第8話

 さすがに舐められるのは良くないかもしれない。

 アタシは大金を片手に自分のために貯めてた貯金を少しばかり見てみる。

 今までコツコツ貯めてた分――ベッド下には4600ゴルド、ギーズの死体装備剥ぎ取りが2000ゴルド、そして今回得た3500ゴルドで10100ゴルド。

 毎月一万ゴルドの返済はしたい。

 

 今日は春の3月62日。

 つまり3月は始まってまだ二日目。

 春の3月90日までに溜まってればいい。

 だからその……。

 ちょっとだけ装備の充実を図りたいと思わなくもない。

 高性能過ぎると狙われる可能性もある。

 だから、最下級でいい。


 なんなら少し私服も充実させたい。

 ひらひらなものは要らない。

 可憐さも煽情的な恰好も今は要らない。

 男に頼ったせいで母ちゃんは苦境に立たされたわけだしな。


 父ちゃんが悪いというよりかは徴兵した国が悪い。国を牛耳っている貴族が悪い。

 貴族憎けりゃ、国まで憎い。

 

 

 今朝も日課の実家へ仕送り21ゴルドと石ころ集めをして迷宮へ赴く。

 塩を売り、手に入れた300ゴルド。

 これで10400ゴルド。


 朝夕まで冒険者ギルドで一日働き、防具屋へ。

 但し、お金は持って行かない。

 今回は市場調査である。


 防具屋はっと……。商業区を歩き回り防具専門店を探す。

 《防具亭:ガルフ》……む。なかなか渋い。いかにも良い防具鍛冶師がいそうな防具屋を見つけた。

 意気揚々と入店する。


「……らっしゃ!い…?……なんでぇ冷やかしか。」


「…む。」


 確かにお金は持ってきてないけど……。

 これは市場調査で相場を知るまで大金を持ち歩きたくないだけだぞ。

 まあ、よい。品は見させてもらう。


 どれどれ……箱に無造作に入った皮鎧を見てみる。埃が被っており、結構汚い。それだけでなく、細かい傷も見える。

 なのに値段は1900ゴルド。

 た、たたたたっか。

 

「おい嬢ちゃん!ここはおめえが来るとこなんかじゃねえぞ!!!」

 

 客になんて態度だ。

 無視して、隣のプレートアーマーをみる。

 此方は3200ゴルド……たたたたたっけ。

 しかもなんかくすんでる?いや、錆?

 メンテナンスされてない……?


「でてけ!!!うちは金持ちしか相手に出来ねえぞ!!!」


 隣には軽装備――ベストからコートと並んでいるが2400とか4000とか……ほほほほほ法外な値段だああああ!!!!

 知らんけど。

 これが普通かも知らんけど。

 とにかくこんなのは買いません。


「話聞いてんのか?!じろじろうちの商品みてんでねえぞ!!!さっさとでてけええええええ!!!!」


 よし、ここの店を出ようか。

 あ、店主がなんか言ってたけど無視してたわ。

 ま、いいか。


 次は………あ、見っけ。《防具屋:パチモンッテ》か……。名前は最悪だなぁ。外観は結構新しいけど……。うーん、老舗感はないけど、入店した。


 ―――カランコロン――――

 客の入店を告げる音が鳴る。


「ぐーぐー。っは!?おはようございます!じゃなくていらっしゃいませ!!」


「ん。」


「……かわいいお嬢さんだ!何がお望みかな?」


 〈パチモンッテ〉の店主(?)は一瞬視線が奴隷紋を捉えたが、愛想の良い接客だ。


「市場調査。ほしいのは…軽装。」

 

「ほうほう。軽装ならこっちだね。うまく作れたものはこっち。弟子と僕がちょっとなぁって思った品は訳アリ品であっちの箱に入ってるよ。」

 

「ん。」


 皮の鎧は一着800ゴルド、訳アリ品は500ゴルド。

 どちらもメンテナンスはちゃんとされている。どちらがどう違うのか、なぜ訳アリ品なのかをよーく見てみる。

 手に取って見ると裏地が違う。

 厚みと軽さ、皮の鎧の鞣し具合も。

 800ゴルドのほうは柔らかい。よく鞣されている。

 皮の鎧というか革の鎧だなと感じた。

 一方、500ゴルドの皮の鎧は加工処理が甘かったのか触って比べると分かる程度の硬さがある。

 よく鞣されている方が確か耐久性が高かった気がする。

 つまり、この値段の差は本当に値段分の差があるということだ。


 しかも安い。パチモンッテは仕事ができる店だな。

 着けると、サイズ調整もされるみたいだ。

 これは一体どういう仕様なのだ。

 多分一定量の資源は必要で合成みたいな感じで出来るんだろうけど。いや知らんけどね?でもそうじゃなかったら小さいサイズ作りまくれば材料少なくて済むからね?

