七転ばず八揉み
「しゃっくりが止まらないねぇ」
そう言って四つん這いになるわかばさんの背中を僕は呆れながら優しくさする。
テーブルには三本のほろ酔いがあけてあって、いずれもはちみつレモン味だ。
「あんまりだったらトイレで吐いちゃったほうが楽になりますよ」
「吐き方わからない」
「喉の奥に指つっこめば吐けますよ」
「いやだ、なんか怖い」
僕の提案を拒否もするもわかばさんの身体は小刻みに震えていて、一刻を争う状態になってきている。
「トイレ行きますよ、ほらつかまって」
僕はわかばさんの身体を抱き上げて無理やり立たようとする。
「横になりたい」
耳元でつぶやかれ僕はわかばさんをベッドに寝かせた。
「うぅ苦しい」
「横隔膜が痙攣してるだけですよ、そのままゆっくり深呼吸して」
何か喋ろうとしてもしゃっくりに邪魔され意思の疎通ができないことに苛立っていた。
「どうしてそんなになるまで飲むんですか?」
「こんなになっても助けてくれる人がいるからさ、へっく」
呼吸が荒くなりしゃっくりが続くわかばさんは、うんうんと唸る。何度か寝返りをうって顔を僕に向けた。
「さすって」
「どこを?」
「おっぱいのところ」
「背中なら」
「だめだねぇ」
わかばさんはいつもの通り僕の提案を拒否して、僕の手をとると自分の胸におしあてた。
「少し楽になった気がするよ」
「そんなもんですか?」
「そうだよ、芳くんは知らないだろうから教えてあげるが、『手当て』の語源は手を充てるから来ていてねぇ、人間の手には不思議な治癒能力があるんだよ。きみも
子どもの頃お腹が痛いときは親にお腹をさすってもらって楽になった記憶はないかい?」
そう言えばそんなこともあったような気がする。あんまり覚えていないけど。
「あぁでも調子にのって揉まないようにねぇ」
「はいはい」
適当にあしらって、でも少しだけ心をこめて胸をさする。
「ホッとするねぇ」
僕は笑う。彼女も笑う。
わかばさんの胸の鼓動が手の平に伝わって、自分の脈拍とシンクロする。
夕暮れが近づくにつれて、今日が終わる実感を確かめながら僕は目を閉じた。
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