第16話 公爵家来訪


「散々だ! なんなんだ!? お前俺に恨みでもあるのか!?」


『いやぁ悪かったって。けど、色々とわかった事があるぜ』


「くそ。その情報に俺の名誉と引き換える様な価値があるんだろうなぁ!?」


『いや、まあオレも少し調子に乗っちまったのは謝る。けどな、すげえ事を発見したぜ』


「なんだそれは?」


『うちの使用人はレベルが高いっ!』


「はあ?」


『見目麗しいだけじゃねえぜ! みんな一流だ! お前もいっぺん揉んでみろ! 飛ぶぞ!?』


「炉に放り込まれたいらしいなっ……!」


『待て待て冗談だ』


「いいからさっさと言え。何がわかったんだ?」


『そうさな。お前の身体で動いてみて分かったんだが、オレが身体を使っている最中は、お前の意識は完全に眠っているって事だな』


「気がついたら家長室にいたからな。それは確かにそうだな」


『それと、もう一つ。お前の身体で魔術を使おうと思ったんだが、第二等級魔術は使えても、第三以降は使えなかったんだよな』


 第一等級魔術は小さな現象を起こす魔術である。発火はこれにあたる。


 生活に密接している魔術であり、小さな事象を引き起こす魔術。


 第二はこれを別名、内功魔術と呼び、強化はこれに当たる。ロベルトは未だ使用した事がない。


 第三等級魔術からは殺傷能力のある魔術で、位が高いほど戦略的で危険な魔術となってくる。


 ちなみにロベルトが使った風の魔術は第三等級魔術である。


「一体どういう事なんだろうな」


『お前の身体を使えばオレも七芒星のルーンを扱えると思ったんだが、出来た事といやちんけな強化くらいで、お前がやっていたように竜巻を起こす事は出来なかったな』


「そもそも、なぜ身体を乗っ取れるのかすら意味がわからんし、今更だが何でお前喋るんだよ」


『オレが聞きてえんだけどな。身体を乗っ取る魔術に関しては似た魔術は知ってるが、それとも何か違うんだよな。まあ、だが割と身体は自由に動かせる事はわかったし、もしお前がぶちのめしてえ相手がいたら、代わってやる事が出来るぜ。時間制限つきらしいけどな』


「ムカつく奴は自分で殴る。じゃないと気が済まない」


『まあ、そう言うと思ったけどよ』


「そういえば、お前はどこまで自分の記憶があるんだ?」


『記憶?』


「お前は自分の事をヴァンだと言うが、ヴァンは既に故人だ。死ぬ間際の記憶があるのか?」


『俺が覚えてる最後の記憶は、フレアに会った記憶だが……あ? なんだこりゃ……』


 フレアと呼んだその名前は、ロベルトの記憶にはなかった。


 響きからして女性の名前に聞こえるが、浮き名の多いヴァンである。どうせ囲っていた女の名前だろうと気にも留めなかった。


「どうした? 思い出せないのか?」


『いんや……そうだな。オレはどうして死んだんだ? お前知ってるか?』


「詳しい事は知らん。けど、書蔵室に行けば資料はあるかも知れない。確かめてみるか?」


『いや、大丈夫だ。ただ、なんと言うか奇妙な感覚なんだよな。オレは三十八の筈だが、気を抜くと二十くらいの歳の気がしてくる。思い出そうとしても、ところどころ記憶に穴がある』


 ヴァンが亡くなったのは四十手前だと教えられている。なら、間違いはないだろう。


「それは……大丈夫なのか?」


『大丈夫かって言われると、自信はねえな。なにせ今やオレの姿は一振りの直剣だ。お前の言う通り、変な事なんて今に始まった事じゃねえ』


「それはそうだけど……」


『なんだ? 心配してくれてんのか? はっは。安心しろよ。約束しただろうが。お前がオレの名前を超えるまで、一蓮托生だ』


「ああ……お前は俺の剣だからな。剣は人と共にあるものだ」


『いい格言知ってんじゃねえか。偉大で優しい先人様が、続きを教えてやるよ。"剣は人と共にある。されど人は人とあるべし。天はそれを一つにし、大地はそれを分かたんとす"』


