第14話 護国四栄家
クラインからの呼び出しは説教というよりかは忠告の様だった。
クラインの様子は意外にも好意的で、ロベルトにはその理由はわからなかった。
胸中は怒られなくてよかった、という安堵だけである。
『ニーナって子の事は報告しなくていいのか?』
「報告? 剣を抜いて使用人を脅したなど言えるか。折檻が待ってるぞ」
『いや、まあ事実そうなんだが、オレは怒らねえと思うんだよなぁ』
「お前は父様のことを知らないからそんな事が言えるんだ。父様は貴族だなんだと言って、ただ俺を叱りたいだけに見える」
『親と子は複雑だな。ま、お前もいつか親の気持ちってのがわかるだろ』
「流石好色家の言うことは違うな。いったい何人こさえたんだ?」
『人聞きの悪いこと言うなよ。それに、オレは別に浮気性じゃねえぞ? 無責任な事はしなかった……はず』
「自信を持って言えないのか? 情けない先祖だ」
『口の減らないガキだな。まあ、アレだ。名声が広がると、寄ってくる人間も増えるってこった。女は怖えぞ? ベッドの上ではそれらしく愛を嘯いても、裏では金貨を数えて目を輝かせてやがる』
「意外に騙されやすかったんだな」
『知ってて騙されてやるのも、疑う事を知らずに信用すんのも漢の度量ってやつだ。ただ、まあ……腹を抉られた時は肝が冷えたぜ』
「恐ろしい女がいるものだな」
『そういう女に限って二人の時は純真なものなんだぜ? お前もわかる時が来るだろうよ。男は実直、女は二面性ってな』
「下らん。毒にも薬にもならん話だ」
ロベルトはヴァンと話しながら庭を散歩していた。
ウェライン伯爵家の屋敷の敷地内にある庭、門柵の内側だけだが、広さは申し分ない。
そこで久しぶりにロイドの姿を見つけて、ロベルトは喜色を隠し得ずに近づく。
「ロイド。久しぶりだな」
「あ、ああ坊ちゃん。聞きましたよ。魔術騒ぎ」
「その話は聞くな……」
「へいへい。にしてもよかったじゃないですか。カーラ様が荒れた玄関を見て嬉しそうにしてましたよ。やっぱり私の息子は天才だってね」
「母様が? ふ、ふん。それは当然だ。俺はロベルト・ウェラインだぞ」
「へえへえ。ロベルト・ウェライン様。それより、その腰にある剣はなんですかい? 随分と古風なもんですが」
ロイドはロベルトが腰に帯びている剣を見て目を丸くした。
ロイドの言う通り、ヴァンの魂が宿る腰の剣は、デザインが古く、厳しい雰囲気のある直剣だ。
飾りといえば、鍔の部分にある宝石くらいで、それ以外は遊び心も無く、無骨な印象を与える。
「いいだろう? お前の言っていた人魂の正体がこれだ」
「人魂? 剣がですかい?」
「ああ、この柄についている宝石が稀に光る時があってな。見た目が気に入ったから持ち歩いている」
ロベルトはヴァンと相談した結果、ただの不思議な剣という体を装う事を決めた。
ヴァンが語り出すと宝石が光出すから、その不自然さを隠すためだ。
「そうなんですか……ふむ。ちょっと見せてもらってもいいですかい?」
「構わん」
ロベルトは剣帯ごと外してロイドに手渡す。
ロベルトにとっては重たい上に少し大きい剣だが、ロイドにとっては少し小ぶりな様だ。
片手で鞘を掴み、ジロジロと観察する。
「抜いても?」
「勝手にしろ」
ロイドはロベルトの許しを得てから、剣を鞘から引き抜こうと力を込める。
「ん?」
「どうした?」
「いや、これっ……錆びてんですかね? 抜けませんっ」
「何を言ってる? 貸してみろ」
手元に戻ってきた剣。その柄を掴んで鞘から簡単に抜き放つ。
小さくこだまする様な金属音が鳴り響き、その刀身が日の下に顕になる。
「ほう、流石は英雄の生まれ変わり」
「舌を引き抜かれたいのか?」
「はは。少しお借りしてもいいですか?」
「好きにしろ」
ロベルトから剣を受け取ったロイドは顎に手をやって、その刀身を真剣に見つめる。
切先を水平に見たり、根本を見たり、四方八方から検める。
随分と長い間観察していたロイドだったが、感嘆のため息を漏らしながら言った。
「こりゃ凄いですね……」
「何がだ?」
「ゴッドバーグ大陸を旅してきた中で、色んな剣を見てきましたがこれは別格ですよ。とんでもない業物だ」
