第9話 草じゃお腹膨れないタチなのよ

「ところで、次の目的地ってどこなの?」


 少女は隣を歩く神に問う。


「は? 知らんぞ? お前に合わせて歩いてるんだが?」

「え!? 私はウルスに合わせて歩いてるんだけど!?」


 これは誰しもが経験したことがあるだろう。


 隣の人に合わせて歩いていたら、実はそいつもこちらに合わせていたと言い、何処に向かっているのか誰も知らない現象。


 これを『魔女の脇見現象』と言う……とか言わないとか。


「あんたが先に歩き始めたじゃない!」

「は? 最初からお前が案内人だろ?」


 これは誰も悪くないのだ。あるあるなのだ。


「どーすんのよ」

「他に魔人に占拠されている街は知らんのか?」

「うーん、分かんない。あ、でも一応この辺で一番栄えてるって街は聞いたことあるわ! 確かダウーメって街! なんか強い人間がいるって噂よ」

「ほー、じゃあ先ずはそこに行くか」


 目的地は決まった。


 しかし二人は動かない。


「どうした? ほら、ダウーメに行くぞ」

「……知らないのよ。行き方……」

「は〜」


 神は大きめの溜息を吐く。


「私だって行ったことないんだから!」


 魔人が蔓延るこの世界、人間はそう簡単に街から街へ移動すらできないのだ。


「おっ?」「あっ!」


 困る二人の前に、見覚えのある寒々しい尻尾が揺れる。


「よし、捕まえて来い!」

「よしきた!」


 神の命により使徒が駆ける。


「ぐおっ!」

「捕まえたっ!」

 

 高速使徒タックルで確保されたのは、正直をモットーに生きると誓った狐の魔人。


「よおテツオ。どこいくんだ?」


 テツオである。


「げっ! 神!」

「いい所にいるわね!」

「と姉さん……」


 狐は関わってはいけない二人を前に、嫌悪感丸出しの表情を浮かべる。


「何してるんだ?」

「お、お前のせいであの街に居られなくなったんだよ!!」


 どうやらテツオは毛を守るために誇りをぶん投げて陽動をした結果、街を追われることになってしまったらしい。


「ほー、丁度いいな。お前ダウーメって街を知ってるか?」


 追われる原因を作った張本人である神は、丁度いいと吐き捨てる。


「……し、知らない」


 テツオは自分の心に正直に生きることを誓った。


「そうか、それは残念だ。神の名のもとに」

「あー!! はい! 思い出しました! ダウーメね!」


 ノータイムで神罰を発動しようとする神を前に、テツオの体は心を裏切り正直になってしまう。


「よかったー! さっすがテツオ!」

「は、ははっ」


 引きつった笑顔とは裏腹に、遠い目で硬く拳を握る狐。


「よし、じゃあ案内してくれ」

「……はぁ。へいへい、分かったよ。でもなんでダウーメなんだ? あそこは人間の街だろ?」

「あ、テツオかいるなら魔人の街に案内してもらえば?」

「えっ!?」


 無邪気なリリーの提案だが、魔人を倒すことが目的の者を魔人に案内させようとする、とんでも無く鬼畜的な発想である。


「それも面白そうだが、人間の強い奴というのが気になる。ダウーメに行くぞ」

「ホッ……」


 テツオはバレない様に安堵した。


「じゃあダウーメにしゅっぱーつ!」


 右手を突き上げるリリー。


 今回は人間の街ということで、戦闘も無いだろうと観光気分でワクワクしている。


 しかし、彼女の甘い期待は数日後に打ち砕かれるのであった。


 

 **********


 

「ねえ!お腹空いたんだけど!」


 いや、数時間後には打ち砕かれていた。


「適当に草でも食べてなさい!」

「草はもう食べてんのよ!」


 神の隣を歩く少女は、もしゃもしゃと草を食べながら歩く。


「草じゃお腹膨れないタチなのよ、私」


 厳しい環境で育ったリリーは逞しく育った。野草を見つけては口に放り込んでいく。


「人間はこんなもん食うのか……」


 紫と青のグラデーションがおぞましい謎の草を見て、テツオはドン引きだ。

 

「意外と食べれるわよ? いる?」

「……ぐおっ!苦っ!」


 ペッペッと慌てて吐き出すが、口に残る苦みで顔をしかませる。


「慣れれば平気よ?」


 リリーは平気そうだ。


「ウルスもいる? お腹空いてるでしょ?」

「いらねーよ。神は腹なんて減らん」

「へー。便利ね〜」

「それに俺の下は肥えている。そんな草食えるか!」


 神は食事を必要としない。しかし、美味しいものを美味しいと感じる舌は持っている。


 何度も地球へ視察に行き、日本という食の国で美味いものを鱈腹食べているウルスラキスの舌は、丸々と肥えているのだ。

 

