第5話

 汚らわしいもんを見た気分だ。

 

 気持ちを切り替えて。

 洞窟へ。

 いや迷宮へ。


 入る瞬間に、


 ―――ザックロール迷宮—――

 頭の中で入る階層を念じてください。

 

 ・一階層

 ・十階層


 ―――――――――――――――


 もちろん一階層へと念じる。

 

 選択肢が一か十か。

 行ったことあるある階層に飛べるのかな?


 一階層も十階層も同じ造りだ。

 迷路みたいな。

 頑丈な石壁の空間。


 割と人がいる。

 前方、20mくらい先に既に人がいる。


 既に何かと交戦してるっぽい。

 見た目はデカいなめくじ。

 触手が二本と角が生えてる。

 魔物の名前なんて知らない。

 何処もかしこも戦闘してるっぽい。

 それもどいつもこいつもなめくじ。

 取り敢えず、安全そうなので進む。

 何処もかしこも人。

 魔物は早いもん勝ちっぽい。


 全部左に。とにかく左に。

 行き止まり。

 一個戻って、右に。

 どうやら大きな扉に辿り着いたっぽい。

 なんかの部屋らしい。

 モンスタートラップ的な?

 だとしたら不味い。

 一匹しか倒せる自信がない。

 というか一回しか強攻撃が出来ない。

 

 それだけではない。

 避けられたらそれまで。

 いやあのナメクジに避けられることはないだろうけど。

 

 いくか。


 扉をちょっと押してみる。

 思いの外軽い。

 片手で開けられる。

 あ、〈力〉80超えてるからか?

 いやいやいや。


 人をゴリラみたいにいうんじゃないよ!


 扉を開けると、けっこう広めの空間。

 中央にナメクジが一匹。

 

 ただ二回り位デカい。

 

 初めての戦闘がちょいデブのナメクジか。

 まあ、いいでしょう。


 室内に入る。

 すると扉がすーっと消えてしまう。

 げ、逃げられないやつかよ。

 

 ナメクジ自体は動かない。

 二本の触手がふよふよと近寄ってくる。

 

 地味に気持ち悪い。

 中央に鎮座するナメクジの触手は射的県内に入ると一度しなってからズドンとくる。

 しなるもんだから、こりゃくるなって分かるわけで避ける。

 床にズドンべちんって感じ。

 当たると一撃死しそうだけど、まあ当たらないよね。

 きもちわるいったらありゃしないし。

 

 二本一遍に左右から交差攻撃してくるのは後方にステップを踏んで退避。

 攻撃する際は、触手の射程は伸びないみたい。

 範囲攻撃も怖くない。

 攻撃は全て見切った。

 今度は此方の番だ。


 袋から一つ、石ころを取り出す。

 先ずは必殺の一撃、《乾坤一擲》スキルからの《投擲》スキルで狙いを定めて、投石!!

 最初から全力投球したのは、一撃でやれない場合、逃げ回らないといけないから。一時間もね。

 最初に攻撃パターンを見て避けていたのは、心に余裕を持たせたかったから。


「えい!」


 自分で言うのもなんだけど、結構な速度が出ている。

 そしてナメクジは避けることを知らないらしい。

 ドゴンっと結構な音を立てて、石ころが当たる。


「—――――――gyagaaaaaaa」

 

 気持ち悪い鳴き声。

 見ると身体から煙が出てバランスを崩したのか倒れる。

 此方に向かって伸びていた触手も力なく地面に落ちる。


 まだ消えてない。ってことは死んでない?