「ほお」
『まあ、当たり前だな』
「坊ちゃん。これ、きっと売ったら屋敷が建てられますよ」
「そんなに高いのか?」
「ええ。多分。これ、きっと古代の金属ですよ。もう失われた金属で作られた剣です。誰が作ったのかわかりませんが、もしかしたらドワーフの名工が作った剣かもしれません」
「ドワーフが? ありえるのか?」
大陸の北にある国にはいるらしいが、少なくともロベルトは見た事はない。
噂では火酒が好きな職人気質の亜人族だと言うが、興味がないのもあってあまりロベルトは詳しく知らない。
ただ、ドワーフの作る武器は、商人も目の色を変える逸品だという事くらいは知っている。
「年代が分からないので詳しいことは。ただ、もしかしたらどこかの貴族家の宝剣や、王族の儀礼剣の可能性もあるかと。ロベルト様は大秘宝を知ってますか?」
「知ってる。
吟遊詩人がうたう程の武器の話だ。
テンダーウィン王国の南西にある海の都アクエリアを統治する水の家系、スイレン公爵家には海の荒波すらも鎮める大秘宝、三叉槍の柄があるとされ、西には燃え盛る灼杖を持つ火の家系ヴァンデミオン侯爵家が存在する。
その二つの貴族家と、シルヴィアのいるトルネル公爵家、王都の近郊に存在する魔術の名門ルクスベルク公爵家を総称して、護国四栄家と呼ぶ。
「だがそれがどうした? まさか、この剣がそれらに匹敵するほどのものとでも?」
「いえ、そうではないんですが。俺は一度、ヴァンデミオンの灼杖を間近に見た事があるんですが、その剣の柄の部分にある宝石が、ちょっと大秘宝についていた物と似ている気がしまして……」
「ふむ。だが何を聞いても変わらん。売る気はないし、手放すつもりもない」
「はは。少し大袈裟ですかね。いや、まあ、どちらにせよあまり大っぴろげに振り回さない方がいいかもしれませんね。見る人間が見れば、少なくとも逸品というのはわかる筈ですから」
『……ヴァンデミオンか。嫌な名前を聞いた』
ヴァンが独り言を呟くのを無視して、ロイドと別れる。
あまり面白い話は聞けなかったが、珍しくしつこく食い下がらないロベルトである。
ロイドには多少なりとも敬意を持っているらしい。
『──あの庭師。なかなかやるな』
「ロイドの事か? ああ。ちょっかいをかけると面白い話を聞かせてくれる」
『いや、そういうわけじゃねえんだが。オレの予想が正しければ、あの庭師、手練れだな』
「ロイドが?」
ロベルトから見て、ロイドは確かに見た目は引き締まった身体をしているし、体格もいい。
だが、これまで誰かと争っている所など見た事がないため、武力に関してはわからない。
『勘だけどな。オレの物差しで言うなら弱くはねえ。ま、オレの方が万倍強えが』
「調子に乗るな剣風情が」
『あ、てめえ! 言っちゃいけない事言ったな!?』
「事実だろ?」
『だから余計にこたえるんだろうがっ。あーあ。なんかやる気無くなっちまった』
「いじけるなよ……」
『そうだ。オレの愛すべき身体である剣の話も聞けたし、丁度いい機会だ。もう少しオレの今の現状について調べてみねえか?』
「調べるって何をだ?」
『何ができるのかだよ。有り体に言うと身体を貸せって事だ。なんであんな事が出来るのか、色々検証しといて損はねえだろ? 大丈夫だ。変な事はしねえ。嵐鷲に誓う』
「ええ……」
あまりにも嫌すぎて、ただただ拒否感を示す吐息を漏らすロベルト。
だが、ヴァンに世話になっているのは理解していたし、検証だと言われると断りづらい。
ヴァンの魂が宿る剣について、疑問は腐るほどある。
『少しだけだからいいだろ? オレもちょっとは人間の足で歩いてみてえんだよ。腰で揺れてるだけじゃなくてよ。なあ頼むよ。決して悪い様にはしねえからよ。な?』
「うーん。いや。う、うん。そうか。仕方ないな」
『よっしゃあ! じゃあ早速行くぜ』
「あ、ちょ、まっ──」
間髪入れずに睡魔に襲われる。現実感が無くなり、夢の世界に誘われる。
『安心しろよ。ちょっと遊ぶだけだ。へへ』
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