第8話 ゴリラが赤いネクタイに惹かれるのは共通秩序
「そう落ち込むなよ、テツオ」
ウルスラキスはみすぼらしい尻尾を揺らしながら歩く狐の魔人へと声を掛ける。
「あんたに言われたくない! あのフサフサの尻尾はお袋の形見みたいなもんだったんだ!」
テツオはさっきまでの低姿勢を元に戻し、反抗的な態度をとる。それでも大人しく二人をボスの下へ案内しているのは全身の毛を消されてはたまらないから。
「確かにモフモフしてた方が可愛いわよね」
「だろ? もっと言ってやってくれ! 姉さん!」
それでも姉さん呼びは固定されたようだ。
歩くこと暫し、さっきよりも大きく威厳のある2階建ての屋敷が見えてきた。
「あれだ、あれがボスの屋敷だ」
「嘘じゃないでしょうね?」
「嘘じゃねえ!」
屋敷の周囲には警備らしき魔人が数名いる。
「確かに今度はホントっぽいな」
「どうやって入るの?」
「俺にいい考えがある」
神は不適な笑みを浮かべる。
「テツオ、陽動してこい」
「そんなことだと思った!」
「俺かよ!」
テツオは既に仲間と言う名のパシリなのである。
「ほら! 今だ! 行け!」
「ちくしょう!」
涙を拭きながら走り出す狐。
「裏切ったら神罰だからな~」
「鬼ね」
「さて、俺らも動くぞ」
少しテツオが走り去った方とは逆の塀で待機。待ったところで見張りがざわつき始め、去っていった。予想外にテツオの陽動は上手く行ったらしい。
「とうっ!」
ウルスラキスは右手を突き上げかっこ良く飛んで塀を越える。
「なにそのダサい掛け声……」
「おバカ! これは脈々と受け継がれている跳躍の掛け声だぞ! 早くしろ!」
「どこの誰に受け継がれてんのよ……。と、とうっ」
恥ずかしさを堪えながらウルスラキスに合わせてやるリリー。
「よし、潜入成功だ」
と言ってもまだ敷地内に入っただけ。
「中にも警備はいそうだけど、これからどうする?」
「テツオの言葉を思い出せ。ボスのジョバンニは部屋に誰も近づけない」
「つまり?」
父親に似て自分で考えることをしない省エネルギーな少女は答えを求める。
「周囲に置いている魔人は少ないはずだ」
「え、でも少ないだけでいるんだよね?」
「当たり前だろ、だから」
「だから?」
ガシッとリリーの後頭部を鷲掴みにする神。
少女は本能的に危険を悟ったが時すでに遅し。
「行ってこーい!!」
「ギャー!!」
パリーンッ!
「ぐへっ」
2階中央の出窓を突き破りゴロゴロと部屋の中に転がるリリーは、部屋の中央にあるソファーに全身を強く打って止まった。
「痛った~……くはないわね。あいつ無茶苦茶だ! テツオの陽動とか意味無いし! 中の警備の話とか関係無いし!」
赤い絨毯はふかふかでプリプリと怒るリリーの身体を包み込む。少女の身体を受け止めたソファーは重厚で頼りがいがあり、幼き日の父親を感じさせ、奥には黒い石のデスクが輝きを放っている。
間違いなくここがボスの部屋だ。
リリーが腰を摩りながら体を起こすと、少し高めの天井に届きそうなほどの黒い巨体が端の方で動く。
「ビックリした~」
声の主はリリーではない。
「なんだよお前! いきなりなんなんだよ! 窓割れたじゃんか! なんだよ!」
なんだよを連呼する巨体は、どうやらゴリラの魔人の様だ。
「わ、私は……神の遣いよ! あんたがジョバンニね!? 私が来たからにはもうお終いよ、覚悟しなさい!」
この後の流れなど考える暇も無いリリーは、魔人と向き合い斧を掲げて必死に啖呵を切る。
「なんだよ!……お前人間か? 人間のメスか!?」
「そうよ! ってあ!」
オーバーオールを着たゴリラの長い右手には、人間と思われる女性が握られている。
「あんた、それ何よ!離しなさい!」
「ん? これか? これは俺のコレクションだぞ!?」
意識が無いのか、女性は力なくブラブラと揺れている。身に付けているのは可愛いピンク色のドレスだ。
部屋を改めて見渡すと、脇には幾つものケースが並んでおり、人間の女性が色とりどりの衣装を着てその中に収められていた。
