第4話 人魂の正体
ロベルトは夜中に自室から抜け出し、廊下を歩いていた。
屋敷の廊下は静まり返っていて、少しの物音がよく響く。
前方の角からランタンの光が見え、ロベルトは廊下の途中にある調度品の杯に身を隠す。
現れたのはニーナだった。
きっと夜間の見回りだろう。基本的にはもっと高齢の使用人がやる物だが、ニーナは新人だというから色んな仕事を任せられている様だ。
「っ」
これ幸いにとロベルトはニーナの後ろに回って口元を抑える。
「──っ! んー!」
「騒ぐな。黙れ」
口を離すと、忘れていた様に荒い呼吸を繰り返すニーナ。
「ロベルト様!? 何しているんですかこんな時間に!?」
「静かにしろ……丁度いい。お前も来い。その長く鬱陶しい耳が少しでも縮めば幸いだ」
「来いって……どこにですか?」
「裏の丘にある墓地だ」
「そんな所に何の用事で……?」
「人伝に聞いた話だが、夜になると墓地で人魂が見られるらしい。面白そうだからお前も来い」
ロベルトがニーナの襟首を掴みながら言うと、ニーナはブルブルと震えながら懇願した。
「勘弁してくださいロベルト様っ。私、怖いの本当にダメなんですっ」
怖がるニーナにロベルトは外套を捲ると、腰に差している剣を見せる。
「安心しろ。ちゃんと護身用に真剣も持ってきてる。不埒な輩がいたら切り捨ててやる……そういえば俺の剣を見たいと言ってたよな?」
「それはそうですけどっ! それとこれとは話が別ですっ」
「いいから来い」
ロベルトは尚も抵抗するニーナを引きずりながら、屋敷を出ていく。
――――――――――――
屋敷を出て一刻ほど歩くと、件の墓地は目前だった。
そこは静けさが漂っていた。墓地と言ってもそこまで大きな物では無い。
精々がロベルトの自室くらいのスペースである。
ニーナは垂れた耳を自らの手で畳む様にして蹲っているが、ロベルトはどこ吹く風である。
辺りをキョロキョロと見回しながら、墓地の様子を確認している。
「帰りましょうよぉ」
「馬鹿を言うな。人魂の正体を暴くまで帰れるか」
「で、でも。よくないですよこんなの。死者の眠りを妨げたらヴァステゴが攫いに来るんですよ?」
「ヴァステゴ……? なんだそれは?」
「黒猫の姿をした魔物です……冥界の使いで……」
下らない子供騙しだ、とロベルトが考えたのと同時に、墓地の奥の方で何かが光った。
「ひぇっ!?」
頭を抑えて蹲ったニーナに、ロベルトは辺りを注視しながら尋ねる。
「今の光はどこからだ?」
「そ、その一番奥の方です。ちょっと、すみません。私、もう我慢の限界で……」
「安心しろ。小便垂れてもヴァステゴは来ないんだろ?」
「何も安心できませんよぉ!」
ロベルトはニーナが差し示した方角に向かう。
そこには、墓標の様な筒が立っていた。
錆びた鍵のついた黒い筒に、何やら見慣れない文字が書かれている。
どうやら正体不明の光は、その筒の隙間から漏れ出ているらしい。
「これが人魂の正体か」
「な、なんなんですかそれ」
「さあな。ただ何かしらの宝が入っているのは間違いない。肝試しの予定は墓荒らしに変更だ」
「だ、だめですよ。そんなことして、もし旦那様にバレたら」
「ここはウェライン家のお膝元だぞ? 墓を荒らそうが何も言われる筋合いはない。父様には俺から言っておく」
ロベルトは魅入られた様にその筒を見ていた。
筒についていたであろう鍵は何故か外れかけていて、まるで誰かが見つけるのを待っていたかの様な有様だった。
筒の前面を覆う蓋を外すと、その中には一振りの剣が入っていた。
鍔の部分に燻んだ色の丸い宝石が嵌め込まれていて、それが夜にも関わらず淡い光を発している。
ロベルトは緩慢な動きでその剣に手を伸ばす。
「ロベルト様っ!」
それまで虚な目をしていたロベルトは、ニーナが呼ぶ声で我に帰る。
「お願いします。もう戻りましょう。私、なんだか不気味で」
「あ、ああ。そう……だな。仕方ないやつだ。引き上げるか」
そう返事をして筒を閉じる際、中に入っていた剣に指先で触れた瞬間、ロベルトはつむじからつま先まで、電流が走った様な感覚を受けた。
「っ!?」
「どうしました?」
「い、いや、何でもない。それより、これを戻すのを手伝え」
「わ、わかりました」
ニーナに手伝ってもらいながら、筒の蓋を閉じ、しっかりと封鎖する。
その後は怯えるニーナと共に来た道を戻った。そして屋敷で別れ、欠伸をしながら自室に帰って眠った。
夜も更けた頃、ロベルトは耳鳴りの様な音に目を覚ました。
それがまるで誰かを呼ぶ声に聞こえて、ロベルトは上体を起こした。
「なんだ? 誰かそこにいるのか」
自室の扉の方を見て言うが、反応はない。ロベルトは舌打ちをして、扉の方に歩み寄る。
「誰だ……?」
扉を開けて耳を澄ますと、またもや人の声の様な物が聞こえてきた。
ロベルトは臆せずその声のする方に歩いて行く。屋敷の玄関を出て、裏の丘の方へと。
そこはつい先ほど足を運んだ墓地だった。
夢か、現か、定かでないまま、ロベルトは筒を外して剣の柄を握った。
『お前、オレの声が聞こえてんだろ?』
その声が頭の中で響いた瞬間、ロベルトは気を失った。
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