 チャンスと思って解体用ナイフで触手をズバっと切ってみようとしたらスカったしっぱい


 ぽんっと音を立てて、消えてしまった。

 真ん中には角の形をした真っ白い結晶が落ちていた。

 それと、身体に経験値が入ってきて、恍惚とした全能感が味わえた。ものすごく強くなった気分でやる気が出てくる。

 でも残念。攻撃手段がもうない。ので撤収する予定。

 新たな投げアイテムになりそうなものっていうか持って帰れそうだったのでナメクジドロップは小袋にしまう。

 

 角は粉が付いているみたいで拾った手に白い粒が付いていた。

 砂のような、白い粒。

 匂いはない。

 少しだけ舐めてみる。

 ぺろ。


 しょっぺ!!

 手汗かとも思って粒を取って、またぺろり。

 …じゃり…しょっぺ!!!


 間違いない塩だった。


 ナメクジから塩が取れるのか。

 え、なに?汚い?ばっちいからやめろ?

 現代日本に住んでる連中とはこちとら体の作りがちげえんだ!!

 アタシクラスのド貧乏生活だと屑野菜汁とかしか飲めなかったんだぞ!!!

 いまさら、ちょっと洗ってない手を舐めたくらいで腹壊すもんか!! 


 ……ふう、なんか幻聴が聴こえたみたい。

 さて、どうやって出ようか。

 一周見回すと扉が再出現していた。

 扉を開けると、階段になっていて潜ろうとしたら



 —――――先に進むか、否か――――――


 選択して念じなさい。


 ・はい《二階》へ。


 ・いいえ《ザックロール迷宮入り口へ》


 ――――――――――――――――――――


 ここで漸く、ボス戦だったのだと気付いた。

 要はフロアボスだったみたい。

 階層主?みたいなもの。


 取り敢えず、二階へ。

 《いいえ》と念じる。


 すると、入り口脇に強制送還される。

 入り口付近の左脇に飛ばされるようだ。

 ギルマスと一緒に潜った時もそうだったし。

 右側には露店が並んでいるからか?

 上手いこと邪魔にならないように飛ばしてくれるらしい。


 便利だねー。


 一応、露天にドロップ品を見せる。

 因みに露店は迷宮の入り口から一番遠い。

 端に構えてる店。

 名前は《何でも買取屋:ドンベーイ》 

 何でも買い取るらしいのが店名で分かったのと、ドンベーイが赤い狐と緑の狸でおなじみの名前に似てたから。 

 覚えやすい。親しみやすい。

 店主の名前がドンベーイかは知らんけど。


「おっちゃん、これいくらで買い取ってくれる?」

「お、嬢ちゃん?こんな遅くに、お疲れさま。どれどれ。おお。一階層の塩だね。それもこれはオオナメクジリの塩か。うん、これなら300ゴルドだよ。売るかい?」


 まじ?300ゴルド?高すぎない?え?

 オオナメクジリがボスの名前か?


「ボスの塩と雑魚の塩って違うの?」

「そりゃ違うさ。オオナメクジリボスの塩は高級品だよ。ほんのちょっとで塩の効いたスープが出来るんだよ。でもナメクジリ…嬢ちゃん風に言うと雑魚の塩は少し色が悪いし、あんまりしょっぱくないんだ。だから同じ量の塩を入れてもスープを作ると旨味が全然違うんだよ。だから雑魚の塩は10ゴルドの買い取りだよ。」


 ま、まじか。

 雑魚とボスで30倍も違うのか。

 思わぬ報酬の良さに驚いた。

 だってこれ一個で日給の三倍だよ?


「売る。」

「あいよ。じゃあ、300ゴルドね。はい、小銀貨三枚ちゃんと数えてごらん。」

「ん。また。」

「ああ、いつでもおいで。」


 厳つい顔してるけど、子ども相手だからか相好が崩れている。


 アタシはちゃんと数えてから、小袋に仕舞う。


 さ、帰ろか。

 今日手に入れた塩の代金は二枚を貯金にする。

 一枚は毎月の仕送りの月初めにどーんと仕送りする。

 さぷらいず金しおくりにしておく。 



 翌日。

 21ゴルドは仕送りに。

 家族しか知らない我が家のお金の隠し場所においておく。

 扉のすぐ横、丸甕と丸甕の隙間にお金を保管している。実はそこは外から取り出せるように穴が空いている。

 取り出せるという事は外から仕舞えるという事。

 普段は上手く隠してある。だから、仕送りしたら穴は隠す。

  

