人事を尽くしおっぱいを揉む

「……こん、芳くん」


 ここ数日、感じたことのない脱力感だった。


「こんこん、芳くん」


 誰かの声が聞こえる。


 僕はまだ重いまぶたを開けた。


 淡い太陽の光が瞳に入り込んで、目の前がぼやける。昨日閉じていたカーテンが開いて、胸の奥から謎の焦燥感が湧き上がってくる。


 僕は起きなくてはいけない。


 そんな奇妙な確信だった。


 でも、今日は土曜日。お休みだ。


 目覚まし時計もかけてないし、仕事にもいかなくていい。自由の日。


 しかし、僕は目を覚まそうとしている。本当はもっと寝ていたいのだけど。


 身体が覚醒していくほどにこの胸に、腹に、腕に負荷がかかっているようなそんな気がした。


「……っん?」


 僕はしっかり両目を開いてみた。普通なら天井が見える仰向けの景色は、今日だけは違っていた。


「こんこん、芳くん」


 わかばさんだ。


 わかばさんが気持ちよく眠っていた僕の身体上にまたがるように乗っかり、僕の腕を自分の胸に無理やり抑えつけながら、なんか言ってる。


「こんこん、芳くん」


 この『こんこん』っていうのはおそらくドアを叩く音だ。


 日常生活で発する擬音を口で表現する大人っているんだ。


「なんですか?」

 

「お腹減ったねぇ」


「はぁ」


 お腹がすいていることをわざわざ自己申告してくれたいい大人に僕は大きなため息をはく。


「あと五分だけ寝かせてくださいよ」


 まるで洞穴から漏れ出た空気のような澄んだため息のあとに続く言葉は、僕の本心からのものだった。


「昨日約束したじゃないか、私の為に朝ごはんつくると」


「ブランチじゃだめですか? 本当に身体が重くって」


 こちらとしては最大限の譲歩だった。このくらいは許してくれる。このくらいのわがままは許容範囲だろう。


 そんな儚い期待を抱いて僕はわかばさんを見つめた。


 すると彼女はにやにやしたままの表情を変えずに身体を揺らし始めて、コミカルに歌い始めた。



「朝ごはんつくろう

 はやく起きてぇ

 すぐに起きよう

 どうして起きてこないのぉ

 昨日約束したのに

 なぜ起きないのぉ

 朝ごはんつくろう

 美味しい朝ごはん」


 えっ、まじでなんそれ。


 突然、あの世界的に有名なあの歌を幼い少女の声で替え歌にして、自分の思いの丈を歌いだしたのだ。


「またディズニー見ました?」


 気持ちよさそうにハミングするこの人には僕の言葉なんて聞こえない。


 そんな最中も僕の両手はわかばさんの胸を掴んでいるし、つりそうになりながらもよせては返す波のような反発を服の上からでもほのかに感じていた。


「さぁ身体を起こして腹ペコなの

 食べたいわ

 ハムがあればなんとかなる二人で

 私の分をこれからどうしていくの?

 朝ごはんつくろう

 美味しい朝ごはん」

 

「……分かりましたよ」


 するとわかばさんはそのまま身体を僕に預けて倒れる。


 まったくこれじゃ起きて欲しいのか、二度寝したいのかわかったもんじゃない。


 結局、わかばさんを抱き上げながら身体を起こす。


 しかし、彼女は一向に立ち上がる気配を見せず、あたかも最初からそうしていたように僕が寝ていたベッドにダイブした。


「さて、私はもうひと眠りするとしよう。あぁそうそう出来上がったら起こしてくれたまえよ。朝ごはんは作り立てが一番おいしいからねぇ」


「あぁ……はい」


 元気なく、返事をする。もうすでに寝息を立ててる。自堕落な美っ痴女を

叩き起こしてやろうかとも考えたが、やめた。



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