第7話 神よ!!俺が何をしたって言うんだ!!

 隣街の入り口には数体の魔人がたむろしている。

 

「ウキキッ! 人間の女だぁ!」

「コケケッ! 人間のメスだぁ!」

「オケララッ! ニンゲンのメスだぁ!」


 彼等は半ば条件反射で人間の女を襲っている。

 

「ブヒヒッ! 人間のオスだぁ!」


 中には例外もいるらしいが。


「リリー君、あの豚の魔人からりなさい」

「嫌よ! アイツは後回しだわ!」

「おい! 神の言うことが聞けねーのか!?」

「ブヒー!!」

「ギャーッ!!」

 

 早速魔人たちから精神攻撃を受ける2人。


 豚以外の3体はリリーに向かって飛びついた。 


 少女は咄嗟に斧を振り回し、辺り一面を血の海に変える。


「おいリリー! そっちが終わったらこの豚を頼む!」

「ちょ……待って……オエ~」


 既に胃の中には何も入っていないため、緑寄りの虹色の液体をぶちまけるリリー。


「ブヒー!」

「おい豚! 聞け! アイツはああ見えてオスだ! オスのなんだ! 先ずはアイツからにしろ!」

「ブヒ?」

 

 かなり無理のある言葉だが、豚の魔人の興味を引くには十分な提案だった。


「へ?」

「ブヒー!」

「いやー!!」


 涙、鼻水、虹色の液体と、色んな体液を垂れ流しながら必死に斧を振る少女は正に修羅。


 豚はあっという間に細切れになった。


「……私刃が付いてない武器がいい……」


 ぐすんとベソを書きながらそう溢す。戦う度に血にまみれることに早くも嫌気が差している様子。


 ちなみに神衣カムイには自動洗浄という有り難くも都合の良い機能が備わっているので、着いた血糊も直ぐにキレイになる。


「駄目だ」

「……なんでよ」


 以外にも神からの返答は却下だった。


「絵にならんだろ。こういうのは剣で戦うのがセオリーで、そういう写真が売れるんだぞ」

「……私が持ってるの斧なんだけど」

「……そうだな。剣を探すか」


 二人は街へと入っていく。


「以外と綺麗なのね」


 街は魔物が好き勝手に暴れているということもなく、道端にゴミが落ちていることもない。


「奴らも知的生命体だからな。汚い街には住みたくないんだろ」

「うぐっ」


 自分達の街は汚く荒れており、魔人達に清潔さで負けているという事実にダメージを受けるリリー。


「ま、まあ、私達は魔人に目を付けられないように敢えて汚い街作りをしてるだけだし? 作戦の内だし? むしろ作戦成功って感じ?」

「お、魔人発見」


 早口で必死に言い訳を捲し立てるリリーを他所に、ウルスラキスは新たな魔人を発見した。


「ねえ、魔人って会う奴全部倒す必要あるの?」

「そう言われるとねえな。キリがないし、ボスっぽい奴だけ倒していけば取り敢えずいいだろう」


 ウルスラキスもこの世界の魔人を絶滅させたい訳ではない。先導者達を開花させ、魔王を始めとした力の強い魔人を討って、人間と魔人とのパワーバランスを整えることが目的だ。

 

