第27話 観察

「何をしてるんだ……ロベルト?」


 物陰から母親であるカーラを観察しているロベルト。それに背後から歩いてきたクラインが気づいて、声をかけてくる。


「父様。隠れて下さい。危険です」


「危険だと……? 何があった?」


 クラインはロベルトに倣う様に、壁に身を寄せて小声で訊ねる。


「今、母様に見つかったら、全てが台無しになってしまうんです」


「カーラに? だが、台無しとはどういうことだ?」


 クラインは実の息子であるロベルトの奇行に戸惑いを隠せない様子である。


「実は……使用人が母様に何か贈り物を渡したいという話を聞きまして」


「まさか……その使用人が毒を? だが、なぜカーラに?」


「あ、いえ。そういうのではないです」


「だったら何の事を言ってる? さっきから訳がわからんぞ」


 ロベルトは神妙な顔つきで語り始める。


「母様の誕生日が近いでしょう? 使用人が言うにはその日に何か贈り物を渡すと、母様はいたく喜ばれるみたいです」


「ほお……だが、それが何故カーラを物陰から監視する事に繋がるんだ……?」


「しっ。父様は声が大きいのでもう少し静かにお願いできますか?」


「あ、ああ。すまん」


 ロベルトは注意深くカーラの様子を観察する。二人に気づいた様子がない事を確認すると、わざとらしく額を拭う。


「ふう……大丈夫そうです。実は母様に何を贈ればいいのかわからなくて。母様が欲しがっている物を調べるために、こうして様子を見ているのです」


「なるほど。そういうことか。確かに欲しい物を直接訊いて贈ったとしても味気がないからな」


「……わかるんですか?」


「当然だろう。俺も今までカーラに様々な贈り物をしてきた。そうやって愛を伝えて、俺はカーラと結ばれる事ができたのだからな」


「ほうほう。そうですか。ちっ」


「今舌打ちしなかったか?」


 これまで貴族社会で長い間生きてきたクラインであるから、そういった事が自分よりも得意なのは当たり前の事なのだが、ロベルトは思わず舌打ちをした。


「していませんよ。きっと舌打ち鳥が出たのでしょう。ウェライン領は珍しい鳥が多いですから」


「なんだその鳥は……そんなけしからん奴がいるのか」


 適当な事を言って誤魔化すロベルトと、一緒になってカーラを観察するクライン。


「やはり、母様の事はよくわかりませんね……」


「そうか? あれでわかりやすい女だぞカーラは。例えばそうだな……見てみろ」


 カーラがしきりに手を摩っているのをクラインが指し示す。


「なんでしょう? 寒いんでしょうか?」


「いや、あれは疲れだな。カーラの衣服店は繁盛していると訊いているから、きっと筆を握るのに疲れているのだろう」


「ふむ……筆が合っていないとか?」


「その可能性はある。というよりも、女性用の書斎机や、筆というのはあまり出回らないからな。貴族の女というのは基本的に使用人に書かせる物だ」


「ほおほお。なるほど。でも父様も母様も自分でやっていますよね?」


「うむ。どうしても口頭で伝えるとなると、上手く意図した様に文章を作る事が難しい。だから、できるだけ自分で書く様にしているが、カーラもそういった部分がある。自分の手で書かないと気が済まないのだろう」


「なるほど……なんとなく方向性が見えてきました」


「それならよかった。俺は書台を贈る事にする。かぶるなよ?」


 ちゃっかりと自分もカーラに贈り物を渡そうとするクラインに、ロベルトは不思議に思って訊ねる。


「父様も贈るんですか?」


「ああ。お前を見ていたら、俺もそうしたくなった。最近忙しくてカーラとゆっくり話ができないからな。その溝を少しでも埋めたい」


「ちっ」


「また舌打ち鳥が出たか? どこだ?」


『お前の父親疲れてるんじゃねえか……?』


 ロベルトはヴァンを指で軽く弾くと、クラインに向き直る。


「では俺はここで。父様。ありがとうございました」


「構わん。お前が誰かのために何かしたいと思う、その心意気を嬉しく思う。だが、張り切りすぎるなよ? お前は少し周りが見えなくなる時がある」


「はいはい」


「はいは一回だっ!」


 ロベルトはまた始まったクラインの小言を聞き流しながら、カーラへの贈り物について考える。


『小物だが、いいんじゃねえか? まあ、女にペンを贈るなんて少し変わってるとは思うが母親だしな』


「ああ。よし。方針も決まったし、筆を見に行くぞ」


『見に行くってどこに?』


「無論、街に出る。シーガルは露天商も多いしな。また、あの異国風の店みたいなのがあったら、珍しい物も置いてそうだろ?」


『使用人に頼めば……ああ、奴らは噂好きだからな』


 使用人に頼んで買ってきてもらうのも考えたが、それではカーラの耳に入ってしまう可能性もある。


 それに誕生会に近づくにつれて屋敷の人間は忙しくもなっていく。


 連れて行けるのは仕事の変わらないロイドと、いてもいなくても変わらないニーナくらいだろう。


「それじゃ、ニーナとロイドを誘ってみるか。久々の街だ。腕が鳴るな」


『庭師はいいとして、ニーナちゃんはそれでいいのか?』

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