 なら作るための素材は一定量必要と考えるべきだよね。

 いや本当に知らんけど。


 革のベストは――600ゴルドだ。

 ベストだから両腕の防御性能はないが着込めるタイプか?

 そう思えるくらいに薄くて滑らかで柔らかい。邪魔にならなそうだ。着心地が悪いと、身動きに影響が出るしね。

 よく考えられている。


 訳アリ品も誤差だ。

 でも確かに違いがある。比べると粗悪品の部類なのかもしれない?素人でもわかるならプロならはっきりと感じるのだろう。

 今みたいに触り比べなんてしなくてもね。


 革のブリーツスカートコートは全身を包んでいる。ピタっとウエストラインがはっきり出てしまうが、これ一つで上半身から下半身までしっかり守られる。

 スカートだけど、動きは邪魔にならない。

 これは凄い。ただ、両腕両肩は丸出しだ。まあ籠手や肩鎧ショルダアーマーは別途で装着できると思えばいいのか?


 値段は800か……。訳アリ品は500ゴルド。

 メンテナンスも全品行き届いているし……決めた、これにしよう。


「……まだやってる?」

「ええ、もちろんですとも!」

「ん。すぐ戻ってくる。」



 そういって、冒険者ギルドに帰った。

 お金を取りに戻り、銀貨を一枚手に取った。

 小銀貨8枚だとじゃらじゃらしかねん。

 大金持ってると思われて襲われるかもしれないから。


 戻った時、店主はニコニコして待っていた。

 随分と機嫌が良さそうだ。

 もう一度、きちんと並べられた革のブリーツスカートコートを手に取り確認する。ちゃんと高い方を買うためにね。


 レジに800ゴルドの革のブリーツスカートコートを置く。


「毎度あり!!お嬢さん、お名前を伺っても?」

「…?ララ。」

「ララ様ですね。お買い上げありがとうございます。」

「ん。」

「はい、確かに。銀貨1枚ですのでお釣りは200ゴルド、小銀貨2枚になります。」


 レジ前にはポーションホルダーも売っている。

 まあ、ポーションがないから。

 400ゴルドだったし買うことはどのみち出来なかったけど。

 

「ん。またくる。」 

「ええぜひまたいらしてください。」


 この店は名前さえどうにかしたらいいと思う。

 そう思いながら店を出た。


 あとは私服を上下セットで7着――70ゴルド、と下着と肌着を10着――30ゴルドで買って冒険者ギルドへ。


 100ゴルドはベッド下貯金に戻して、下着達は小タンスにしまう。

 サラシタイプの肌着を身に着け革防具に身を包む。


 解体用ナイフと石ころ袋を腰に引っ提げる…部分までちゃんと付いていた。


 どこからどう見てもいっぱしの冒険者に見える。

 走るのも容易だ。

 初めて装着したとは思えないほど馴染んでいる。

 改めてパチモンッテの仕事っぷりに感心した。


 ザックロール迷宮にたどり着く。

 相変わらずの洞窟っぽい見た目。の割に二階層、三階層って階段を次層に進出するのだから、違和感満載である。

 これが塔とかになってるなら上るのも分かるんだけどね。


 迷宮へ入ると、


 ―――ザックロール迷宮—――

 頭の中で入る階層を念じてください。

 

 ・一階層

 ・十階層


 ―――――――――――――――


 もちろん一階層へ。

 この親切というか丁寧というか……。

 聞き方もどうなのこれ?


 まあ、いいんだけど。

 迷宮の意思なんだとしたら、ものすごく丁寧な人(?)いや迷宮さんだよ。

 攻略したらどうなるのか知らないけどアタシはこの迷宮はなくならないでほしいと切に願っている。

 だって普通に恩恵がすごいしね。


 石造りの迷路を進み、ボス部屋へ。

 道中、アタシを見る目は確実に小さな探索者どうぎょうしゃに代わっていた。

 確実に嘲りや侮りで見るやつが居なくなっていた。

 ま、たまにアタシくらいの背格好の子いるしね。

 身長は侮る要素にならないんだろうね。

 それより格好のほうが重視される。


 気分が良いので、ボスは瞬殺することにした。

 え、いつものこと?