「なら無視しましょうよ。寝てるだけみたいだし」


 発見した狐の魔人は木陰で寝ているだけだ。


「でもアイツは使えそうだな。とっ捕まえてボスの所へ案内させよう」

「え? いきなりボスと戦うの!? 流石に怖いわね……」

「大丈夫だ。こんなところにいる魔人に負けるほど神ブーストは弱くない」

「た、確かに強いけど……」

「ちょっと待ってろ」


 ウルスラキスはどこからか縄を調達してきた。


「どこから取ってきたのよ」

「そこの家だ。運良く誰もいなかった」

「ちょっと、もっと慎重に行動してよね」

「心配性だな~」

「見つかって戦うの私なんだから!」


 ぶつぶつと文句を言いながら起こさないよう狐の魔人を縛るリリー。


「よし、起こしてみるか」

「なんかドキドキするわね、こういうの」


 隠れてコソコソ行動することに、幼少期のかくれんぼを思い出す。


「起きなさい」


 ユサユサと狐の肩を揺らすが起きない。


「昼寝でどこまで熟睡してんのよコイツ」

「おら、起きろ!」

「ぐほっ!」


 ウルスラキスはドスッと寝ている腹に蹴りを入れた。流石のリリーもこれにはドン引きだ。


「やり過ぎじゃない!?」

「いいんだよ。だいたい神である俺がこうして働いてんのに、なに呑気に昼寝してんだ?」


 完全な言いがかりた。


「いって~。なんだ?」

「あ、起きた」


 腹を擦りながら狐が起きる。


「おい魔人、ボスのところに案内しろ」

「なんだお前ら、人間か?」

「違う、神だ」

「……?」


 突然意味不明なことを言う男を前に、魔人の頭にはハテナが浮かぶ。


「言うこと聞いた方がいいわよ。こいつ本物だから」

「嬢ちゃんは普通の人間っぽいな」


 会話すべき対象をリリーへと切り替える。


「人間がこの街に何の様だ? よく殺されずに入れたな。ってか悪いこと言わねえからこの縄ほどけ」


 狐は鋭い視線を向ける。


「わ、私達は魔人を討伐して廻ってるの。……ボスのところに案内しなさい」

「おいおい冗談だろ? やめとけやめとけ、ボスは人間が勝てる魔人じゃねーよ」


 さっさと帰れと、半笑いで言う狐。


「リリー、見せてやれ」


 ウルスラキスは魔人が寝ていた木を指差す。


「……わかった」


 リリーは木を抱き、引っこ抜いてぶん投げる。


 ドッシーン!!


 凄まじい音を立てて、木は道に叩きつけられた。


「うるせーな! 何で投げるんだよ! もっと静かにやれよ!」

「え? 指差すだけじゃ分かんないわよ!!」

「ちょっと考えれば分かるだろ!」


 リリーの破天荒な行動に神も驚く。


「……」


 狐の魔人は口をあんぐりと開けて驚愕している。


「とにかく分かったでしょ!? ああなりたくなかったら早く案内しなさい!」

「……へ、へい!」


 狐は大人しく案内することに決めた。


 結果的にいい陽動になった様で、家の裏手から街の中心へと隠れながら進む。


「それにしても姉さんも人が悪い。あんな力があるなら最初に教えてくれればオイラも素直に従ったのに」


 狐の魔人は従順になっていた。


「あからさまに態度変わったわね」

「いや~、オイラもボスのことは一発ギャフンと言わせてやりてえと思ってたんですよ」


 手を後ろで縛られていなければ、揉み手をしていそうなくらいの変わり様だ。

 

「それで、お前らのボスってどんなんなんだ?」

「へえ、ジェバンニって野郎です。奴はゴリラの魔人で兎に角パワーが凄いのなんの。それと、人間の女を囲ってるらしいんですが、部屋には誰も入れないようにしてるとか」

「何ですって!? 許せないわね!」


 同じ女性が辛い目に会っていると知り、リリーは憤怒の炎を目に宿す。


「そーいやお前は襲いかかって来なかったな」

「オイラは戦闘向きの魔人じゃないですからねぇ。そういうのは他の奴に任せてます」


 だからのんびり昼寝をしていたのだ。


 それから少し歩いて到着したのは、少し大きめの屋敷。


「ここです」

「よし、入るぞ」

「え? オイラも?」


 どうやら狐は案内すれば帰してもらえると思っていたようだ。


「当たり前だろ。今解放して別の場所に連れて来られてたら面倒だしな」

「……あ! ここは前に住んでたところでした!」

「……」


 案の定、狐は適当に嘘を付いてやり過ごすつもりだった様だ。


 神と少女のジト目が狐に向けられる。


「そ、そんな怖い顔しないで下さいよ~。勘違いしてただけですから! 本当に!」

「お前、名前は?」


 神から突然の質問。


「へ? ……コンタっていいやす」

「嘘じゃないな?」

「……あ! 勘違いです! コンスケっす」


 勘違いなら仕方ない。

 

「……嘘じゃないな?」

「…………テツオです」

「あんた往生際悪いわね~」


 忘れっぽい狐の名前はテツオという。


「よしテツオ。お前に神罰を与える」

「「えっ!?」」


 いきなりの神からの物騒な宣言に、テツオとリリーは驚いた。


 真偽を測りかねる二人を前に、容赦なくウルスラキスは唱える。


「神の名の元に、魔人テツオに神罰を与える」


 ――実行


 テツオは自身に振りかかる、魔力とも違う形容しがたいおぞましい力を確かに感じ、死を予感した。


 ギュッと目を瞑る。


 フワッ


「あ、あんた! それ!」


 どうやら死んではいないようだと胸を撫で下ろしたテツオは、自身のしっぽの違和感に気付いた。


 無い。


「あああぁぁぁ!!」


 無いのだ。


「毛が!!」


 テツオは毎晩寝る前に、しっぽの毛をといている。今は亡き母から受け継いだ自慢のしっぽ……だった。


 幼い頃から周囲の魔人にも誉められた誇りあるしっぽ……だった。


 それが、今。


 たった今、失われた。


「神よ!! 俺が何をしたって言うんだ!!」


 毛の無いしっぽを掴みながら、テツオは空に向かって叫ぶ。


「答えてみろよ!」


 空から神の返答は無い。

 

「いや、神はここだぞ」

「ええ、神はここね」


 神からの返答は横からだった。


「自業自得だろ」

「自業自得ね」

 

 テツオは誓った。


 これからは正直に生きようと。


 


 

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