第29話 緊急事態
「以前より露店が少ないな」
「最近盗賊が出たって話がありますからね。問題が解決するまでは仕方ない事です」
「そういえば父様が言っていたな……まだ続いてるのか?」
「そうですね。意外にも知恵が回る様です。まあ、シーガルはウェライン伯爵家のお膝元ですから。そんなに派手に動く事はないとは思いますが」
「面倒な奴らだな」
「初めに小さくない隊商が襲われましたからね。物資も豊富に蓄えたのでしょう。それで大きくなってしまったのだからタチが悪い。さっさと捕まって欲しいものです」
「きっと父様がどうにかするだろう」
「そうだといいんですが……旦那様も手を焼いているみたいですよ。使い手も多いらしく、今まで討伐に向かった人間も何人か失敗しています」
「失敗したとしても、顔も割れたんだろう? それなら大きな討伐隊を組めばいい」
「いえ。失敗した人たちは消息不明です。もう多分、生きてはいないでしょう」
「……」
「他にも襲われた馬車や隊商に乗り合わせていた女子供は纏めて消息不明です。生きていればいいですが、望みは薄いです」
「女子供を攫う理由はなんだ……?」
「女は慰み者、それと違法ですが奴隷商に売り飛ばすため。子供は母親を逃さない為と同じ様に売り飛ばすため。どちらも反抗する力は持っていない事も多いですし、運びやすいですから」
「やけに詳しいな」
「少しばかり、奴らのことを知っているだけです。あまり話したくはありません」
ロイドが目を伏せたのを見て、ロベルトは無理に問い正すのは辞めた。
いずれ時がくればロイドは話してくれると言っていた。
それがどんな話なのかはわからないが、どちらにせよこんな往来で歩きながら聞くような話ではない。
「ロベルト様ー! 広場の方で面白い催しをやっているみたいですよ!」
「大声で名前を呼ぶな……それで何をやってるって?」
「どうやら腕相撲対決を開催しているみたいです。勝ったら、盾が貰えるみたいですよ?」
「盾……? 別にいらんな」
「割といいものに見えますよ。まあ、飾り物みたいですが。参加費が必要みたいですね」
ロイドは目を凝らして景品を見た。
「ふむ」
参加費は銀貨一枚。パンが大体現在だと八個ほど買える。盾は銀色の縁に、翡翠色の拵えがついているものだ。
「丁度いい。参加するか」
「ええっと……代わりに出ましょうか?」
ロイドは腕相撲に参戦している男を見て言った。
そこにいるのは屈強な男たちばかりで、己の筋肉を誇示する様な露出の多い服装をしている。
「ほざけ。俺があんな木偶の坊共に負けるか」
「ええ……」
「ロベルト様! 頑張ってください!」
「ああ。おい! 俺も出る。参加費だ」
「おう坊主。いい度胸してるな。いいぜ。記念に参加費は無料でいい」
「いいから取っておけ。後で言い訳されても面白くない」
ロベルトは指で銀貨を弾くと、目の前の机に落とす。
「おう。随分と肝の据わったがきんちょだ」
受付の男がゲラゲラと笑う。ロベルトはその笑い方に「いちいち声のでかい奴だな」とぼやく。
ロイドが寄ってくると、ロベルトに耳打ちする。
「どうやら一人の男がずっと連勝しているみたいです。多分ですが、受付の男の身内でしょう。出来レースですよ」
「そうか。なら遠慮はいらんな」
「頑張ってくださいロベルト様ー!」
ニーナが観衆に紛れて手を振っている。その手に握られた剣の宝石がチカチカと光るが距離が離れていて声は聞こえない。
多分だが、応援してくれているのだろう。
「よう坊主。負けたからって泣くんじゃねえぞ」
「……」
指を組むと、ロベルトの手と、男の手の大きさの違いが顕著になる。観衆は声を上げてはいるが、ロベルトを心配する声が殆どだ。
「それじゃ、行くぞ……」
受付の男が合図を出すために手を置くと、観衆も僅かに静かになる。
「──始め!」
「悪いな坊主!」
男の腕が隆起する。筋肉が膨れ、間髪入れずにロベルトの細い腕を押し倒そうとする。
だが。
「どうした?」
「う、ぐっ……む、ぬぬ」
ロベルトの腕は一切傾く事はない。観衆から「おい、花でも持たそうとしてんのかー?」などと野次が飛ぶが、男は唇を引き絞るのみで何も返さない。
「これが本気か?」
ロベルトの翡翠の瞳が鋭く細められる。男の腕がゆっくりと倒されていき、お互いに肘を置いている机がミシミシと音を立てる。
「ふっ!」
「どわっ!!?」
ロベルトが一瞬、力を込める様に息を吐くと、男の身体がその場で半回転する。
地面に後頭部を打ちつけた男が、その場でもんどりうつのを見て、ロベルトは衆目も憚らず笑う。
「ははは!」
「ぐおぉ! いってえ!!」
ロベルトは痛みに耐える男の姿がお気に召したのか、笑いが止まらない。
「ふ、くは。おい……ふくく、審判。俺の勝ちでいいな?」
「あ、ああ」
その場で腕を掴まれて高く掲げられる。景品の盾を受け取り、満足げな表情で観衆を見渡す。
「坊ちゃん!」
ロイドが慌てて駆け寄ってくる。ロベルトは手に持った盾を押し付け、得意気に笑う。
「どうだ? 見たか? 口ほどにも無い奴だったな」
「違います! 緊急事態です! ニーナちゃんが!」
ロベルトはそこまで聞いて、素早く首を回して観衆を見る。今までその方向にいた筈のニーナの姿が見えない。
「何があった……?」
「わかりません。ですが、ニーナちゃんでも流石に何も言わずにいなくなる筈がありません」
ロベルトは走り出しそうになって、立ち止まる。ロイドの方向に振り返り、声を上げる。
「お前は屋敷に戻れ! 使用人連中に何があったのか伝えろ! 父様に会ったら私兵を派遣してもらえ!」
「ちょ、坊ちゃん! いけません!」
「離せロイド! お前の小言を聞いている暇はない!」
──ニーナが突然いなくなったということは、攫われた可能性がある。それはニーナが手に持っていたヴァンも連れて行かれたということだ。だが、何故ニーナを連れて行ったのか。いや、目的はヴァンの魂が封じられた剣の方なのか。
理由はわからないが、どちらにせよ迅速に追わなければいけない。
「いけません! 危険です! 坊ちゃんが動く理由がどこにありますか!? それにたかだか使用人と一本の剣です! 御身を危険に晒すわけにはいきません!」
「いいから黙って行けっ! こうしている時間がもったいない!」
「坊ちゃんもニーナちゃんがどこにいるか分からないでしょ!? 絶対に許しませんよ!」
いつになく強情なロイド。その手が腰に回されて、ロベルトはロイドを引き剥がそうとする。だが、ロイドの力も強く、思う様にいかない。
そんな時、二人の後方から声がかけられた。
「──やあ。いつぞやの少年」
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