第6話 トルネル公爵家

 公爵家に向かう途中の馬車で、ロベルトはクラインから声をかけられた。


「なんだその剣は?」


「拾い物です。少し気になる事があるので持ち歩いています」


「そうか……いや、どこで剣なんか拾ってきた?」


「ロイドが屋敷の近くで拾ったと言っていました。私兵の忘れ物じゃないですか?」


 息をするように嘘を吐くロベルトだったが、それを聞いてクラインの表情は何処か満足げである。


 クラインから見て、ロベルトが剣に興味を持つのは少なからず嬉しい事の様だ。


 他家から帰ってきてからというものの、ロベルトは剣の稽古を全くしていなかったからだろう。


 剣術指南として、敏腕の剣士を呼んでも、ロベルトはサボり、果てにはその剣士に性質の悪い悪戯を仕掛けた挙句、逃げる様に辞めさせる。


 そんな事を続けてきたロベルトであるから、どんな形であれ、また剣に興味を示すのはクラインから見て気分のいい出来事の様だ。


 ロベルトに剣の才能があると見出したのは、他でもないクラインである。


 他の事がどれだけ出来なくても、ロベルトの剣の才能だけは疑っていなかった。


 父親の涙ぐましい信頼である。


「その剣の所有者が現れたら、私に報告しろ。それと、私は公爵と話す。お前は公爵令嬢にしっかりと謝罪するように」


「わかりましたよ……」


 うんざりした様な表情で言うロベルトに、クラインもそれ以上は何も言わなかった。一人息子であるロベルトとの溝は開くばかりで、どう接していいかわからないのだろう。


 当のロベルトは、今も聞こえる誰かの声に苛立ちを募らせていた。


『おう。すげえ景色だ。随分と発展してんな。なあ? おいガキ。ここはテンダーウィンか? なあ?』


 随分とお喋りな声の持ち主に、ロベルトは返答することはない。だが、こうも延々と喋られると、流石に煩わしい。


 気を紛らわせようとロベルトが馬車の中で目の前を見ると、ロベルトの母親であるカーラが座っている。


 カーラはロベルトの視線に気がつくと、不器用に笑みを浮かべた。


『なんだお前。両親と仲悪いのか? 仕方ねえなぁ。オレに何があったのか相談してみろよ』


「うるさい……」


 ぽつりと呟いた声は、馬車の音に掻き消された。


 ロベルトの頭の中には最早、この腰にある剣をどこに捨ててやろうか、という考えしかなかった。


 ――――――――――――――


 公爵邸の一室でロベルトの父親であるクラインと、トルネル公爵家の家長であるダリス・トルネルが顔を合わせていた。


 ロベルトの母親であるカーラは公爵夫人に誘われて別室へと向かったため、この場にいるのはロベルトを含めて三人だけである。


「ようこそ。久しぶりですな。ご壮健な様子で嬉しいです」


 ダリス公爵は柔和な笑みを浮かべて言った。


「そちらも、変わりない様子で安心しました。子女のシルヴィア令嬢には、うちの息子が大変申し訳ない事を……」


「いえ、構いませんよ。子供のした事ですから。シルヴィアも特に怒ってはいない様子でした」


「全く。うちの馬鹿息子にも見習わせたいものです。それよりも、件のご令嬢の姿が見えない様ですが?」


「はっは。うちの娘もとんだじゃじゃ馬でして。伯爵家の方々がいらっしゃる事は伝えてはいるのですが。きっと今は中庭にいると思います」


「シルヴィア嬢にも、正式に謝罪をしたいのですが……」


「いえいえ。お気になさらず。ウェライン卿から直接謝罪されても、うちの娘も気の利いた事も言えないでしょうからね」


 格式めいた会話を繰り返す二人に、ロベルトは居心地の悪さを感じていた。


「ロベルト。シルヴィア嬢は中庭にいるそうだ。これを持っていけ」


 クラインから小声で囁かれ、包みを渡される。


 匂いからして焼き菓子が入っているのだろう。


 それを渡すついでに謝ってこいと言う事だろうが、ロベルトは気乗りしない様子である。


「うちの妻がカーラ夫人と親しくさせていただいているみたいで。家に来られると知って喜んでいましたよ」


「はっは。カーラも勿論マルタ夫人に会えるのを楽しみにしていましたとも。ほらっ。早く行ってこい」


 父親に背中を押されて、ロベルトは仕方なくその場を後にした。

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