「ヒッ」
よくみると皆怯えた表情で震えている。
「中々いいだろ? 他の魔人には内緒なんだけどな、可愛い娘に衣装を着せるのが好きなんだ」
石のデスクの上にはカラフルな布が散乱しており、このゴリラが大きな手でチマチマと縫い物をしている姿が想像される。
「お前の服も可愛いなあ。一緒に飾ってやるから大人しくしろ? 殺しちゃうからあんまり動くなよ?」
巨体を揺らしながらリリーに近づくゴリラ。歩みに合わせて床もミシミシと音を立てる。
数時間前まで普通の少女だったリリーは、神パワーを得ているとは言え生物としての圧倒的な存在感の違いに委縮する。
なによりナチュラルボーンサイコパスな発言に体の芯から恐怖を感じた。
「い、いや! 来ないで!」
リリーは後退りするも、少女にとっては広いこの部屋も、巨大ゴリラにとっては数歩で端まで移動できてしまう。
遂にリリーよりも太い毛むくじゃらの腕が伸ばされた。
「ういーっす! 終わったか~?」
そこに玄関の掃除でも頼んでいたかのような、場違いな軽い声が響いた。
「な、なんだよ! お前! ビックリするなあ!」
ビクッと身を震わせたゴリラの心臓は、巨体に見合わず小さい様だ。
「なんだこのドンキーなコングは? コイツがジョバンニか?」
声はリリーが突き破ってきた窓から発せられた。
神は「自分は行かなくていいかな?」というあまりに残酷な邪念を振り払い、仕方なくリリーの後を追って外壁をよじ登ってきたのだ。
「なんだよ! 男はいらないんだっての! ぶっ殺してやる!」
「ウ、ウルス~!」
「おいおい、終わってねーじゃん! さっさとやれよ~」
この神の辞書に乗ってないのは心配とか思い遣りとかそう言った言葉だろう。
しかし、ウルスの登場でリリーの恐怖心は不思議な程に小さくなっていた。
「い、今やろうとしてたとこなの!!」
「ほら! 早く! こっち来てるから!」
対象をウルスラキスへと切り替えたゴリラが迫る。
「やあっ!」
神を掴もうとした左腕は、可愛らしい掛け声と共に宙を舞った。
「な、な、なんだよー!!」
血が吹き出す腕を押さえて、その痛みに苦しむジョバンニ。
切られた腕が床に落ち、ドンッと重量感のある音を立てる。
「あ、切れるんだ!」
「当たり前だ。神ブーストを使った人間に切れない物はない!」
「なんだよ! もーいいよ! あっち行けよ!」
一撃で戦意喪失したジョバンニはあっちへ行けと残った右手を振る。
「そうはいかん」
しかし、無慈悲にも神はそれを認めない。
「お前が魔人である限り、泣こうが喚こうが慈悲を乞おうが殺す。リリーが!」
「なんか私が殺人鬼みたいになってない!?」
すっかり正気を取り戻したリリーは、ツッコミもしっかりこなす。
「ちくしょう! ちくしょう!」
ドスドスと怒りに身を任せてデスクへと向かい、2メートルはあろうかという大きな棍棒を掴んだジョバンニは、走ってリリーを横凪に殴り付ける。
「グエッ!」
防御が疎かなリリーは、少女には似つかわしくない声を上げて、真横に吹き飛ばれ勢いよく壁に激突した。
「なんだよ! 弱いじゃんか!!」
ジョバンニは嬉しそうに笑う。
「今ならその赤いネクタイだけ置いて行けば許してやるぞ?」
変態ゴリラはリリーの胸元に揺れるネクタイに興味があるようだ。
「なんだ? ゴリラが赤いネクタイに惹かれるのは共通秩序か?」
ウルスラキスはよく知るゲームのゴリラを思い浮かべた。
「なんだよ、お前余裕そうだなあ。お前が死ぬのは決定事項だぞ?」
「リリー、効いてないだろ? さっさと起きろ」
「わかってる! 少しビックリしただけだから!」
起き上がり体勢を整える。
確かに少しの衝撃があり身体は飛ばされてしまったが、ただそれだけ。痛みも無ければ怪我もない。
リリーは改めて
「なんだよ……」
完全に手応えはあった。ジョバンニは自身のパワーに絶対の自信を持っている。
自分の攻撃をもろに食らって立てる者など、人間、いや魔人を含めても出会ったことがない。