 ルーン魔術の始祖であるアインリッチが言ったとされる言葉である。


 ロベルトはなんの気無しに言った言葉だったが、ヴァンの語るそれは、自分の口から出たものとは違って、酷く物憂げで、計り知れない重厚感を持って聞こえた。


 ――――――――――――――



 それからというものの、ニーナ相手に遊んだり、使用人たちの頼み事を聞いたりしながら過ごしていると、少しずつ自分の中で何か変化があるのを感じた。


『オレに言われなくても自発的にやる様になったな。いい事だ。使用人たちは確かに屋敷の管理を任されてはいるが、ここはお前の家でもあるんだぜ』


 ヴァンのうざったくもありがたい言葉を聞きながら、ロベルトは剣の柄に手をもたれる。


「使用人どもは大変だな。いつもこんな事をしていたのか」


『まあそれが仕事でもあるからな。それより、今日エクリアの子孫が来るんだろ?』


「そ、そうだな」


『なんだ。お前まだあのシルヴィアって娘に苦手意識持ってんのか? いい加減分けろよ。お前とあの子は違うんだぜ』


「わかってはいるんだが……」


 尚も不安そうなロベルトに、ヴァンは我儘な子供に言い聞かせる様な声色で言う。


『まあ気にするなって言っても無駄だわな。あの子はオレから見ても傑物だぜ。女だろうがあそこまで突出してるなら、叩ける槌もねえだろうよ』


「あいつはお前から見ても、その……凄いやつなのか?」


『言いたくねえが流石はエクリアの子孫だな。洗練された貴族の中で、稀に生まれる上に立つ素質を持った人間だ。ありゃきっとエクリアと同じ様に剣聖位を取るぞ。だが、ありゃ血筋じゃなく、本人の気質がでかい気がするが。エクリアはもっとムカつく奴だったしな』