 細かいことは気にしないの。

 えい!


 ――――K.O.――――

 

 ふぅ、一仕事した。

 塩を手に取り、階段を上って、強制送還してもらう。

 

 連戦とかだったら、二階層から一階層に戻ってとか?

 冒険者になれば《地域移動エリアムーブ》でどうにでもなりそう。


 《地域移動エリアムーブ》は一度訪れた場所へ瞬時に移動できる優れたスキルだが、魔力探知機で魔力記録&感知したり、魔障壁塗料なるもので阻害される事もある。これはスキルそのものの干渉を封じるそうだ。

 アタシには縁のないようなリッチな人が持ってるような建物にしか使われていないっぽいけど。


 《何でも買い取り屋:ドンベーイ》に塩を売りつける。

 これだけ売っていると塩の価値は下がらないのだろうか。

 時折、不安になったりもする。


「ねえ。」

「ん?どうした嬢ちゃん。」

「これだけ売りつけて塩の値段は変わらないの?」

「物の価値が変わることを知ってんのか!嬢ちゃんは頭がいいな!いやさては商人の娘っ子かい?」


 商家の娘ならもっと生活は豊かだったろう。

 ありもしない夢物語に首を振った。


「違ったか。じゃあ商才があるな。だが、嬢ちゃんが売る塩はボスの塩だ。だから価格が高くなることはあっても低くなることはねえな。安心していいぞ。」


「ん。なんで?」


「本来ここは岩塩も採れねえ。周りは木で囲まれ、そこには魔物が巣食っている始末だ。開拓しようにも魔物という番犬がいるからな…思うようにもいかねえ。てなるとどう頑張っても輸入に頼るしかなくなる。したら塩は高くなるよな?」


「ん。」


「そこに現れたのがザックロール領の救世主、ザックロール迷宮だ。此処の一階層は雑魚から塩が取れる。最初は輸入品より安めの価格帯だったが、あっという間に供給過多になり、値は崩れた。暴落だな。ザックロール領に輸入するために塩を運んでいた商人も大損をこいた。二束三文でしか売れなくなったわけだが、他では違う。海がない都市なんかには相変わらず売れるからな。それで雑魚の塩は価格が10ゴルドに落ち着いたってわけよ。」


「ん。それでなんでボスの値は高いまま?」


「おっといけねえ。商才を感じたもんで嬢ちゃんには余計なことばかり話しちまったな!すまねえ」


「全然気にしてない。為になってる。」


「がはは!そうか。それでなんでボスの塩が高いままかっていうとそんなのはボスを倒してる嬢ちゃんが一番分かってる部分でもあるだろうが、三つある。一つはボスは強いし逃げられん。雑魚なら此処の一階層なら逃げることも出来る。迷宮は命懸けだが、ボスとは確定されし死闘の強要を余儀なくされる。ポーション代に装備のメンテナンス費用を考えると儲けそのものが少ない。」


「ん。二つ目は?」


「二つ目は、ボスの塩は俺が嬢ちゃんから300ゴルドで買い取ってるよな?」


「ん。」


「他では幾らか知ってるか?」


「んん…。」


 安値で買い叩かれてたら嫌だから知りたい反面調べるのを避けていた。アタシは俯いて首を振った。


「嬢ちゃん、調べた方がいいぜ?ま、他じゃ高くても250ゴルドが精々だ。安心してくれていい。嬢ちゃんから安く買い取るようなことしてねえからな。」


「ん。ありがと。」


 実は防具を見に行った時にバカみたいな高値で売りつけられてるのを見て、安値で買い叩かれてるのではと思いもしたが、完全に思考停止させて、あそこは悪徳だと思い込んでいた。


 まあ、結局その件は本当に悪徳だったんだけど。

 

「それで、ボスの塩は300ゴルドで俺が買い取ってるが、売りつけるのは嬢ちゃんくらいだ。塩は何にでも使えるし野営時に高級塩で飯が食えりゃみんな喜ぶ。だから、そもそもドロップアイテムを売らねえ奴が多い。つまり流通量が少ない。流通量が少なくても雑魚からは塩が取れるからな。庶民は気にしないわけよ。気にすんのは一部の美食家や貴族連中だ。貴族連中は羽振りがいい、だから吹っ掛けても払う。」


