第2話

あんな態度を取られると、マジでキツイ」

食堂でコンビニ弁当をガッつきながら、竹中が安永にぼやく。

「自分で撒いた種だろ」

「どうしたら許してもらえると思う?」

「さぁ…」

「お前、聞いてみてくれよ」

「何で俺が」

「お前のその超イケメンスマイルで、そして、そのスタイルの良い体中から溢れ出す温厚な優しいオーラで、片瀬渉流は絶対に気を許す!」

「バカ言ってないで、自分で努力しろ」

「じゃあ、片瀬渉流と仲の良い田鍋ちゃんに相談するから、会わせて」

「全力で断る」

そこに、

「竹中」

と、郵便課の梶尾課長代理がやって来た。

「何スか?俺、梶尾課代のせいで、今、ひどい目に遭ってるんスからね」

と、竹中は軽く梶尾を睨んだ。

「何だ?」

「片瀬渉流に、遊んでるって聞いたから、俺の相手もしてほしいって言ったら、最悪って言われて、無視されるようになっちゃって」

梶尾の顔色が、少し変わる。

「本人に言いに行ったのか?」

「はい」

竹中の言葉を聞き、梶尾がしばらく黙り込むと、

「分かった。もう山庄郵便局には行かなくていいようにするから…。勤務表、変更しとく」

と、静かに呟いた。

「いや、いいっスよ。個人的な意見で集荷先を変更してもらうの悪いんで。それに、片瀬さんに普通に接してもらえるまで、頑張りたいし」

「いや!もう行かなくていいから!」

いつもは穏やかな梶尾が声を荒げたことに、竹中はひどく驚いたのだった。


「お疲れ様です」

「あれ?安永君?確か、夕方の集荷も竹中君が来るって片瀬君から聞いてたんだけど」

「梶尾課長代理が急に変更してしまって…」

安永の言葉に、片瀬の体が、一瞬硬直する。

「いやぁ、安永君、相変わらず男前だねー。周りの女子がほっとかないでしょ」

「そんなことないです。荷物と郵便、これだけですか?ありがとうございます」

授受簿にハンコを押し、郵便と荷物を預かって山庄郵便局をあとにする安永の背後から、声が掛かった。

「安永さん!」

振り返ると、片瀬が立っていた。

「大丈夫?局長怪しまない?」

赤車に荷物を詰め込みながら、優しく尋ねる。

「引渡し用の書類、渡し忘れたって言ってきたんで」

「大丈夫だよ。渉流君が心配するようなことにはなってないから。辛い時は、いつでも翔汰のこと頼って」

「でも、あんまり会う時間がないって聞いてるし、本当は二人でいたいんじゃ…」

「俺は友達を大事にする翔汰のことも好きだから、心配なさらずに…」

安永が微笑むと、片瀬も綻んだ笑顔を見せた。

「翔汰君の恋人が安永さんで、本当に良かったです」

「あんまり深く悩まずにね」

安永の優しい言葉が、傷付いている片瀬の心に、深く沁みた。

その日、仕事が終わり、片瀬が職員用玄関を出ると、薄暗い中、竹中が佇んでいた。

「仕事、大丈夫なんですか?」

言いながら、片瀬が足早に竹中の横を通り過ぎる。

「あの、俺、もうここの局に来れなくなっちゃって。それで、連絡先を教えてもらえないかな…と思って」

竹中が、片瀬の背中に向かって、必死に声を掛けた。

「俺、今度の日曜日に、新しい携帯に変えるんで」

そう言って、片瀬は車に乗り込むと、すぐに車を走らせた。

「何も、そんなウソまでつかなくたって…」

竹中は、肩を落とした。そして、ズボンのポケットに用意してあった、自分の連絡先を書いてあるメモを取り出し、深くため息を吐いた。

いつもみたく、軽いノリで連絡先を渡せばいいのに、あいつの前だとなぜかうまく話せなくなる…。

こんな感覚は本当に初めてで、竹中はらしくもない自分の感情にひどく戸惑っていた。


そして、月曜日の仕事終わりのことだった。

片瀬が帰ろうと外に出ると、雨の降る中、また竹中が立って待っていた。

「今日も来たんですか?局長に見つかったら怪しまれますよ」

片瀬は竹中を自分の傘の中へと入れた。

「ごめん。これで本当に最後にするから」

心臓が激しく鼓動を打つ。緊張からか、雨に濡れた寒さからか分からないが、手が微かに震えていた。

本当に、何なんだ。片瀬渉流がそばにいるだけで、言いたいことも言えなくなって、当たり前に出来ていたことも出来なくなるような、こんな感覚…。

竹中が手に持っていたメモを渡そうとした時、片瀬から「傘、持ってもらっていいですか?」と傘を手渡された。片瀬はカバンから手帳を出すと、一枚のページを破り、胸ポケットに差してあるボールペンで何やら書き出した。そしてその紙を竹中の胸へと押し付けた。

「これ、俺の連絡先です」

「え?いいの?」

「いらないなら捨てて下さい。毎日のようにここに来られても迷惑なんで、教えるだけです」

「いらないワケないだろ!俺、絶対に教えてもらえないと思ってたから…」

「新しい携帯に変えるのに、前の連絡先を教えても二度手間ですから」

「これ、俺の連絡先…」

指先が震えて仕方なかった。胸を打つ鼓動が、片瀬に聞こえてしまうんじゃないかと思うくらいだった。

「どうも」

片瀬はそれを受け取ると、コートのポケットに仕舞い込んだ。

「ありがとう」

竹中は、その言葉を言うのが精一杯だった。

その夜、電話番号でメールをしようとするが、何度も何度も打ち直す。

「どうしたらいいんだ?」

変なことを送って嫌われたくない。

週末、食事にでも誘いたいけど、急に誘って引かれたりしないだろうか…。

そんなことを考えているうちに、一時間以上が過ぎていた。

「とりあえず、お礼のメールとLINEの招待だけしておこう…」今日は連絡先を教えてくれて、ありがとう…と。

だけど、その日、片瀬からの返信はなかった。夜中中、スマホを見ていた。そして朝を迎えた竹中は、こんなにも落ち込むものなのか、と自分でも驚くぐらいだった。


「昨日の夜、メールしたんだけど、返信来なくて」

竹中が覇気のない声で安永にぼやく。

「昨日の夜、窓口勤務職員対象の研修があって、かなり長引いたとかで、帰り遅くなったみたいだな」

「え?」

「田鍋さんから、朝、LINEがあった」

「そっか…」

竹中が少し安堵する。

「俺は、お前からLINEの返信もらったことないけどな。いつも既読スルーだろ?」

「え?そうだっけ?」

「勝手な奴」

安永が呆れたように呟いた。

「週末、誘ってもいいかな?」

「俺に聞くなよ。嫌なら断るだろ」

「そうだよな…。嫌なら断るよな。でも、断られたらどうしよう。俺、立ち直れないかも…」

「知るか。早く配達に行けよ。今日、そっちの区の郵便、かなり多いんだろ?」

安永が竹中の背中を押す。

「だいたい、本当に嫌なら連絡先なんか教えないだろ、普通」

竹中が、安永の言葉にハッとする。

「そうだよな。うん、よし!誘おう!」

単純な竹中は、それだけで元気が出たのだった。

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