第5話 ロベルトは剣を手に入れた

「──まっ!」


 誰かの呼ぶ声に、意識が浮上してくる。


「ロベルト様っ!」


 目を開けると、そこは自室だった。兎の耳をした少女が、こちらを心配そうに見下ろしている。


「なんだ。お前か。どうした?」


「どうしたはこっちの台詞ですよ……いつまでも起きてこないから……それと、一体、アレはなんですか?」


 ニーナの言葉に訝しげに眉を顰めたロベルトは、彼女の視線の先を見る。


 自室の椅子の上に、それはあった。


「あれは昨日の剣だな」


 ロベルトは起き上がるために身体にかけていた布を取り払う。すると、またニーナが何かに怯え始める。


「な、な、なんですか、ロベルト様。また私を揶揄ってるんですか……?」


 ニーナは震えた指で、ロベルトの足元を指した。


「なんだこれは?」


 ロベルトの足はまるで汚泥を踏んだ様に真っ黒く汚れていた。


 その泥や土に塗れた足が、白い寝台までも汚している。


「あ、あの。もしかして、持ってきてしまったんですか? あの剣」


「そんなつもりはなかったんだがな」


「やめてくださいよぉ……怖いの苦手って言ったじゃないですか!」


 ロベルトは嘘や冗談を言ったつもりはなかった。だが、確かに不可思議な事が多く起こっている。


「ふん」


 傲慢な態度で、ロベルトは椅子の上にある剣を乱暴に手に取る。


 そして『もっと丁寧に持ち上げろ馬鹿野郎』と声が聞こえて、ひっくり返って尻餅をついた。


「ど、どうしたんですかロベルト様!」


「いや、なんでもない……それよりお前聴こえたか?」


「な、何がですか? あ、もしかして、お腹が鳴ったんですか? それなら気にしないでください。私の耳がいいのは集中している時だけなので! それにしても、自分のお腹の音でびっくりするなんて、まだロベルト様も子供ですね!」


 ニーナが兎人族の特性をこれみよがしに教えてくるのを見て、ロベルトは苛立ちと共に立ち上がる。


「おい」


「はい? ってぴゃあ!!」


 ロベルトはニーナの耳を掴んで、片手に持った剣を近づけた。


「どうだ?」


「どうだって、何がですか……? あの。耳、デリケートなのでもっと優しく」


「ちっ」


「いたーい!」


 ニーナの耳を締め上げて、多少溜飲が下がったロベルトは、手に持った剣を見つめる。


 装飾は鍔の部分にある丸い宝石だけだ。その他は鞘から、柄頭に至るまで、無骨で美麗さなど欠片もない。


 ──声が聞こえたのは俺だけか。


 不思議な現象に、怖いもの知らずのロベルトでさえも、少し気味が悪いと感じていた頃。


 ノックの音が部屋に響いた。


「ロベルト。公爵家に行くぞ。お前も準備しろ」


 入ってきたのは、父親のクラインだった。だが、彼は部屋の惨状を見て、目を丸くした。


「何があった?」


「なんでもないですよ。それより、なぜ公爵家に?」


 ロベルトの言葉にクラインは大きくため息をついた。

 

「お前がしでかした事だろう。もう忘れたのか?」


 そこまで言われて漸くロベルトは思い出した。


 そういえば、以前に公爵家の家に招待された時、令嬢が育てていた花壇を特に理由なく踏み荒らした事があったと。


「たかが花でなぜ謝らなければならないのですか?」


「……いいから早く準備をしろ。三度は言わんぞ。いいな!?」


 強い力で閉じられた扉が、大きな音を立てる。その音に驚いたニーナが、意気消沈した様子で項垂れる。


「うう、伯爵様に変な所を見られました……」


「安心しろ。お前はいつも変だ」


「そういう事じゃないですよぉ!」


「それより、昨日の夜からの事は全て忘れろ。墓地の事も、この剣の事もな」


「わかりました……。あの、その剣、どうされるんですか?」


「そうだな。少し気になる事がある。俺には少し大きすぎるが、帯びていく事にする」


「そんな気味が悪いもの、早く捨てた方がいいと思います……」


「なら思い切って断捨離するか。その時はお前も路頭に迷うことになるが……」


「その剣、すごく独創的でいいと思います!」


 調子のいい様子にため息をついたロベルトは、手元にある剣を掲げて、鼻を鳴らした。



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