「ん。それで三つ目?は。」


「その貴族と美食家ぶってるやつらが気に食わない。嫌いなやつの腹の肥やしのために命掛けてまで取る価値はねえ。普通に商人と直接掛け合って売ったら冒険者が手にするのは250ゴルドだしな。なんなら商人に鴨られてギルドで買い取りしてくれる値段より安値で売買されかねん。俺が嬢ちゃんを鴨らないのは鴨らなくてもそれだけ利益が出るよう遠方まで運ぶ伝手がしっかりと確立されてるからだぜ?」


 どうだ、見直したか?すげえか、俺!って感じのドヤ顔だ。鴨らないでくれたのでスルーしてやろう。それでトントンだ。


「ん。理解した。」


 まあボスの攻撃を食らう(?)前提の戦い方しかしてないなら事故る可能性もある。

 それこそポーション代をケチったり、装備メンテナンスを怠ったりね。


「ま、だから殆ど出回らない塩は名産地でもあるザックロール領ですら300ゴルドで買い取っても儲けが出る。」


「ちなみに幾らで転売してる?」


「調べれば一発でわかるから教えるが、此処では600ゴルドで売られてる。遠方だと6000ゴルドで売られてるぞ。嬢ちゃんが持ってきたこの塩の塊一つでな。」


 ゴーンが悪い顔してる。

 輸送費も嵩むからなんだろうけど……。

 6000……。

 

 70個売れば借金返済できるじゃん…。


 いや輸送費に幾らかかるのかわからないから何とも言えないか…。アタシから300×70で21000。

 雇い主を裏切ったりしないように安全に輸送するのに仕入れ値と同じ値段の護衛費用を払ったとしても42000、420000-42000で378000ゴルドの儲けか?帰りにも同じだけの護衛やらつけたら336000ゴルドか。そこから従業員の賃金やら、馬車の費用やら、そもそも此処に出店出したり買い取るだけの資金もいるか。

 実はそんなに儲けてない?

 純利益は実は20万もない…10万くらいか?

 それでもすごいけど。


「どうした、嬢ちゃん。難しい顔して。」


「ん、なんでもない。でもそういう事なら安心して持ってこれる。」


「ああ、遠慮せずもってきてくれ。」


「ん、また。」



 市場調査と買い物をしていたので、夜は3回ボス戦に挑んだところで疲れたので今日は終わった。

 

 本日の収支は10400-800+900-300(月仕送り代)で10200ゴルドとなった。

 しっかり赤字である。

 

 明日はちょっと多めに迷宮へ足を運ぼう。



 翌日。

 早朝、ベッドが軋みを上げる。

 起き上がったり寝返りを打つとぎしぃと音が鳴る。

 隣の壁はベッドの軋み音程度は聞こえない程度には厚い。

 気にしなくてもいいが、朝からわざわざ大きな音を立てるつもりはない。

 そっとベッドから下り、着替えを済ませる。

 戦闘衣装を買ったので普段着が楽になった。

 着心地抜群である。


 朝から21ゴルドの仕送りと石ころ拾い。

 そして迷宮へ。


「げっ。」


 残念なことに冒険者諸君はたった今リポップした雑魚ナメクジを相手取る余裕がないようだ。

 まだ突き当りの通路で交戦中みたいだ。

 だれか呼ぶか?

 

 雑魚ナメクジは攻撃を仕掛けてくる。

 雑魚と正対するのは初めてだが、攻撃パターンがボスより多いわけがない。

 何発で倒せるか分からないが、投石を始める。

 通常攻撃で倒す。

 初の雑魚戦である。

 

「てい!」


 避けることを知らない雑魚はいい的だ。

 迫ってきた触手が予備動作で少し後ろにしなる。

 一歩後ろに下がる。二本の触手が一歩前の床に激突する。

 大したことはない。まるきりボスと変わらない。

 通路に出現した雑魚ナメクジは上からの叩き下ろししかしてこない。ちょろすぎる。

 真横からの範囲攻撃がないとかちょろすぎる。

 あまりにもちょろいから二回も言っちゃった。あ、三回か。くふふ。


 二投目の投石。

 これも簡単に当たる。

 触手攻撃をタイミングを少しずらして攻撃するくらいの工夫はするみたいだ。

 だが、後ろに下がって、一本目の触手攻撃を回避し、斜め前に二歩進んで近寄り二本目の触手も回避する。

 予備動作のぴくつきと後ろにしなる動作を見逃さなければ避けるのは簡単だ。

 三投目、四投目……八投目の投石で倒せた。

 地味に高耐久タフである。鬼蜘蛛は頭に何発だったか。五発だったような気もするけど鬼蜘蛛より高耐久だ。

 それは間違いない。

 経験値が流れ込んでくるが、レベルアップの予感はしない。

 そして手に入った塩は小ぶりだし、なんか汚い。

 ボス塩に見慣れたせいだ。

 