にもかかわらず只の人間の小娘が渾身の一撃を受けてピンピンしている様子は到底信じられるものではない。
「観念しなさい、年貢の納め時よ!」
「俺はただ可愛い女の子に可愛い服を着せたいだけなんだよー!」
先ほどよりも大きく振るわれる棍棒。戦闘経験の浅いリリーであっても、神ブーストよって底上げされた感覚はその軌道をはっきりと認識させる。
迫り来る棍棒を避け、すれ違いざまに斧を振り抜く。
「な……ん……だよ……」
腹をかっ捌かれたゴリラの巨体は、大きな音を立てて力無く絨毯へと沈んだ。
「よーし、よくやった!」
神からお褒めの言葉が投げ掛けられる。
「よくやった、じゃないわよ!いきなり投げるとかあり得ないから!」
「そう怒るなって。正面から行って無駄な戦いをするよりは、直接ボスを倒した方が見る血も少なくて済むだろ? お前の為を思っての行動なんだよ」
「そ、それはそうかもだけど……」
殴った後に優しく接するDV男よろしく、お前の為だと説く。
「あ! あの女の人達!」
「ん?」
リリーはケースに閉じ込められている女性の下へ駆け寄り、ケースを壊して解放する。
「あ、ありがとうございます……」
「うっうっ……」
ゴリラの着せ替え人形として弄ばれた彼女達が負った心の傷は深い。
解放された安心感から座り込み涙を流す者もいる。
「もう大丈夫ですよ」
リリーは背中を擦りながら介抱している。
「えっと、……行く宛はありますか?」
皆首を横に振る。どうやら行く宛がある女はいない様だ。
「無ければ私の村に行ってもらえば魔人はいないと思います。……案内しましょうか?」
解放されたとは言え、魔人の恐怖に曝されてきた彼女達だけでの移動は心配だ。
リリーの提案に希望を見出す女達。
「それは駄目だ。案内はしない」
しかし、そんなリリーの優しさは神によって遮られる。
「なんでよ!」
「お前はこれから会う身寄りの無い人間全てに対して村までの道案内をする気か?」
「そうは言ってないじゃない。ここからだとまだ近いんだし」
「それでも駄目だ」
神は謎に頑なだ。
「お前達もいつまで泣いているんだ? 直近の問題は取り除いた。いつまでも頼るな」
問題を取り除いたのはリリーであるが、自分の手柄の様に振る舞う神のメンタルは鋼鉄よりも固い。
「道は簡単だ。後は隠れながら行くなり、全員で力を合わせて脅威を取り除くなり、最低限の努力をしろ」
「あんた言い過ぎじゃない!?」
「いいんです。確かにそちらの方が言う通りです。助けて頂いたご恩は忘れません。これ以上の甘えはバチが当たります」
神に突っ掛かるリリーだが、一人の女が間に入る。
「でも……」
それでも同じ女として心配ではあるものの、女の決意の宿る目を見てリリーは引くことにした。
「……真っ直ぐ西に進んでもらえば着く筈です。皆さんの無事を祈ってます……」
少し拗ねた態度だが、自分を心配してくれている少女を悪く思う者はいない。
街を抜けるまでは流石に同行し、彼女達を見送った。
「ちょっと冷たくない?」
「俺は神だぞ? 神に思いやりなんか期待するな。そんなものがあればどの世界でも戦争なんて起きやしない」
「それでも目の前に困ってる人がいれば助けない?」
「誰かの不幸は誰かの幸なんだ。今回一番の不幸者はあのゴリラだろ」
「それはそうなんだけど……」
珍しく正論を吐くウルスラキス。
確かに1万年レベルで人間は苦渋を飲まされ続けているが、逆を言えば魔人は1万年も好き勝手に生きているのである。
今回ウルスラキスが世界に降りたのは、単純にこの『セーヤカッテ』のメインが人間だからだ。
世界の評価はメインキャラクターを基準に考えられる。ウルスラキスは魔人をメインに設定してさえいれば、それなりの評価を得られていたかもしれない。実際はそんな単純な話ではないのだが。
「ほら、さっさと次に行くぞ」
「はーい」
リリーは先に歩き出した神の後を、不承不承に返事をしつつ追いかけた。
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