第21話 ひた隠してきた事実
「ロベルト……」
「うっ……母様?」
気がつくと、自室のベッドに寝かされていた。
「ああっ……目を覚ましたのね。よかった。本当によかったっ……」
寝ているロベルトの頭を抱くカーラ。はっきりしない意識の中で、ただ口の中が異様に乾いていた。
「み、水」
「水ね! ほら。ゆっくり飲むのよ?」
甲斐甲斐しく差し出された水差しを口に含み、ゆっくりと喉を上下させる。
「奥様。ロベルト様の事は私たちにお任せ下さい。奥様ももうずっと見ておられてお疲れでしょう。少しはお休みになってください」
「そうするわ。でもよかった。もうこのまま……目を覚まさないのかとっ……」
母親であるカーラはぼろぼろと涙を流していた。
母親の泣き顔を見るのは随分と久しぶりで、ロベルトはぶるぶると震える手でカーラの目元を拭う。
その手を自らの頬に当てて、ロベルトの体温を感じ取ろうとするカーラ。
そこで漸くロベルトは自分がなぜ自室で寝ているのか、疑問に思った。
「ロベルト。まだ寝ているのよ。無理をしてはいけないわ」
「はい」
「それじゃ、お休み」
「おやすみなさい母様」
窓の外を見ると、既に夜になっていた。ロベルトが自らの記憶を探ると、ミットンと名乗る剣術指南役がやってきて、少し脅した所までで途切れていた。
「ロベルト様っ」
「ああ、お前か……すまない。迷惑をかけた」
ニーナが腫れた目でロベルトを見ている。
グスグスと鼻を鳴らしている様が妙に悲痛に見えて、咄嗟にその頭に手を置いた。
「う、うう。ごめんなざい……わ、わた、私が、もっと、早く気づいてれば……」
「お前のせいじゃない。これは俺の問題だ」
ニーナの頭を撫でながら、ロベルトは考えていた。
──まだ、治ってないのか。
ロベルトがこういった事態に陥ったのは初めてではない。騎士見習いの修行で他家で暮らしていた時は、何度も経験した。
何が理由かはわからなかったが、ロベルトはある時から満足に剣を振る事が出来なくなってしまっていた。
正確には剣を持って、誰かと対峙する、という事に強いストレスを感じる身体になってしまった。
そのため、今まで屋敷にいたのに剣を抜いて、見せつける様な事はなかった。
少しの間ならば発作は起きないが、力を込めて振ったり、剣を持った誰かを目の前にしたりすると、それは呪いの様にロベルトを襲った。
ひた隠してきた自分の劣等感。それが形を伴って自分に襲いかかる恐怖。
それが屋敷の人間にも知られてしまった。
ロベルトは考えた。きっと自分は失望されるだろうと。
英雄の再来などと言われておいて、あれだけ期待をかけられていた剣術さえまともに出来ない。
時間が空いていたため、自然に良くなっていればいいと期待していたが、そう簡単には行かない様だった。
「……俺は大丈夫だ。身体にはなんの問題もない。お前はもう戻れ。お前たちも、面倒をかけた。自分たちの部屋に戻れ」
使用人たちに、自分たちが寝泊まりしている部屋に戻れと命令したロベルトだったが、使用人たちは立ち去らない。
「ですが、半日も寝込まれていましたし、まだ体調も優れないご様子です。眠るまで近くに控えさせて下さい」
「その方が寝るに寝れん。いいからさっさと帰れ。一人に……してくれ」
ロベルトの弱気な姿に、使用人たちは悲痛な面持ちで部屋を出ていく。最後までニーナが「ま、待って下さい! 私はここにいます! 離して下さい!」と抵抗していたが、他の使用人たちに引きずられる様に出て行った。
誰もいなくなった部屋で、ロベルトは上体の力を抜いてベッドに沈みこむ。
『その、なんだ。あのよ』
「ヴァン」
『っ……』
それはロベルトが初めて、共にいる彼の名前を呼んだ瞬間だった。
だが、その声は拒絶する様に硬質な雰囲気を纏っていて、否応なく部屋を静寂が支配する。
「今は何も考えたくないんだ……頼むよ」
『ああ……わかった。今は眠れ』
意識ははっきりしていたはずなのに、突然睡魔が襲いかかってくる。
それはきっと、ヴァンが気を利かせてしてくれた事だろう。
いつもは発破をかけるようなヴァンが、今日は何も言わなかった。
ロベルトにはそれが辛かった。心配してくれるヴァンやカーラ。
それにニーナや使用人。それに応えてやる事が出来ない無力感に、ロベルトは溶けるように眠った。
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