 ドロップアイテムを回収して通路の先を見てみると、向こうも戦いが終わったようだ。

 これ以上の雑魚敵との接敵は時間の無駄だ。

 そそくさとボス部屋へ続く道を行く。

 

 ふぅ。

 ボスは《乾坤一擲》と《投擲》スキルで威力命中を強化アップさせて一撃で屠る。

 

 雑魚で8発も使ってしまった。

 手持ちの石は数えてないが十数発はあったのに残りは十発も残っていない。石ころ集めはちゃんとしないとなぁ。


 手ごろな石を手に入れるために、迷宮の周辺で石ころ拾いをしておかないと。

 石ころは当たると砕け散る。当たらなくても砕け散る。

 だからちゃんと集めないといけない。

 攻撃力が石ころに乗るせいだ。たぶん。過負荷なんだろうね。ごめんよ、石ころ先生。


 ボス塩を手に入れ、強制送還してもらう。


 しょぼい塩は母ちゃん達に明日の朝、渡しに行くとして……手に入れたボス塩を換金して冒険者ギルドの仕事を始めるために戻った。


「ねえねえ、仲間はどうなったんだい?」


 またか。

 ここははっきり言っておかねばなるまい。


「要らない。」


「要らない?!」


「ん。」


「なんでさ?!」


 いたら経験値は取られるし雑魚狩りとか効率悪くて無理。

 石ころ8つも使って雑魚一匹だぞ。

 誰が倒すかよ。石ころもタダじゃねえんだぞ。手ごろな石ころがぽんぽん見つかると思うなよ?

 何もしなくても雑魚は倒して回ってくれるってんなら考えてやらんでもないがな。それでもボス狩りで一割取られるからそれを回収できる程度に雑魚狩りに励んでもらわねばならんがな。


 まあ、無理だろう。

 二人か三人か四人か。

 何人いるか知らんが絶対無理。


 というわけで要らない。


 わかったか?


「いや、めっちゃ目で訴えてきたのは分かったけど何も伝わってないよ?」


「っち。」


「ねえ、いまっちって舌打ちした?したよね?!」


「してない。」


「してたよ?!やさぐれた?ねえ反抗期ですか?」


「仕事して。」


 アタシは書類整理をする。

 ギルマスの印がいるもの。要らないもの。

 ここはなんでこうも仕事のできないやつが多いのか。

 とりあえず最終判断はギルマスにって流してる書類が多々ある。


 依頼嘆願書はしょうがない。

 ギルマスがしなきゃいけないことだ。 

 例えば、このグランゴラゴンの巣穴の調査&討伐(推定脅威度B)。これはどんな魔物かは知らんけど推定脅威度がBなんだもの。その依頼を受けさせたらこの領内にこの依頼をこなせるだけの強さを持つ冒険者が居なくなる。戦力ダウンである。


 領内の虎の子を出して守りを薄くしてもよいのかどうかはギルマスが決めることだろう?だからこの書類が回ってくるのは分かる。


 ギルマスのチカラが要らないものの典型だと、報酬設定の相場決めは経験者や前回依頼を元にすればできる。

 こういうのは下っ端がやればいい。


 例えば、犬猫の世話(散歩付き)の報酬は?

 依頼主のドグキャット氏は30ゴルドでお願いしたいって書いてある。まじで下っ端が処理しろ。

 舐めとんのか、ギルマスに投げた職員はよぉ。

 アタシは悪態を吐きそうになる。

 

「仲間はいいぞぉ?」


 こいつはまだ言ってんのか。

 馬鹿なのか、バカなんだろ?そうなんだろ?


「仕事しろ、愚図。」


 ギルマスが目を通すべき書類を机にど-んと乗せてやる。


「ぎぃやああああああああああああああ!!!!!」


 いやまじでやれよ。

 終わらねえぞ?

 誰も代わらねえぞ?というか代われねえぞ?


