第7話 ヴァン・ウェラインと名乗る剣
『おい。ガキ! 聴こえてるなら返事くらいしやがれ!』
一人になったタイミングで話しかけてきた腰の剣。一応は空気を読む程度の知恵は持っている様だ。
ロベルトは周りに誰もいない事を確認すると、手を添えて小声で返事した。
「お前一体なんなんだ? あの墓地にあった剣だろ? なんで喋る?」
『オレも詳しい事はわからねえが、どうやらオレの人格ってやつがこの剣に封じ込められてるみてえだな』
そんな剣に関しては一度も聞いた事がないロベルトだったが、珍しい物が好きな彼にとって、この剣はいい玩具になると想像できた。
ロベルトは底意地の悪そうな笑みを浮かべると、腰の剣に問いかける。
「おい剣。お前、またあの墓地に戻りたいか?」
『いーや。っていっても、オレも目が覚めたのはついこの前でよ。最初はどこを見ても真っ暗で墓地にいるなんてわからなかった上に、自分が剣になってるなんて思いもしなかったからな』
「ん? そういえばさっき人格がどうのこうの言ってたが、お前元々は人間なのか?」
『あたりめーだろ。人間の言葉喋ってんだからよ』
舌打ちをしそうな程苛ついた声色で語る腰の剣に、ロベルトは目を丸くした。
「そうなのか。変な剣だな」
『おい、その剣ってのはやめろ。オレにはちゃんと親から貰った名があんだよ』
「名前?」
『──ああ。万夫不当の剣豪、暴風のヴァンとはオレ様の事だぁ!』
叫び声に呼応してか、剣の柄に付いている宝石が明滅する。
「暴風のヴァン……」
その名前はウェライン伯爵家に馴染みのない者でも、王国の民なら誰もが知っている様な名前だ。
物語になったり、吟遊詩人に謳われながら、古来より脈々と伝えられてきた名前。
『あ? オレの名前を知ってるって事は、さてはお前オレの追っかけだな? てことはやっぱここはテンダーウィンか。風が肌に馴染むと思ったぜ。肌なんかねえけど』
「──いだ……」
『あ? なんか言ったかガキ?』
「俺はお前なんか、大っ嫌いだ!!」
ずっと比べられてきた英雄、その名を語る一本の剣と出会いを果たし、感動に打ち震える事もなく、ロベルトは大声で叫んだ。
――――――――――――
『はぁ!? お前、オレの子孫!? うっそだろ!』
「俺の名前はロベルト・ウェラインだ。お前が本物のヴァン・ウェラインだって言うなら、お前には言いたい事が山ほどある」
『おいおいおいおい! ちょっと待てよ! お前がオレの子孫ってなら話は変わんぞ! てめぇ見てたぞ!? 何、兎人族の子を虐めてんだよ!』
「あの使用人の事か? はっ。獣と人を一緒に考える奴がいるか? 所詮は下賤の輩だろう」
『てめぇ! オレの前で言うに事欠いて、下賤だぁ!? ぶち転がすぞクソガキぃ!』
「やかましい! ……ちっ。お前があのヴァンだなんて知ってたらここまで持ってこなかったのに」
ロベルトは大袈裟に両手をあげてため息を吐いた。
『おー? いいのか? お前、んな事言って』
「なんだお前。ただの骨董品が。囀るな」
『ほおほお。しゃあねえな。じゃあちっと痛い目見てもらおうかぁ!!』
「は?」
ヴァンの言葉に、最大限の罵声を浴びせようとしたロベルトだったが、突如として襲われる睡魔に、屋敷の床に膝をつく。
「……う、ぐっ」
『はっはっは! どうやらオレとお前は、切っても切れねえ縁って奴らしいな! おらおら! そのまま硬え床の上で伸びてろクソガキがっ!』
どうやら、この睡魔を引き起こしているのはヴァンと名乗った腰の剣らしい。
ロベルトはそれに気づくと、即座に剣帯ごと投げ捨てる。
だが状況は変わらない。
「な、んで……」
『離れようが関係ねえ。いいか? オレとお前は一連托生って事だ。あんまり生意気な事抜かすと、このまま、お前の身体をオレが乗っ取ってやってもいいんだぜ?』
「そ、んな事、できるわけが」
『おいおいおーい! 忘れちまったのか!? お前を寝床に連れ戻してやったのはこのオレ様なんだぜ? 苦労したぜ。匂いを辿ろうにも、お前の鼻が思ったより効かなくてよお』
ロベルトは昨日の深夜の事を思い出す。つまり、あれは夢ではなく、本当にあった事なのだ。
そして、ヴァンは言った通りに、ロベルトの身体を乗っ取る事が出来る可能性がある。
「く、そ」
『ハハハ! 情けねえガキだ! これに懲りたらオレ様の事はこれからヴァン様と呼びな! ハッハッハ……は?』
ロベルトは地面に落ちている剣を持ち上げ、鍔についた宝石を地面に打ちつける。
声を出すたびに明滅する宝石が本体だと当たりをつけて行った苦肉の策だったが、効果は覿面だった。
『ちょ、ちょっと待て! いててててっ! 痛くねえけど! おいやめろ! 分からんけど何かそれ以上はやべえ気がすんだよっ! 落ち着けよクソガキ!』
「うるさい! いいからさっさとこの眠気をどうにかしろ! さもなくば、炉に放り込んで打ち直すぞ!」
『やめろ馬鹿! だぁあ! なんでこんなのがオレの子孫なんだよ!』
「お前みたいな奴を先祖に持つこっちの身になれ!」
――――――――――――――
どれくらいの時間罵倒しあっていただろうか。
床に両膝をついたまま、ロベルトはゼエゼエと荒い息を吐く。
その傍には鍔の宝石から弱々しい光を放つ剣が横たわっている。
『わあった……一時休戦だ。オレたちはお互いを知らなすぎる』
「はぁはぁ……そ、そうだな。これ以上は……不毛だ……」
ロベルトは息を整えながら、床に落ちている剣を拾う。そして、腰につけると汗を掻いた額を拭う。
「とりあえず、あの睡魔を寄越すのはやめろ……気味が悪いし、何より俺の身体だ」
『わかってるっつの。お前も、あんまり雑に扱うんじゃねえぞ。今のオレは繊細なんだからよ』
「わかった」
そして、ロベルトは何か忘れているような気がして、辺りを見回す。
すると、父親から託された焼き菓子の入った包みが落ちていた。
明らかにひっくり返っているそれを見て、ロベルトは大きくため息をついた。
「なんでこんな事に……」
『いやぁ……美味そうなのに勿体ねえな』
「っ! お前のせいっ……じゃないな……くそっ」
『お前、意外と素直だな』
暫くの時間途方にくれていたが、とりあえずじっとしていても始まらないと思い、包みを持って中庭に向かう事にした。
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