 三人分の気配を知覚して、アタシは南の森へは行かず帰った。


 早朝は鬼蜘蛛を倒すのをやめて、迷宮へ。 

 朝から混んでる。

 人であふれてる。


 思いの外、人が多い。

 夜でも多いからね。

 戦闘は意外に激しいよ。

 通路が二つのパーティーが素通り出来るくらいなんだけど、べちんって誰かが攻撃喰らってんだよね。

 脳筋なのか?避けることを知らんのか。

 結構良い音が鳴るし結構痛そうにしてるのに。

 それでも攻撃あるのみなんだよな。


 ただ見てると複数で囲むように殴っていると二本の触手は一本ずつ標的を変えて攻撃する。

 つまり、集中砲火が避けられてるってこと。

 

 もしかしたら二本の同時触手攻撃を避けるためのテクニックなのかもしれない。

 あたしは絶対嫌だけどね。


 ずっと左。

 行き止まりになったら引き返して右。

 何回左に進んだのか数えてなかった。

 ボス部屋がランダムだと不味いけど……あった。

 アー良かった。


 ボス部屋へ。入れない。

 ぐぬぬ。

 どうしてだ。

 一分待って、もう一回。

 開かない。

 二分待って、もう一回。

 開かない。

 五分待って、もう一回。

 開いた。


 どゆことだよ。


 部屋に入ると、なめくじが。

 攻撃は待たない。

 《乾坤一擲》によるバフを以て《投擲》スキルで命中を上げた投石!!!!


 ズドン!!!

 

 出会って5秒で蹴散らした。

 

 中央にドロップ品。これが300ゴルド。

 むふふ。

 

 怪談を登って、扉へゴー。強制送還。

 

《何でも買い取り屋:ドンベーイ》を探す。

 

 昨日と同じ端だ。

 一番遠い。

 

 店主は……変わってないな。

 厳ついおっちゃんだ。肩幅もある。

 

「おはよ。これ。」

「おはよ、嬢ちゃん。早いね。売るのかい?」

「ん。」

「おお、またオオナメクジリの塩かい。300ゴルドだね」

「ん、またくる。」

「ありがとうね。いつでもおいで。」


 売っただけで買ってないのにいいのか?

 ありがとうね。って感謝されると気恥ずかしい。

 ま、悪い店主ではないな。


 …贔屓にしてあげてもいいかな。


「おはようございます。本日も頑張ります。」

「おはよう、ララちゃん頑張ろうね。」


 受付嬢のセレアさんだ。

 この人もずっといるな。

 社畜か。

 可哀想に。


 掃除に書類整理、報酬の受け渡し。

 依頼書の張り出し。

 質問はセレアに丸投げ。

 

 あ、一応ギルド職員用の使用人服着てるからね。

 冒険者ギルドにきた人から声は掛けられるよ。


 服は職員のおばちゃんが洗ってくれる。

 これもサービス。

 職員が受けれる福利厚生の一つ。


 ぬるま湯と石鹸で洗ってくれる。

 この作業見てるの結構好き。

 汚れがぶわぁって出て、煮て殺菌して干すんだよ。


 お昼ご飯に黒パンと骨付き肉、サラダを食べてお仕事再開。


 の前にちらっとステータス盤を拝借。

 

 

  —――ジョブ転職可能一覧—――

 

 ・巫女見習い

 ・投擲師…★

 ・村人

 ・勇者見習い(New)

 ・探索者(New)

 ・瞬殺士(New)

 ・英雄見習い(New)