 ギルマスがこんなだから職員もふざけたやつがいるんだろうな。舐められてんだよ、アンタ。



「どう、ララちゃん。書類整理は終わった?」


「ん。」

「ちょ、これ一人はきつ―――。」

「じゃ、行きましょう。」


「ん。」


 お前が目を通すべきものにアタシの手を借りようとすな。愚図がよぉ。ってなわけで無視だ無視。


 ギルマスの悲鳴を幻聴した気がしたが気のせいだろう。

 ずっと働いてるからね。ストレスたまって幻聴したんだよ。

 ああ、早く借金返済したいけどお金に追われないようなゆったりした時間も作りたいわ。


 週休とか存在しないからブラックが過ぎる。

 けどこれが普通なんだよなぁ。

 

 今日も受付では報酬を袋詰めして手渡しする手伝いだ。

 そろそろ解体用ナイフを使って練習の一つでもしたいけど…。

 アイテム袋を買わないとなぁ。


 ああ、またお金が……。

 冒険者ギルドで格安で売ってくれないかな。

 

「1280ゴルドね」

「ん。」


 銀貨1枚と小銀貨2枚、銅貨8枚を袋に入れて渡す。


 ここらの依頼で1000を超える依頼報酬は高額の部類になる。

 その脅威度はD。

 最底辺が脅威度Gだから相当高い。

 ひと月程前の豚鬼の集落がDの下位から中位程度。

 ついさっき書類整理で見た脅威度Bはいつもの依頼に比べると跳ね上がる。おそらく次元が違う。

 幾らになって張り出すことになるのか、この仕事の楽しみの一つである。


「640ゴルドね。」

「ん。」


小銀貨6枚と銅貨4枚の袋詰め。

手渡しする男の依頼は常設依頼のドリトル森林魔物三十体の討伐。

 迷宮一階層の雑魚ナメクジが塩10ゴルド。

 三十体なら300ゴルドしか稼げないことを考えると破格である。迷宮で出現してくる魔物のほうが個としても強い。

 個として弱い地上の魔物がなぜこれほどに破格なのか。

 それは棲みついているのが集団で動くような厄介な魔物ばかりだからだ。地上に巣食う魔物の領分テリトリーには罠を張るタイプと集団で動くタイプ、奇襲するだけの知恵の回るタイプが跋扈している。稀にこれらの例に漏れた――個で活動し、暴虐の限りを尽くす異様な強さを持っている魔物もいるが…。

 その厄介さゆえに値が上がるわけだ。


(ま、ボス塩採ってるアタシのほうが稼いでるけどね。)


 報酬金を手渡しながら、自分は思いのほか高給取りになったのでは?と考えるが借金40万ゴルドの返済を思い出して頭を振る。

 

「ララ、どうかしたの?」

「んん、何でもない。」

「そう?今日はこれで終わりよ。」

「ん、お疲れ様。」

「お疲れ様ね。」


 借金返済のため、今日もまた迷宮へ。

 

「あ、新米の見習い嬢ちゃんじゃないかい?」


 仕事終わりで話しかけられ振り向くと、そこには軟派男が飄々と佇んでいた。

 

(誰だ、こいつ。仕事は終わったんだよ。話しかけんじゃねえよ)


 アタシは軟派男を一瞥して、すぐさま裏に行こうとしたが軟派男は食い下がるように再度話しかけてきた。


「ちょ、まってよー。君がララちゃんでしょ?俺はギルマスから気にかけてやってよって言われてるんだよ。」


 余計なことを。

 おせっかいギルマスじじいめ。

 まあでも頼まれた側なら最低限言っておくべきだろう。


「気にかける必要なんてない。」

「まーまー、そういわずにさ―――」


 いやお前頼まれただけだろ。まじでうざいな。

 助けは要らねえっつってんだろがよい!

 話の途中で無視して裏に逃げ込んだ。


 なんだ、あのダル男は。

 

 さっさと着替えて裏からドリトル森の南へ向かう。

 

「ねー、俺何かしちゃったー?」

「邪魔。」

「つめた!」

「関わらないで、お前は要らない。」

「えー、でも仲間の一人でもいた方が安全だよ?」

「……お前名前は?」

「あ、名乗ってなかったっすね。俺の名前はデリータ。普段は鷹の団で活動してるもんっすよ。」


 鷹の団…?