 シルヴィアを褒めるヴァンの言葉に、ロベルトは不機嫌に眉を顰める。


「シルヴィアがなんだ。オレの方が凄い」


『あ、お前妬いてんのか? なんだ可愛いところあるじゃねえか』


「煩い馬鹿」


 ベッドの脇にある水差しを手に取り、それを口に含む。


 そうして他愛ない問答を繰り返していると、屋敷が慌ただしくなってきたのを感じる。


「ロベルト様? そろそろ着替えましょう」


 ニーナが自室に入ってくる。部屋の扉は今壊れていて、何も入室を遮るものがない。


「問題ない」


「あ、既に着替えてらっしゃったんですね。言ってくれれば手伝ったのに」


「着替えるくらい一人で出来る」


『随分と手間取ってたけどな』


 ヴァンの声に、剣についている宝石を指で弾く。


「それじゃ、お出迎えに行きましょう。先に着いていれば、きっと旦那様も奥様も喜びますよ!」


「わかった……」


 ロベルトはニーナの態度が日に日に馴れ馴れしくなるのを感じていた。


 ロベルトの二個上だと聞いたが、妙に面倒を見たがる様な。まるで弟を気にかける姉の様に接してくるのがむず痒い。


 それが何故か嫌ではないのもロベルトを悩ませている理由の一つである。


 ニーナを連れて玄関に向かうと、使用人たちが整列していた。ロベルトは使用人たちに「ご苦労」と声をかける。


「ロベルト。もう来ていたのか。関心した。よっぽどシルヴィア嬢に会えるのが楽しみだったんだな」


「もう。クライン。ロベルトも年頃なのだから、そんな明け透けに言っては可哀想よ」


「はは。ロベルトはお前に似て奥ゆかしいところがあるからな。だが、ロベルトは俺の子供でもある。将来はわからんぞ?」


「変な事を教えてはいけないわ。ただでさえ、ロベルトが使用人の下着を持ったまま屋敷を走り回ってたなんて根も葉もない噂があるのよ?」


「な? 本当かロベルト!?」


「妖精です」


 クラインの言葉にうんざりした様子で返すロベルト。


 そんな事を言っている間に、正門が開かれ、馬車がやってくる。


 馬車には雷を操るとされる精霊であり、捻れた二対の角を持つ馬である雷角が描かれている。トルネル公爵家の家紋である。


 馬車の御者は見知った青年であり、その柔和な微笑みに少し緊張が解ける。


 執事のルシオは馬を降りて馬車の扉を開くと、手を出して夫人の降車を手伝う。


「出迎えありがとうございます。クライン卿。カーラ夫人。ロベルト君も」


 マルタは高貴な貴族らしい洗練された動きで礼をする。


 伯爵家もそれに対して使用人も含めて来訪した事に感謝を示す。


「ほら。シルヴィア。来なさい」


「はい。お母様」


「お、お嬢様!?」


 ルシオが手を出しているのに、それを飛び越えてシルヴィアはロベルトの前に着地した。


「もうこの子ったら。申し訳ないわね伯爵。本当に落ち着きがなくて困るわ」


「いえ。それにしても凄い身体能力ですね。これは女性で初めての剣聖位を得ることもそう遠くはないかもしれませんね」


「出来れば剣なんて振ってないで、花嫁修行でもさせたいのだけど」


 クラインとマルタが話しているのを横目に見ながら、シルヴィアに話しかける。


「公爵は来れなかったのか?」


「忙しくて来れないって。でもロベルトにもよろしくって言ってたわ」


「そうか」


「うん。だからよろしく」


「あ、ああ」


 無感情に真っ直ぐな視線を向けてくるシルヴィアに、ロベルトは狼狽える。


 その金色の瞳は一切の曇りなくロベルトを見ていて、流石に自他共に認める減らず口であっても、圧倒されて気の利いた事を言えない。


 見かねたルシオが以前の様に慌てて駆け寄ってくる。


「お、お嬢様。ロベルト様に聞きたい事があったんでしょ?」


 ルシオに言われて、少しの間止まっていたシルヴィアだったが、思い出した様にロベルトに顔を寄せる。


「な、な」


「これ見て」


 前髪を捲りあげたシルヴィアは、指先で自らの傷跡を示す。


「それがなんだ?」


「皆気にする。ロベルトは気にならないの?」


「傷の事か?」


「うん」


「舐めるな。俺の使用人には部屋の扉を事もなげに蹴り飛ばす猛獣がいる。そんなのかすり傷の範疇だ。その程度の傷で調子に乗るな」


 シルヴィアが自分の傷跡を武勇伝の如く見せてきたと感じての返答だった。


 返答を大いに間違えたロベルトに、耐えきれずヴァンが声を出す。


『そうじゃねえだろ……。それに、女の子とあったらまず何て言うのか教えたろ?』


