。勝手に逃がそうとしたってそうはいかねえぞ?」
「二体一なら、数の利はこっちにある。うちの獣人は足癖が悪いんだ。吠え面かかせてやる」
ロベルトの考えとしては、ニーナを戦いに巻き込む気はない。
だが、動けないニーナを庇ったまま、目の前の大男と戦って無事に済むとも思っていなかった。
「──なら二体二ならどうだ?」
暗闇から一直線に投げ込まれたナイフが、ロベルトの顔面を襲う。
「くっ」
ロベルトはそれを獣のような反射神経で躱すと、慌てて剣を構え直す。
「おい。鼠一匹すら止められねえのか?」
「通した気は無かったんだよ。このガキなかなかやるぞ」
先ほどまで、洞窟の入り口を見張っていた痩身の男までもが参戦した。
形勢は二体二であり、まだ人数だけなら互角ではあるが、その身体の大きさは大人と子供では遥かに違う。
『ちっ。まじいな。二人いると話は変わる。一人に集中はできねえぞ……』
「ロベルト様っ」
ニーナが漸く自分の縄を解き、ロベルトの横に立つ。
それをロベルトはチラリと横目で確認するが、まだニーナの調子は優れない様子だった。
ラハムが言っていた薬の効果がまだ残っているのか、足元が覚束ない上に、痛みがあるのかこめかみを手で抑えている。
「あ? なんだこのガキ。あの剣抜いてるじゃねえか?」
「ああ。なんか仕掛けがあるみてえだな。ガラクタだと思ったが、情報が向こうから来てくれるとはツいてるぜ」
ジリジリとした空気の中、ロベルトは自分の額の傷から流れる血が鬱陶しかった。
少し気を抜けば左目に入ってしまいそうになる血を、だからといって悠長に拭うこともできない。
その焦りが、余計に身体を固くした。
その様子を見て悟ったのか、ニーナが呟くように言う。
「──ロベルト様……私の事はいいですから。どうか逃げて下さい」
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