 ああ、あの時のイワシから奪ってた奴だ。

 極々一般的な焦げ茶色の髪に極々平凡な顔過ぎたせいで忘れてた。


「ん。でも凡顔は要らない。」

「凡顔って……。でもギルマスが助けになってあげてって心配してたよ?」

「あれはお節介爺だから。」

「お節介爺って……ぷ、くはは。そりゃ確かに。」


 石集めしながら凡顔と話していると森の中だ。声が響く。《索敵》に三体の敵性反応があって、近寄ってきているのが分かった。


「静かにして。凡顔のせいで敵が来た。」

「な、それはごめん……。」


 こいつ索敵能力もないのか。

 とんだぽんこつじゃねえか。

 

「月狼三体。責任取れ。」

「おう!」


 アタシが指さした方向へ凡顔が剣を構える。

 アタシはその後ろ。

 石ころを手に射線に現れた月狼に向けて投石する。


『gyau!!!gruuuuuuuuu』


 投石は射線に入った月狼1に当たり怯む。月狼1を抜いて、月狼2、3が森を駆け抜けてくる。後続にて月狼1も此方へ駆けてきている。

 

「あれか。嬢ちゃんは後ろに!」


 とっくに後ろいるわぼけ。

 突っ込んでいく凡顔が射線に入らないように移動して、投石をする。移動中すぐさま乱戦になり、どれが1とかはもう分からない。

 ヘイトが此方に向いた月狼の一匹目が振り向いたのを機に凡顔が胴を切り裂いて仕留める。経験値が微量に入ってくる。

 凡顔は残り二匹からの攻撃をのらりくらりと躱す。

 

 結構なやり手なようだ。

 後ろに目でもついているような無駄のない避け。

 やたら激高している二匹目に向けて投石をする。

 《投擲》スキルの補正もあって見事に当たった。


「おっし、二匹目!!」


 ズバッと切り裂いて見せた凡顔。先ほどより多い経験値が入ってきた。月狼1を仕留めたんだろう。二発分入ったから多かったと考えるのが妥当だね。

 残す犬は一匹。

 アタシはここぞとばかりに逃げた。


 北にある迷宮まで続く大通りを使わず端の森を通っていく。


 あの凡顔を撒くためと使った石ころ集めも兼ねて。

 アタシはむしゃくしゃしていた。


(何が助けになるだ。邪魔すぎ。《編成構築》もしてないから経験値、総取りみたいなことされたし。良いように利用されただけじゃん。くそくそくそ!)

 鬼蜘蛛を倒してるから分かるんだよね。経験値の大体の送料ってさ。つまり貢献度的に言うと、向こうが9割、8割だったわけ。あたしが手に入れたのは1割と2割。まあ、致命傷を与えたのは確実に彼の手柄だからしょうがないけど、それでも時間が惜しいし、流石に萎えるよね?分かるよね?


 石ころ拾いも無駄に時間かかったし。

 あーやだやだ。

 ふざけた凡顔カス野郎だわ。


 アタシは意識を切り替えて、迷宮へ潜った。

 いつも通りの込み具合。

 ボス狩りは待ち時間もなく《乾坤一擲》スキルで強化して倒した。

 ここからクールタイムは一時間。

 安全地帯に引き返し、穴掘りをする。安全地帯の拡充だ。今のうちにコツコツと住処を充足してしまおうという腹だ。

 あわよくば家族に引っ越してもらうのも悪くない。


 というわけで大人が使えるようにリフォーム中である。

 大穴を掘って木を折り倒す。

 支柱用の木材を解体用ナイフで粗削り加工を施す最中である。


(ふぅ。ステータス様々ね。)


 木材加工用でないため少しずつ繊維に沿って表皮を剥がし、乾燥させるのだ。

 これだけでも中々に骨が折れる。

 

 木の皮屑は枕用カバーの中へ。ごわごわしてるが綿とかクッション性のある製品を手に入れようとするとお金が掛かるからね。

 因みに枕用カバーの布地はずっと着ていた一張羅のぼろである。針と糸を冒険者ギルドに借りて、ちくちくと縫ったものだ。


 前世の義務教育には感謝してもし切れない。

 裁縫技術は自慢ではないがある方だと自負している。

 中学高校ではゼッケンを縫ったりエプロンを作ったり、ポーチも作ったことがあるアタシに枕用カバーなど朝飯前である。


 そんなことをしていたら、毎度一時間の休憩時間は充実したものになっている。


 都合5度目の戦いを終わらせ、〈何でも買い取り屋:ドンベーイ〉に立ち寄る。


「今日はオオナメクジリの塩塊が5個か。しめて1500ゴルドだ。」

「まいどあり。」

「客のセリフじゃねえぞ、嬢ちゃん。がははは!」


 本日の迷宮収益は1日で1800ゴルド。

 レベルも1上がった。

 遅めの稼ぎだったにも関わらず、精力的に努めた結果である。

 暇な時間を怠惰に過ごすと眠くなって仕方なかったが、DIYで安全地帯拡充計画を始動したのがよかったようだ。


 明らかにレベルの上がりが悪くなっている。

 大体2倍くらいだろうか。

 巫女見習いのレベルキャップが30。

 今まで20。

 急に厳しくなった。

 どうすればいい…?これは本格的に仲間が必要…?


