第3話 庭師は言った
「くそ。俺が馬鹿だった」
結局最後までニーナはルールを理解しなかった。
わざとやっている様には見えないのが余計に性質が悪い。ストレス発散の為に始めたことで、余計にストレスが溜まる結果となってしまった。
ロベルトはそんな気分を変える為に屋敷の庭に出ることにした。
「ああ、坊ちゃん。またサボりですか?」
「講師ならとっくに逃げた。座学の予定はない」
「そうですか。それならまた何か話でもしましょうか?」
「ああ、頼む」
梯子の上からロベルトを見下ろすのはウェライン伯爵家の庭師であるロイドである。
他の誰とも馬が合わないロベルトであったが、この庭師とは不思議と気が合った。
ロベルトのいるテンダーウィン王国を含む数多の国が存在するゴッドバーグ大陸。
その各地を旅してきた人物で、ロベルトが目を輝かせる様な話をこれまでに幾つもしてくれた。
ロベルトが他家に騎士見習いに出ていた間に雇われた庭師であり、彼に対して気負いの無い接し方をしてくれる唯一の使用人である。
「それじゃ、今日はシェルミアの民の話でもしましょうか」
「シェルミア? もうその国は無いだろう」
褐色の肌と、黒い髪の毛を持つ民たちが暮らした、テンダーウィン王国から見て遠く東の亡国シェルミア。
彼、もしくは彼女らは一人一人が屈強な戦士であったが、侵略戦争を仕掛けて隣接する大国に滅ぼされた。実に二十年前の出来事である。
「まあ、元シェルミアの名前はオルゴール辺境って名前に変わりましたがね。シェルミア人の血はまだ続いてはいますよ」
「ふむ。だが、俺は見たことがないぞ?」
「シェルミア人は肌の色や髪の色を隠して生活してますし、気が付かない事が殆どです。それに、このテンダーウィン王国では彼らは生きづらいでしょうからね。見かけないのも当然かと」
暗に王国ではシェルミアの民を見る事はないという口振りだった。
そもそもが元シェルミア王国とテンダーウィン王国の間には幾つもの国家が存在しており、距離の問題もあるが。
「生きづらい? 何故だ? 金が無いのか?」
「違いますよ。シェルミア人は凶暴で、おぞましい緑色の血を流すという風説がありますからね。この国ではどこに行っても偏見の目を向けられるでしょう。噂ではシェルミア人の集団が現れたとかで、ある街の市民が恐慌を起こして街道がいっとき封鎖されたって話です」
血狂いシェルミアの名はロベルトも聞いたことがあった。
女子供問わず、国の誰もが屈強な戦士であり、それと同時に無類の争い好きだと。
緑色の血をしているというのは初めて聞いたが。
だが、ロイドの話を聞いても怖いものなどないという絶対の自負があるロベルトは腕を組んで言い放った。
「下らん噂だ。俺は自分で見た物しか信じない」
ロベルトの風説を歯牙にもかけない様子に、ロイドは小さく笑った。
「坊ちゃんはそう言うと思いましたよ。何ででしょうかねぇ。誰もそういった坊ちゃんの良いところを見ようとしない」
ロイドは梯子の立て付けを直しながら言った。
先祖である英雄ヴァンと比べられてきたロベルトにとって見た目だけで決めつけられるのは何よりも我慢ならない事である。
そのため、見ず知らずのシェルミア人に対しても憐れみこそあれ、特段拒否感を示す事はない。
「坊ちゃんと呼ぶのはやめろと言ったはずだ。それより、関わる事のないシェルミア人の事より、何か他に面白い話はないのか? 最近暇すぎて死にそうなんだ」
「はいはい、すみませんねロベルト様。ああ、そういえば最近夜中に奇妙な光を見るんですよね」
「奇妙な光?」
「ええ。夜に庭に出てみると、遠くに白い火の玉が浮かんでるんです」
ロイドの言葉に、ロベルトは訝しげに薄目を向ける。
「嘘をつけ」
「いえいえ! 本当ですよ! あっちの墓地の方ですかね。場所も場所ですから、まるで人魂のように思えて気味が悪くて。見かけたらすぐ部屋に戻る様にしてるんですが」
ロイドは庭の植草を刈っていた手を止め、遠くの方に指を刺した。屋敷の裏の、丘上にある墓地だ。
「ふむ……それが嘘じゃないならいいことを聞いた。これは他の者には内密にしておけ」
「まさか……。坊ちゃん。だめですよ。よくない物だったらどうするんですか」
「お前は俺に怖い物があるとでも思ってるのかロイド? いいだろう。俺が自ら人魂の正体を暴いてやる」
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