第12話 惨状


「一体何があった!? なぜあんな事になってるんだ!?」


 クラインの叫ぶ様な声で目を覚ましたロベルトは、部屋を出る。


「す、すみません。私たちも何が何だかっ……」


「どういうことだ!? 誰か知っている者はいないのか?」


「父様」


「ロベルトか……なんだ?」


「いえ。玄関の事なら俺がやりました。すみません」


 それだけ言うと、ロベルトは欠伸をしながらクラインたちの横を素通りした。


「ちょっと待て!」


 肩を掴まれて、ロベルトが止まる。


「なんですか……?」


「お前がやったとはどういうことだ? 何が起きた?」


 ロベルトは横目に見える玄関の惨状を見た。


 見るも無惨な我が家の玄関を見て、漸く事の大きさを知る。


「魔術の練習をしてたら、ああなってました」


「魔術? 魔術だと? 使えなかったのではないのか?」


「いえ。練習したら出来ました」


「そ、そうか……それはめでたい事だが……いや、でも」


 尚も食い下がろうとするクラインに、ロベルトは眠気と苛立ちで言い放つ。


「疑うならもう一度やって見せましょう! ここで!」


「やめろ! ……はあ……わかった。とりあえずお前は部屋にいろ。いいか? 使える様になったからと言って、無闇矢鱈に魔術を使うんじゃないぞ? わかったな?」


「はい」


 クラインは頭を抱えた。


 ――――――――――


『いや、とんでもない威力だったぜ。オレの時代でもあれだけの魔術を略式詠唱で扱える奴はそうはいなかった。まあ、精度はまだまだだけどな』


「魔術を使ったら急に気分が良くなったんだが、あれはなんだ?」


『マナ酔いだ。未熟な魔術師が陥る罠だな。まあマナの扱いに慣れてないうちにあんな規模の魔術使ったらそうなる』


「二度とああはなりたくないな」


 ロベルトはその時の痴態を朧げながら覚えていた。何か随分と恥ずかしい事を言っていた気がする。


『悪い事ばかりじゃねえぜ。マナ酔いできるだけマシなんだ。そりゃお前魔術師に向いてるって事だぜ。向いてない奴はマナ酔いすら起こさずにぶっ倒れるからな』


「魔術を使うたびにあんな醜態を晒すことになるなら俺には無理だ」


『必要な分だけのマナを使えばいい。マナが急激に身体から抜ければ、その分を外から取り込もうとする。だから、マテリアルの浄化が間に合わずに酔っ払ったって事だ。大気中に存在する純粋なマナは気を狂わせる性質があるからな』


「恐ろしいな」


『お前気づいてなかっただろうが、とんでもない量のマナが魔術に使われずに漏れてたぞ。ここの使用人がいたら一瞬で気を失ってただろうよ』


「それもマナが気を狂わせるというやつか?」


『いや、厳密には既に浄化されたマナだから違うんだが……。まあ、マナの扱いを知ってる奴には効かねえ。マナの"抵抗"に関しては、機会があったら教えてやるよ』


「そうか」


『それより、部屋にいろって言われちまったな』


「聞く必要はないだろ?」


『それでこそオレの子孫だっ! んじゃ、引き続き使用人に声をかけていこうぜ。っと、まずは玄関の掃除だな』


 初めはヴァンの言っている事がわからなかったが、言われた通りに使用人の手助けをしようとしたら、あれだけ苦手意識を持っていた魔術があっさり使える様になった。


 きちんと結果に繋がっているのだから、ヴァンのいう言葉を疑う気は既になかった。


 そもそも、これまで屋敷でも孤立気味だったロベルトは、会話する相手はロイドしかいなかった。


 そのロイドも庭師の仕事が無いときは屋敷にいない事もあり、ロベルトは人との会話に飢えていた。


 久しぶりに気兼ねなく話せる相手が出来た事で、本人は気が付かずとも、しかめ面で睨む様に屋敷を歩いていた頃よりも、随分と表情が柔らかくなっている。


 それもヴァンの言うことを素直に聞く理由の一つだろう。


 それからというものの、暇を見つけては使用人たちに声をかけながら屋敷内を回っていたロベルト。


 使用人の手助けのために、害虫の駆除、鳥の巣の駆除、糞の掃除。自らが吹き飛ばした厩舎の修繕など、精力的にこなした。


 その日は届いた荷物を屋敷に運び込む仕事を手伝っていて、それがひと段落ついたところで、見知った顔と会った。


「あ、ロベルト様! どうも。公爵家はどうでしたか?」


 一人で屋敷の掃除をしていたニーナと出会い、声をかけられたロベルトは腕を組んで返した。


「どうもこうもない。ただ謝罪に行っただけだ」


「でも普段行かない場所に行ったら、気分がよくなりませんか?」


 ニーナの裏表ない言葉に、考え込むロベルト。


 普段ならば「なら、冥界に行かせてやろうか?」とでも返すロベルトだったが、ヴァンから釘を刺された事もあって少し返答に慎重になる。


「……そう、だな。そういう事もあるかもしれない。お前は獣人だし単純そうだからな。場所が変わるだけで浮き足立つとは、やはり随分とめでたい奴だ」


『……会話ってものを知らないのお前は?』


 いつもならロベルトの棘のある発言にも、持ち前の明るさで返すニーナだったが、その日は違った。


「そうなんです。私、賢くなくて、物覚えも悪いし、単純なんです。だから複雑な事とかできなくて……」


 いつも快活な様子と違って項垂れて落ち込んでいる様子のニーナに、ロベルトが焦る。


「な、なんだ急に。何かあったのか?」


「いえ。ただ、私やっていけるのかなって……あっ。ロベルト様にこんな事言っても仕方ないですよね! すみません! では私まだ仕事がありますので!」


「ちょっ」


 足早に去っていったニーナを、ロベルトは困惑した表情で見送った。


『こりゃ、なんかあるな』


 ヴァンの言葉に、ロベルトの眉が敏感に反応する。


「あの獣人はなんで元気ないんだ? 何か知ってるのか?」


『四六時中お前の腰にいるんだから、お前が知ってることしか知らねえよ。けど、まあなんとなくはわかるぜ』


「そ、そうか。もし話したいなら聞いてやる」


『お前はなんでそう素直じゃねえんだよ。けどまぁ、心配してんなら悪いことじゃねえが』


「心配? 誰があんな獣人の小娘に気をかけるんだ。馬鹿を言うな」


『おーおー。また随分と強く否定するもんだ。じゃあ教えねえ』


 ロベルトはヴァンの言葉に苛立ちを覚えたが、一度深呼吸をして平常心に戻った。


「き、気になるから教えてくれ」


『まあ、及第点だな。だが、まぁ、これは結構シビアな問題だからな。オレが何を言っても、お前がどう感じるのかまではわからねえ』


「勿体つけるな」


『まあ見た方が早えだろ。あのニーナって子の後をつけてみりゃ、自ずと答えは出んだろ。あ、誰にも気づかれない様にな』


「?」


 なぜそんな事をさせるのか理解できなかったが、ロベルトは言われた通りにニーナの後をつける事にした。

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