 —――詳細ステータス―――


 ララ……現在のジョブ:斥候

 レベル…3/20

 状態;戦闘奴隷

 力:86→88

 魔力;5

 耐久:21→23

 敏捷:34→44

 器用;105→115

 運:8

 

 —―――固有魔法—―――

 

 ・未発現


 —―――スキル一覧—―――

 《穴掘り》

 《逃げ足》

 《投擲》

 《軟体》

 《乾坤一擲》

 ジョブ固有スキル…《索敵》

 —―――――――――――――


 敏捷と器用の伸びが5はデカい。

 勇者見習いってなんだ。


 〈勇者見習い〉をタップ。


 条件:低ステータスで強敵を相手に単騎で打ち勝つ。

 ジョブ固有スキル…《勇者の心ブレイブハート

 全ステータスの伸びが著しく育つ。


 《勇者の心ブレイブハート》をタップ……精神攻撃無効、編成構成員パーティーメンバー全体の士気上昇。


 低ステータスで悪かったな。

 条件、であること。

 低ステータスであること。

 強敵っていう言い方も曖昧だなぁ。

 鬼蜘蛛をソロ討伐しても出てこなかったから多分ボスクラスを倒せって事だよね?てことはボスを低ステータスで単騎討伐?

 鬼畜かな?

 っていうか、今まで条件なんて書いてあったっけ?

 まあ、いっか。

 それとこれはパッシブスキルかな。

 

 精神攻撃ってなに?

 恫喝とかされてもビビらない的な?

 恐慌状態になりませんよって?

 ビビッて動けませんって展開あるかもしれないし、要るか。

 

 〈英雄見習い〉をタップ

 ええとどれどれ。


 条件:攻撃を被弾せず、碌な防具を身に付けず、まともな武器を使わず、強敵を倒す。

 ジョブ固有スキル……《英雄の一撃》

 全ステータスの伸びが著しく育つ。


 《英雄の一撃》をタップ……聖属性の攻撃を放つ。


 なるほど?

 先ず、攻撃は被弾しない。当たり前です。

 碌な防具を身に付けてない、認めましょう。

 でもね?

 石ころ先生は偉大です。

 まともな武器ではないとの事ですが、謝って下さい。

 石ころ先生は最強の攻撃です。

 強敵とやらも打ち破れます。

 舐めないでください。

 

 アタシは断じて〈英雄見習い〉のジョブ獲得を認めません。


 〈瞬殺士〉とかどうせ瞬殺したわ、ってジョブでしょ。

 

 一応、見てみるか……。


 条件;碌な装備もせずに、強敵を5秒以内に倒す。

 ジョブ固有スキル…《敏捷の理》

 力と敏捷が著しく育つ。。


 《敏捷の理》……敏捷の伸びが全てのジョブで著しく育つようになる。


 なるほど。最速マンになれると。

 それでこの碌な装備とは?

 装着している備品と書いて装備?石ころ先生は装備アイテムでは確かにない。投擲アイテムである。よろしい、認めましょう。


 じゃあ、次のジョブはこれだね。

 いや、今からこれに変えといた方が良いの?

 変えるかぁ……。


 —――ジョブ転職可能一覧—――

 

 ・巫女見習い

 ・投擲師…★

 ・村人

 ・勇者見習い

 ・探索者

 ・斥候…3/20

 ・英雄見習い


 —――詳細ステータス―――


 ララ……現在のジョブ:瞬殺士

 レベル…1/50

 状態;戦闘奴隷

 力:88

 魔力;5

 耐久:23

 敏捷:44

 器用;115

 運:8

 

 —―――固有魔法—―――

 

 ・未発現


 —―――スキル一覧—―――

 《穴掘り》

 《逃げ足》

 《投擲》

 《軟体》

 《乾坤一擲》

 ジョブ固有スキル…《敏捷の理》(New)

 —―――――――――――――

 

 げ、50レベルが上限……。

 これはやだなぁ。

 