「うわっ! 食べ物を大切にしないとバチが当たるわよ?」

「誰に言ってんだ姉さん……」


 神にバチを与えられる者など存在しない。


「というかお二人さん、そろそろ休憩しようぜ。流石に疲れて来たんだが」

「それもそうね。あ、でも私あんまり疲れてないかも」

「それは俺の近くにいるからだぞ」

「そうだった」


 神ブーストは神の近くにいるだけで発動するのだから、当然今もリリーを強化し続けている。


「ズルくねーか? 俺にもかけてくれよ、そのブーストってやつ」

「それは無理だな。これは正直者にしか与えられないんだ。テツオは神ブーストをかけてやったら何がしたい?」

「……二人から走って逃げる」

「じゃあ駄目だ」

「……あんたバカよね」


 正直に答えることで、ブーストを掛けてもらえなくなるというパラドックスに陥るテツオ。


 ちなみに正直者にしか与えられないというのは嘘だ。


「まあ少しくらいの休憩ならいいぞ」

「じゃあ川の近くまで行きましょ。喉乾いたし」

「よし、時間的に今日は川までいって野営だな」


 既に日が傾いて来ている。夜の移動は人間にとっても魔人にとっても危険だ。

 

「野営? あとどのくらいかかるわけ?」

「あと2日ってとこだ」

「2日!? そんなに遠いの!?」

「そりゃ徒歩だからな」


 この世界でも長距離の移動には何かしらの移動手段を用いるのが普通だ。


 神と少女ではその辺りの常識に期待はできない。


「馬の魔人を連れてくればよかったなー」

「確かにね。テツオ馬に変身できないの?」

 

 同行を強制している者が言っていいことではない。


「できてもお前らは乗せたくねぇ!」

「なんでよ! ケチ!」


 テツオの苦行は続く。



 **********



「だからな、俺は言ってやったんだ。『エビはそんなふうに反ってねえよ!』ってさ」

「へ、へ〜。確かにエビは腹を内側にしてんのに何でエビ反りって言うんだろうな」

「変だろ? 俺の世界の人間だったら全員神罰だぞ」

「怖っ!」

 

 言葉というものは摩訶不思議である。字面は反対を指しているのに意味は同じ事を指すこともあるほどに。


 そんなしょうもない話を神と狐がしていると、漸くダウーメの街が見えてきた。


「見て!やっと見えてきた!」


 赤茶色の壁が街を囲み、頑丈そうな大きな門はその口を閉じている。


 壁の上には見張りだろうか、僅かに動くものが見える。


「おっと、見張りがいるな。悪いが俺はここまでだ」

「えー、一緒に行こうよ」

「アホ! 俺は魔人だぞ! 人間の街になんか行けるかよ」


 魔人によって虐げられ続けている人間の街に、魔人が1人で乗り込むなど自殺行為以外の何物でもない。


「テツオはこれからどうするの?」

「そうだな、適当にフラフラ放浪でもするかな」


 テツオは狐のクセに元々一匹狼で生きてきた。気ままな一人旅も嫌いじゃないタイプだ。

 

「待てよ、ナビが居なくなったら困るだろ」

「知るか! それより、お前ら本当に魔王様に楯突くつもりか? 止めといた方がいいぞ?」


 袖触れ合うも他生の縁。テツオは何だかんだ言いながら、二人に情を感じていた。

 

「そんなに強いんだ?」

「強いとかそんなんじゃない。存在が別次元だ。お前ら人間がどれだけ束になったって指一本触れられねえよ」

「見たことあるのか?」

「ああ、昔一度だけな。情けないことに、腰抜かしちまったよ」


 テツオはその時を思い出して身震いする。


「まあこっちには神様がいるんだし大丈夫よ」


 自信満々にリリーは言った。


「あんたが本当に神だろうが、魔王様に勝てるとは思えねえ」

「……ウルスが死んじゃったら、この世界はどうなるの?」

 

 隣で鼻をホジる神を見て、少しだけ不安になる少女。


「そんなことは有り得ねえよ。考えるだけ無駄だ」

「ケッ。まあ俺はお前らが死のうが生きようがどうでもいいけどな!」


 じゃあなと言ってテツオは来た道を引き返して行った。


「行っちゃったね」

「まあ魔人ならその辺にいくらでも居るだろ。次は馬にしよう」

「デカいのにしましょ!」


 早くも次の獲物の算段を付けながら、2人は門へと向かった。


 

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この男、停滞世界の神である 竹取ノキナ @o_z

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