第25話 兎眼の舞
「私たち兎人族に伝わる格闘術があります。ニルラヴィッタムという名前で、腕を使わない格闘術です」
「腕を使わないとは、あまり聞かないな」
「考えとしては兎人族は脚力が他の種族よりも強いので、それを積極的に活用しようというものです。獣人戦争が起こるずっと前から、兎人族の間で受け継がれてきた伝統ある武術が、今からお見せするニルラヴィッタムです!」
「確かにお前の脚の力は異常だったな……ふむ、太さは変わらないのにな」
「きゃー!」
ロベルトが話しながらニーナの太腿を触ると、悲鳴をあげられる。
「なんだうるさいな!」
「いきなり触らないで下さいよ! ロベルト様にはまだ早いです!」
「はあ?」
何を言っているのか分からないとばかりに首を傾げるロベルトに、ニーナは咳払いをした。
「ごほん。それじゃ、基礎の型をお見せします。兎眼の舞です」
ニーナは真剣な顔つきで構える。片足立ちで深く呼吸すると、細く息を吐きながら舞を始める。
つま先だけで体重を支え、回転しながらゆっくりと蹴りを繰り出すニーナに、ロベルトは「おお……」と声を出す。
「ふっ」
次第に速度を上げるニーナの足技に、空気が弾ける音が響く。
『実戦向きの格闘術だな。中々様になってる。そこ、もうちょい脚を上げて! そうそう! ふへへははは』
ヴァンが煩悩を爆発させるのを聞きながら、ロベルトはニーナの舞を見ていた。
その中に兎人族の歴史の様なものを感じて、ヴァンとは違って茶化す気も起きない。
「ふう……ご高覧いただきまして、ありがとうございます」
「他の兎人族も、お前の様に舞えるのか?」
「ううん……どうでしょう。兎人族の舞は、色々と場面が分かれてまして、祭祀の舞は出来る人も多いですけど、私みたいに兎眼の舞を出来る人は少ない筈です」
「それはどうしてだ?」
「以前にも言いましたけど兎人族は争いが嫌いなんです。私の父親は兎人族の闘士でしたから、それで他の人より深く教わりました」
闘士とはまた聞きなれない単語にロベルトは首を傾げる。
その様子を見て、ニーナは付け加えるように補足する。
「あのですね。闘士っていうのは獣人の一族の中で、争い事を任される人なんです。たとえ争いが嫌いな兎人族だとしても、何者かに襲われたら家族や家を守らないといけませんから」
「お前の父親は強いのか?」
「はい! 私のお父さんは凄いんですよ! 他の里や部族と揉め事が起きた時には、そこの闘士と決闘をして争いを解決する習わしがあるんですけど、お父さんは一度も負けた事がないんです!」
「ほお。お前がそこまでいう父親に興味が湧いてきたな。屋敷に呼べないのか?」
ロベルトの言葉にニーナは頭を掻いて申し訳なさそうに口を開く。
「あはは……お父さんはもう亡くなっているので」
「そ、そうか……それは、なんだ。あれだな。て、天国でも、元気でやっているといいな?」
『どんな言い回しだ』
いくら傍若無人なロベルトでも、知り合いの身内が故人であると聞かされて、それを嘲笑う事はできなかった。
「はい……明るい人でしたから、きっと英霊たちと仲良く談笑していると思います」
力無く笑うニーナにロベルトは口を開いては閉じ、やっとの思いで言葉を吐き出す。
「いや、うん……すまん」
ニーナはロベルトの様子を見て慌てた様に手を振る。
「謝らないで下さい! 別に気にしてませんから! ただ──」
「ただ?」
「私は……お父さんを……」
「?」
「あ……いえ、すみません……」
ニーナはそれっきり押し黙ってしまった。ロベルトは訳もわからずあたふたと慌てふためいている。
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