 相当時間が掛かりそう……。

 一応、力も上がるのか……。

 まあ、いっか。


 斥候のジョブはこれの次ね。

 〈索敵〉良いスキルなんだけどなぁ。

 敵いないか何となく分かるし。

 そのお陰で戦闘せずにボス部屋まで来れてるし……。

 やっぱだめだ。

 斥候でいくか。


 —――ジョブ転職可能一覧—――

 

 ・巫女見習い

 ・投擲師…★

 ・村人

 ・勇者見習い

 ・探索者

 ・瞬殺士

 ・英雄見習い


 —――詳細ステータス―――


 ララ……現在のジョブ:斥候

 レベル…3/20

 状態;戦闘奴隷

 力:88

 魔力;5

 耐久:23

 敏捷:44

 器用;115

 運:8

 

 —―――固有魔法—―――

 

 ・未発現


 —―――スキル一覧—―――

 《穴掘り》

 《逃げ足》

 《投擲》

 《軟体》

 《乾坤一擲》

 ジョブ固有スキル…《索敵》

 —―――――――――――――


 うむ。

 別に最強になりたいわけじゃないし。

 最高効率とかどうでもいい。


 迷宮攻略とかしたいわけじゃないもの。

 うん。


 それに斥候…3/20に哀愁が漂ってたし。


 え、おれっちここでお役御免すか?!って。

 だから最後まで行ってから瞬殺士ね。


 はいきまり。


 因みに、〈英雄見習い〉は石ころ先生に喧嘩売ったので全面戦争中です。謝ってくるまでこのジョブは封印させていただきます。異論は認めません。


 お昼は思いの外、ステータス盤とにらめっこすることになった。

 

 夕方。

 仕事終わりにお給金を貰い、30ゴルドは返済に。

 迷宮へ行く準備を整える。

 お金を部屋へ預け、石ころ先生袋と解体用ナイフを装備する。

 服は制服から私服へ。

 汚す訳には行かないからね。


 準備が出来たら、家の様子を見に南の庶民区へ。

 遠目に元気な姿を確認してから、森で石ころ集め。

 我が家の畑にある小さな石ころも手頃とは言えないけど、目に付いたから取っておいた。

 これで少しは生育がよくなるはず。


 そうこうして北に位置するザックロール迷宮へ。

 

―――――――――――――――――――――――――――――


 閑話


 わたしはマイラ。三児の母親。

 今は体調を崩してしまったの。

 ベッドで寝込んでしまって、長女のララがさぞ困ってるはず。

 でもあの子はしっかり者だから。弟達の面倒をしっかりみてくれるわよね。


 わたしが寝込んでいる間に、男の人が我が家を訪れた。

 庶民区で畑に裁縫仕事をこなしているだけの家に強盗かと思って、怖くなった。

 でもわたしには愛する子ども達がいる。

 無理を押して藁ベッドから起き上がろうとすると


「勝手にお邪魔してしまい申し訳ありません。お母様のマイラ様、息子さんのデムくん、娘さんのルリさんで間違いないですか?」


 丁寧に話し掛けてくる男に訝しみながらも、わたしはなんとか震える声で質問に答えた。だって訊ねてきた男が自分達の名前を知ってるんだもの。変でしょう?こっちは見覚えなんてないのに。


「そ、そうですが。わがやにな、なんの用でしょう。」


「そうですか。いけません、無理をされては。此方、風邪薬になります。ささ、飲んでください。……それと此方はお金になります。」


 言われるがまま、苦い薬を飲んだ。なんとなく悪い人ではない気がしたから。

 それはちゃんとした薬だった。効果は劇的で、熱は引き大分身体が楽になったから。

 頭もだいぶすっきりとし始めた頃、お金になる。と。


 わたしは薬を貰ったことでさえ、本来なら気が引けて固辞しただろうにあまつさえお金まで?