 ロベルトは咳払いを挟み、シルヴィアを見て口を開く。


「その……あれだ。ドレス。似合っている。だから、傷など、目に入らなかった」


 赤面しながらロベルトは早口で言った。慣れない事を言った羞恥心で顔を覆いたくなった。


 シルヴィアは前髪を抑えたままきょとんとしていたが、ルシオが見かねて声をかけると漸く動き出した。


「お嬢様っ。ほら」


「ありがとう。嬉しいわ。ロベルトもその格好、よく似合ってる」


「そ、そうか。ありがとう」


『初々しいねぇ。胸焼けがしそうだぜ』


 黙れ、と反射的に言いそうになったロベルトだったが、口を開こうとした時、親同士の挨拶が終わった。


 屋敷に入っていきながら、ロベルトは気が気ではなかった。


 マルタ夫人や、公爵本人が屋敷に来るのは初めてではない。だが、シルヴィアが屋敷に来るのは初めての事である。


 謝罪に行った際に初めてシルヴィアと顔を合わせたのだから当然の事なのだが。


 ロベルトは誰かを接待したり、近しい年頃の友人と言える存在はいない。ましてや、シルヴィアは異性でもある。


 考えれば考えるほど、どう接していいのかわからなくなり、ロベルトはぶっきらぼうに声をかける。


「何か見たい物はあるか?」


「ロベルトの部屋が見てみたい。あと扉を蹴り破る猛獣がいるんでしょ? それも」


「お嬢様。それじゃ、私はマルタ様の方に行きますので。ロベルト様。どうかお嬢様をよろしくお願いします」


 頼みの綱であるルシオが場を去り、そこにはシルヴィアとロベルトが残された。


 辺りを見回せば使用人は所々にいるが、彼女らはこちらから何かを命じなければ、基本的には置物の様に黙っている。


「部屋を見てみたいと言ったが面白い物は何もないぞ」


「そう? でも見てみたいわ」


 なら適当に見せてやるか、と自室に向かおうとするロベルトを、ヴァンが止める。


『おい馬鹿。貴族の子女を部屋に連れ込むなんてやめろ! 変な噂が立つぞ!』


 ロベルトはヴァンの注意喚起にそういうものなのか、と立ち止まる。


 その背中に、着いてきていたシルヴィアが当たり、咄嗟にその身体を受け止める。


「いきなり止まらないで」


「あ、ああ、わ、悪い」


「鼻が痛い」


「……ちょっと見せてみろ」


 真っ白な雪の様な肌、その鼻先に少し赤みが差しているのを見て、ロベルトは使用人に声をかける。


「悪いが氷を持ってきてくれ」


「こちらをロベルト様」


 既に使用人が何かあった時のために準備していたのか、氷嚢を手渡す。


「どうだ? まだ痛いか?」


「感覚がないから分からない」


「それは痛くないと言うんだ」


「そう。じゃあ痛くないわ」


「あと、部屋に連れて行くのは……やめとく。扉もないしな。だから外から覗くだけだがいいか?」


「うん。それでいい」


「わかった。あと後ろを歩くな。落ち着かないだろ」


「女は後ろを歩くものじゃないの?」


 貴族において、男がエスコートする際、確かに女は半歩後ろを歩く。


 だが、ここは勝手知ったる我が家である。我儘なロベルトは面倒なルールなど簡単に捨ててしまう。


「いいからほら。また鼻をぶつけるだろ」


 意外にもシルヴィアの不器用な所を見て、また怪我をされては敵わないと、ロベルトは仕方なくその手を掴む。


 手を繋いで並んで歩いていると、背丈は変わらないが、髪の色や、目の色まで何もかもが正反対な二人だった。


「人の手ってあったかいのね」


「急になんだ。血の通う人間なら当たり前だろ」


「私、誰かの手をこうして握ったの、随分と久しぶりな気がするわ」


「ルシオの手も同じ手だろ?」


「ルシオはいつも手袋をしてるから。私、ロベルトの手好きよ」


 繋がれている左手を持ち上げて、まじまじとロベルトの手を見るシルヴィア。


 何かを確かめようと空いている右手で、手の甲を撫でると、ロベルトの鼻から血が垂れる。


『ぶははひはひ! 腹が痛えっ! 腹なんかねえけどっ』


「ロベルトも鼻怪我してる。大丈夫?」


「……血の通う人間だからな。高貴な血だから大丈夫だ。いいから行くぞ」


 謎な発言を口走りながら顔を逸らすロベルト。


 笑うヴァンに、無表情ながらも心配する様子を見せるシルヴィア。


 鼻血を垂らしているからか、通り過ぎる使用人に二度見されるロベルトだった。


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