揉まぬが恥だがあとが怖い

「あのぉ」


 恐る恐る声をかける。


「……なんだい、おっぱい星人バーサーカー」


 わかばさんは、そんな語呂合わせの良いクソみたいなあだ名で僕を呼んだ。


 ぱらぱらとめくっていた文庫本を閉じてカーペットに置く。


「すみませんでした」


「顔をあげたまえよ」


 僕が手を床につけて深々と謝ると、わかばさんはじとっとした目つきで僕を見つめていた。


「まぁ、今回は私にも落ち度があった。本来ならちょっと気分が高揚するくらいの効き目にするはずが、芳くんが私のおっぱいを好きずぎることを考慮してなかったねぇ」


「はぁ」


 ちょっとばかり腑に落ちないが、許してくれるならとりあえず良いだろう。


「でもちょっと揉みすぎてたから、バツを与えないと……」


 なんか良いこと思いついたって顔して頬を緩める。


「ど、どんな?」


 僕は背中を震わせながら、うろたえる。


 だって、わかばさんがだらしない笑顔を引っ提げている時はたいてい僕にとってあまりよくないことが多いから。


「今日一日ずっと私と一緒にだらだらと過ごすんだ、仕事なんてさせないよ」


「えっなぜそれを」


「きみ鞄にパソコン忍ばせてただろう、転職したばかりの人材にそんな仕事をおし付ける会社なのかい?」


 わかばさんは、猫のように翻り、ベッドの下に隠しておいた鞄を強奪した。


「ち、違いますよ。ただ先週やったことを確認したくて」


「確認? そんな一銭にもならないことはやめたまえよ。休みの日はぐーたらと休む。きみにはメリハリってものまるでない」


「で、でも早く成果を出さないと、こんな不安定な状況でせっかく雇ってもらったんだから……」


「シャラープ! やめろやめろこりないねきみもやっぱりまだ早すぎたんだ。そうだまたやめさせよう」


 早口で捲し立てて鞄の中を狂ったようにあさりだす。僕はわかばさんが何をしようとしているか察して鞄を無理やり取り上げた。


「やめてくださいよ」


「邪魔をするきかい?」


「ちょっと異常ですって、もう大丈夫ですから」


「ふんっ、私の裸を見て、なんの反応もしないきみが私を異常だって? 面白いことを言うねぇ、正常な反応ができない身体なのに」


 大きくため息をはく。こうなってしまうとわかばさんは自分の意見が通るまで頑として譲らないのだ。


「……あなたの言うとおりにしますよ」


「賢明な判断だ。偉いぞ芳くん」


 拍手をしながら立ち上がり片膝をついている僕に近づくと、さんざん揉みしだかれた胸を僕の顔におしあてて頭を撫でる。


 飼い犬をしつけるように優しく、念入りに。

 

 まるで主従関係を教え込まれているような気分だ。


「ずるい人ですね」


「心外だねぇ、私はきみにとっての女神そのものだろう……さぁてひと段落したところで、パーティーといこうじゃないか、たしか冷蔵庫にはコーラとファンタ、ほろよいもあったねぇ、芳くん、ポテチとなんでもいいから甘いお菓子を買ってきてくれたまえ。今夜は寝かせないよ」


 いやまだ昼前なんですけど。どんだけ自堕落な一日を過ごす気だよ。 


 心の中で突っ込んで、私は財布を手に取った。


「大いに無駄使いしたまえよ」


 何も答えずに玄関を出ると、目の前にある小さな公園のベンチで一匹の猫が背中を丸めてひなたぼっこをしているのが見えた。


 もしかしたらわかばさんって猫の化身なのでは?


 そんなことを思いながら、僕は最寄りの大型スーパーへ足を向けた。 









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