 しかも結構な大金が入っていると思われる。


 いつもならしっかり者のララが応対してくれるだろうに、この場に居ない。

 居るのは、デムとルリだけ。

 男の身なりは小綺麗にしているが、知っている。

 わたしは理解が浸透していくのを拒むようにララの居場所を尋ねた。


「ねえ、ララは?ララお姉ちゃんは?デム?ルリ?ララは何処……?」

「お姉ちゃんならちょっと前に出ていったよ?」

「うん、ねえね、ママしんどそうなのみて、おうちいっちゃった。」


 ちょっと前に出て行って、来たのが目の前の男。

 

「娘さん、ララさんは自分の御意思で戦闘奴隷として身売りなさいました。それで薬の配達とお金を渡すよう頼まれた次第です。本日はゆっくり休まれた方が良いですよ。此方、パンとサラダにまります。三人分ご用意してますので、お召し上がりください。テーブルに置いておきますね。それでは。」


 そういって、男は、奴隷商人は我が家から出て行った。


 わたしは、現実を受け止められず、ぽろぽろと涙が溢れてしまった。

 子ども達はそんなわたしをみて、不安になり泣き縋ってきた。

 ぎゅうっと二人を抱きしめる。

 残されたこの子達の為にも、わたしがしっかりしないといけないのに。

 沢山声を押し殺して泣いた。

 子ども達は泣き疲れて寝てしまったみたい。


 イシュラス神様、どうかもう一人の娘、ララの身が無事でありますように。

 そう祈ることしか出来ない不出来な母を許して、ララ。


 わたしはその日、娘を失った喪失感と絶望に苛まれながら過ごすのだった。


 ララが売られたと知って二日目の朝。

 二日も経てば、身体は快調。

 ララをお金に変えてしまったようで、お金に手を付けてしまうのは憚られたが、子ども達の御飯にまた倒れては意味がない。

 だから、苦心しながらわたしはララが残してくれたお金に手を付けた。


 パンとサラダ、骨付き肉。

 この骨で出汁も取れる。本当はお塩もいるけど流石にそれは贅沢が過ぎる。だから、出汁を取って薄味だけどスープにして最後まで活用する。

 この骨だってララが身売りして稼いだお金なのだから。


 わたしは夕方、気づいた。

 ララが此方を見ていた。

 心配そうに、胸に手を当てて、泣きそうにして。

 わたしが元気になってうれしいのか、デムとルリは元気に抱き着いてくる。

 ララおねえちゃんが居ないと言って不安そうにする時もあるけど、今は元気で笑顔だ。

 

 わたし達が幸せそうにみえたのかもしれない。

 あんなにも寂しそうなララの顔を見てわたしは胸が張り裂けそうだった。

 あの子の犠牲の上に成り立っている幸せ。

 また涙が溢れそうになるが、ララが堪えていたのだ。

 わたしが泣く訳には行かない。

 戦闘奴隷はすぐ死ぬと聞く。

 あの子は聡い。

 だから、二日も生きてる。

 顔が見れただけでわたしは幸せ者だ。


 そう思って、わたしは残った家族をこれ以上手放さないように頑張ろうと決意を新たにする。


 あのこから仕送りが届いている事が分かった。

 小さな手がもぞもぞとお金の入った袋を我が家に運ぶのだ。

 これは我が家だけの秘密。

 そして穴は毎日塞がれ、器用に隠される。

 わたしはララの手をみて、声を殺しながら涙する。

 

 戦闘奴隷として稼いだお金の一部だろうか。

 それを毎日。

 パンとサラダ、骨付き肉が買えるだけのお金を。


 八歳の娘に何をさせているのか、自責の念に駆られてしまう。

 ダメな母親でごめんなさいと、心の中で謝罪する。


 それでも毎日、早朝に仕送りしにくるララの手を見てわたしは安堵する。生きてることに感謝してイシュラス神に祈りを捧げる。


 だめな母親はそれくらいしか出来ないから。

 

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