〇〇のせいにして

「もう一杯!」


 鹿角さんはそう言いながらジョッキを天井に向かって掲げている。僕は苦笑いしながら店員さんを呼び、オリオンビールをオーダーする。


「あなたも飲みなさい」


「いやぁもういいです」


 泥酔する鹿角さんはついに僕にまで絡んできた。


「……まったく伝統だの規律だのをいつまでも後生大事にしているから、時代の変化に対応できないんれす。変革、へんかくって言ってるくせに自分たちがそれを一番恐れているじゃないれすかぁ」


 僕はそうだ、そうだと相槌をうった。


 彼女がこんな状態になったのはつい数時間前に終わったプレゼン大会の結果が最悪だったからだ。


「この一杯で辞めといた方がいいですよ」


「うるはいです、私の酒が飲めないっていうれすかぁ」


 六チーム参加したファイナルコンテストで最下位。


 ファイナルまで残った功績は称えられ金一封を頂いたが、僕たちが欲しかったのはそんなものではなかった。


「変革と言うスローガンに沿ったいいテーマだったと思いますよ」


「立花さんにそう言われても」


 僕たちは何度目かの乾杯をかわし、ビールを口にふくむ。


 僕はアルコールを分解しやすい体質だが、ちょっと顔が火照ってきた。


 目の前にいる彼女は、白い肌を耳まで真っ赤にして不自然なくらいやけっぱちに笑っている。


「でも、鹿角さんは頑張ってた。通常業務で忙しかったのに時間をつくって真剣に取り組んだじゃないですか」


「……それは、立花さんが付き合ってくれたから」


「それは当然ですよ、チームですから」


「……あの立花さん、私はつまらない女なのでしょうか」


「? なにがですか?」


 鹿角さんの声色が変わった。彼女は一度顔を伏せ視線を少しだけ上げてみせた。


「私、昔からそうなんれす。学生時代は勉強ばっかりで……友達が恋人をつくったり、遊んでいたりしているときもずっと勉強ばっか、いつまでたっても真面目以外の誉め言葉が見つからない、平凡な人間。でも肝心なところで失敗しちゃって、行きたい大学にも結局いけなかった。今回もそうどんなに頑張ってみても結局一番なんてとれない、だったら諦めてあの頃のみんなみたいに不真面目でてきとーに遊んで楽しんで過ごせばいいのに……私にはそれができない」


 彼女が俯いたテーブルに数粒の水滴が落ちていた。


「ほんとっ、要領が悪くて自分が嫌になるんれす」


 鹿角さんはそう言いながらばつが悪そうにジョッキを口に傾ける。


「でもだからと言って鹿角さんの生き方が他の人に劣っているとは思いませんよ」


 僕は彼女が少し前の自分に見えた。わかばさんに出会う前の僕に。だから思わずそう言っていた。


 彼女は何も答えないから、勝手に続ける。


「たしかに鹿角さんはちょっと融通が利かないとこがあると思いますけど、少なくとも僕は鹿角さんがずっと頑張っていた姿を近くで見てたし、その結果ここまでこれたわけで、ほらこの沖縄の景色だってテキトーに遊んでた人には見ることができない景色なわけだし、なによりあなたの仕事に対する態度が僕をここまで真剣にさせたんです。だから僕は鹿角さんは鹿角さんでいいんじゃないのかな」


「……後輩のくせにえらそーに」


 顔を上げた鹿角さんは目を赤くしながら不器用に笑っていた。


「社歴はね、でも僕はきみより一年だけはやく生まれてる。人生の先輩ですよ」


「……じゃあ人生の先輩。もう一軒付き合ってもらいますよ」


 いたずらに笑って席を立つ鹿角さんに僕はすっかり虚をつかれた。


「気持ち悪い」


「飲み過ぎですよ」


 居酒屋を数軒はしごした僕らはふらふらしながらホテルまでの道すがらを歩く。


 僕はつぶれそうな鹿角さんを支えながら夜風を酔い覚ましに浴びていた。


「つきましたよ」


 彼女の足が止まった。


「それじゃあ鹿角さんおやすみなさい」


「待って」


「はい?」


 呼び止められる声に僕は足を止めた。


「部屋までおくってください」


 彼女はなんの脈略もないまま僕の腕を強引に引いてホテルの中に入った。

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