 ただそうなると分け前の分配が厄介になる。

 日中は働いているため、活動自体も夕暮れから。

 条件1:夕方から夜の活動、深夜は基本NG。

 就寝時間はちゃんと確保したいしね。

 条件2:収入はソロで活動していた時と同等かそれ以上、でもって経験値も多く得られること。

 経験値も収入も折半した結果減るんじゃ何にも意味がない。

 条件に合う都合の良いチームは中々見つからないだろう。

 

 因みにギルマスが寄越した凡顔は無理。

 経験値取られて終わりだもの。てか逃げちゃったしね。


 アタシは頭を悩ませる。

 一応、募集だけは出してみるかな?

 短期間で稼ぐ方法があればなぁ。そこもちょっと聞いてみるかな?


 夜更けに帰宅ということもあって、一先ず就寝するために帰路につくのだった。



 「ねえね。」

 「ん?どうしたの?」


 私語の少ないアタシが珍しく仕事の合間を縫って受付嬢セレアに話しかけたので、セレアは興味深げに此方を見つめてきた。

 仕事中だから手は止まってないけど、素早く済ませないとね。


「じつは――」

「なるほどねぇ。具体的に幾らくらい稼いでいるの?」

「1500ゴルドくらいは稼ぐよ。」

「―――え?」


 受付下に金袋の補充作業をしつつ、チームを組む条件を詳細を語った。

 

「それと経験値。これは絶対増えないと無理。」 


「――――んんと、そうねえ。1階層のボス狩りをしてるなら分かるけど雑魚はボスの1/10程度の経験値しかないわ。」

 

 いや知らんけど。でもそんなもんか、納得かも。


「だから雑魚にして大体60匹は倒さないといけないわ。1日かけてもかなり厳しいわ。理由は分かるわね?」 


「ん、人が多すぎる。」


 60匹は無理。丸1日籠って奪い合っても難しそうだ。


「そう。しかも4から5人で組むのが普通。だから自ずと経験値の配分は《編成構成》を使ってたら分配されちゃって減るよね?」


「ん。」


「ララは現状維持か階層を上へ上へと上がる前提で仲間を見つけるしかないわね。そうでもしないと仲間は居ない方がいいように思うわ。それで2階層には挑んだの?」 


「んん。」


「2階層も結構な人がいるから行ってみてもいいかもね。ソロでボス狩りしちゃうんだもの。雑魚に後れを取ることはないわ。」 


「2階層の魔物ってどんなの?」


「2階層の魔物はウッドスタッグビートル。ボスはウッドビートル。加工された建材もくざいが手に入るわ。」


 クワガタとカブトムシだと?虫タイプはちょっと素早そうだけど平気かな?避けられる可能性も出てくるか?

 あのトロくさいナメクジと比べても仕方ないか。

 比べるなら鬼蜘蛛かな?あれもなかなか強いからなぁ。

 とはいえ建材が手に入るのは良い。

 なんてったって安全地帯の基地化計画を進めているところなのだ。不格好で無駄の多いお手製の木材より質も形も均一で良い筈、加工する手間はやってみて分かった。素人がするには難しい。

 

「因みに建材は売ると幾ら?」


「雑魚は塩と変わらないわね。でもボスドロップアイテムは武器にも鎧にも使い道が多いから少し高くて買い取ってくれるわ。ギルドの現相場だとボス塩が180ゴルドで建材は230ゴルドってとこかしら?」


 ややややっす。冒険者ギルド買い叩きすぎだろう。

 それで給料が支払われてるなら致し方ないけど…。

 300ゴルドでボス塩を買ってくれるドンベーイとは今後も懇意にせねばなるまい。

 建材はもっと高値かもしれないし、期待しよう。

 

「ん。ありがと」


「お役に立てたかしら?」

 

「ん。」


「どうしても困ったら私が手伝ってあげるから言ってね。こう見えてちょっとは戦えるんだから。」


 目配せしてにこやかに笑むセレア。

 受付嬢セレアさんはどうやら戦えるらしい。

 受付嬢なのに戦えるのか。


「困ったらお願い。」

「ええ、任せて。さ、そろそろ混み出すわよ。」


 もしもの時の助っ人はセレアさんに頼むとして……。

 アタシは続々と仕事を終えた冒険者達の日銭を袋に詰め始めるのだった。


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