第15話 何が起きてる?

 ロベルトが目を覚ましたら馴染みのない部屋にいた。


「……つっ……ここは家長室か」


 気がついたら父親であるクラインがいつも仕事をしている家長室の椅子に座っていた。


 目の前にはロベルトにとっては少し高い書斎机があり、そこに綺麗に整理された書類が重なっている。


「とりあえず、気は済んだか?」


『ああ。最高だったぜ。へへふははは』


 不穏な様子のヴァンに訝しむ様に眉を顰めたロベルトだったが、家長室にいる所をクラインに見られたらただでは済まない。


 足早に部屋を出ると、廊下の奥から誰かが走ってくる。


「ロベルト様ー!」


 それは兎人族のニーナだった。獲物を狩る獣のような目つきでロベルトを見つけると、物凄い速さで迫ってくる。


「な、なんだ? おい、来るな!」


「待ってくださいぃ!!」


 必死の形相で追いかけてくるニーナに、踵を返して逃げるロベルト。


 ニーナは兎人だからなのか、異様に足が早かった。追いつかれそうになりながら、ロベルトは後方のニーナに向かって叫ぶ。


「おい! いったいなんなんだ!? なんで追いかけてくる!?」


「どの口が言うんですかぁ!? いいから早く返してくださいよぉ!」


「返す? 何をだ?」


 スカートの裾を押さえながら、追随するニーナに、ロベルトは恐怖を抱きながら逃げる。


 逃げている途中、何かポケットが膨らんでいると思い、中のそれを取り出した。


「なんだこれ……? 布?」


 後ろでニーナが叫ぶ。屋敷中に響き渡る悲鳴。


「ぱ、パンツ! 私のパンツ返してぇ!」


 ――――――――――――――


「あ、坊ちゃん。いやぁ助かりましたよ。それにしてもロベルト様は庭師の才能がありますよ。見てください。この角度。熟練の技かと思いました。あ、そういえば様子が変でしたけど、何かありました?」


 ――――――――――――――


「ひっ。ロベルト様っ……も、もうやめてください。まだご満足なされないんですか……? うう。もう私お嫁に行けなくなっちゃう」


 ――――――――――――


「ロベルト様。料理人たちがいたくロベルト様を褒めていて。またレシピを教えてもらいたいと仰ってましたよ?」


 ――――――――――――


「あらロベルト。ふふ。まだ甘え足りないのかしら。ほらおいで? やっぱりまだ子供ね」


 ――――――――――――――


「ロベルト! お前が書類仕事をやるなどと言うから任せてみたが、完璧ではないか! やっと貴族の一人息子としての自覚が芽生えたか? いや、久しぶりにカーラとゆっくり時間を取れた。これからもたまに手伝え。いいな?」


 ――――――――――――――


「ロベルト様ぁ! パンツ返してぇ!」


 ――――――――――――――

 

 ロベルトは屋敷の自室に駆け込むと、急いで扉に鍵をかける。


 ゼエゼエと荒い息を吐きながら、膝をついて呼吸を整える。


『いやぁ。ありがとうな。へへ。久しぶりに生きてるって感じがしたぜ。やっぱ持つべきものは子孫だな!』


「お、おま……はぁはぁ……一体なにをした? ……はぁはぁ」


「ロベルト様ー!」


 扉にかけてあった鍵が音を立ててひしゃげる。


 ロベルトの部屋の扉が蹴り開かれ、外からニーナが現れる。


「ええ!? 俺の部屋の扉!? 何してんだお前!?」


 いつもの尊大な姿はどこへやら、焦った様子で吹き飛んだ扉を二度見するロベルト。


「うう、酷いです。私はただ盤上遊戯の相手をしてただけなのに……負けただけでパンツ持って行かれて」


「おい。変な事を言うな。それは……違うんだよ」


「もう里の人たちに顔向けできません……パンツ返してください」


「あ、ああ。いや、すまなかった」


「うう、ぐす」


 力強く握りしめていた下着を、ニーナの手に乗せてやる。


 何をさせられているんだと、ロベルトは冷や汗をかく。だが、ニーナは自分の手にある下着を見て、急に目を細める。


「ど、どうした?」


「これ私のじゃない……」


「え?」


「もおー!!」


 兎の獣人ではなく、牛の獣人だったのか、とロベルトは場違いな感想を抱きながら、ニーナの耳をつんざくような叫びを聴いていた。


 開け放たれていた自室の窓から、一筋の風が入り、ニーナのスカートが揺れる。


 ニーナの尻に白い綿毛の様な物が揺れているのを見て、ロベルトは鼻血を噴き出して倒れた。


「……覚えてろよっ……クソ剣っ……」


『いやぁ眼福眼福』

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