第6話 やってしまいなさい、リリーさん!
「さてリリー、この辺りで幅を利かせている魔人は知ってるか?」
「隣街が最近魔人に占拠されて困ってるらしいわ。うちの村もいつ被害がでるか皆心配してたし」
「よし、ならリリーの初陣は隣街のそいつに決定だ」
「いきなり!? 最初は弱い奴で練習させてよ!」
彼女はまだ可愛い服を着せてもらっただけで、自分の力を試してすらいない。
「大丈夫だ。こういうのは街に入るときに雑魚に絡まれるって相場で決まってる」
「どこの相場よ……」
とは言え隣街までは徒歩で1時間程はかかる。
到着まではただ会話に花を咲かせるのみ。
「ねえ、あんた神様なんでしょ? なんでこれまで困ってる人を助けてこなかったの?」
素直なリリーは既に隣の男が神であることは認めている。
「神にも色々と事情があるんだよ。しょっちゅう介入してたらキリ無いしな」
彼らが世界に直接介入しないのは、単純にそう言うルールだからだ。しかし、ウルスラキスは態々そんなことを説明する気は無い。
「本来神なんてアテにするもんじゃないんだよ」
「神様に言われると頷くしかないわね」
「それにしても全然人に会わんな」
彼らが歩き出してから既に30分以上は経過している。
「魔人が怖くて街から街への移動なんて普通の人間には出来ないわよ」
それほどまでにこの世界は魔人によって支配されてしまっているのだ。
「お、なんかいるぞ?」
直前の会話がフラグになったのか、前から魔人らしき影が現れた。
「おいおい! 人間! なーにほっつき歩いてんだよ!」
馬面と鹿面の魔人が二足歩行で斧を片手に威嚇を開始した。
この世界の魔人は基本的にこのスタイルだ。動物と人間を足して2で割ったような造形。もちろんウルスラキスがそう設定した。
「思ったよりも早かったな。な? 言ったろ?」
「た、確かに分かりやすく雑魚っぽい奴が出てきたわね」
ニヤニヤと獲物を見つけて嬉しそうな馬と鹿。
「女の方は結構可愛いぜ? ジョバンニ様に持って行ったら褒美を貰えるかもな」
ありきたりな展開に、ウルスラキスも満足気だ。
「よかったな! 可愛いってよ!」
取り敢えず顔を赤らめて嬉しそうなリリーへとパスをする。
「う、煩いわね! こんな奴に誉められても嬉しくないわよ!」
「あん? 舐めた口利いてんじゃねーぞ!? 状況分かってんのか!?」
二人の余裕な態度に鹿面が声を上げる。
「うっ」
初めて怒声を浴びせられたリリーは若干萎縮してしまった。
「大丈夫だ。ほら、構えろ」
「……え!? 素手なの!?」
「当たり前だろ。まだ武器も手に入れてないからな」
「
「そんな青タヌキが持ってるポケットみたいな機能は無い」
青タヌキ? とハテナマークを頭に浮かべながら、初先頭がまさかの素手であることに絶望するリリー。
「そんなに武器が欲しいなら、あいつらの斧を奪えばいい」
「わ、分かったわよ」
少女は押しに弱いタイプだ。
仕方なく両手を胸元まで上げて、ファイティングポーズらしき構えをとる。
「おい、この女がやるってよ!」
馬と鹿はギャハハと下品な声で笑う。
「今だ、やれ」
「……えいっ!」
トタトタと鹿に近付いて右手を振り抜く。リリーの右手は鹿の下腹部を捉えた。
「ディアッ!?」
鹿面の魔人は、どことなく鹿っぽい断末魔を残して勢いよく吹き飛び、後方の大きな石に激突して無惨に砕け散った。
「なにっ!?」
馬は驚愕し直ぐに距離を取り臨戦態勢に入る。
「……はい?」
対するリリーはと言うと、自身の右手を見つめて呆然としている。
「おおー、飛んだなあ。神ブーストすげえ!」
神は呑気に遠くの鹿を見やる。
「こいつぅ!」
「きゃ!!」
呆けるリリーの巨大な隙を突き、馬面は斧を振り下ろした。しかし、反射的に上げた腕によって簡単に止められてしまう。
「痛った……く……ない?」
斧の刃が腕に当たっているにも関わらず、リリーが感じるのは棒を添えられている程度の感覚のみ。
「
ブーストだのなんだのと言っていたウルスラキスだが、実際に使用されるところを見るのは初めてだ。
大丈夫と言いつつ、その実全く根拠は無かった。
期待以上の効果を発揮する権能に、神のテンションが上がってしまうのは仕方の無いこと。
「やってしまいなさい、リリーさん!」
「この! 貸しなさい!」
リリーは馬面の斧を取り上げ、そして横凪に振り切った。
「モ、モォオ」
牛の様な呻き声を上げ、馬面の魔人の上半身は血を吹き出しながら下半身に別れを告げる。
「ぎゃぁぁああ!!」
自分がやった事ではあるが、眼前に広がるグロテスクな光景に、狩りもしたことが無い少女は腰を抜かした。
「んマーベラスッ!」
「グロッ!……あ! っだめ!」
歓喜の声を上げる神の隣で、少女はキラキラと虹色に光るゲロを吐く。
「リリーよ、よくやった。お前を神の使途として正式に認めよう!」
幼気な少女を半ば無理やり連れてきておいて、勝手に使途認定する悪魔のような神。
「武器も手に入ったことだし、チュートリアルには丁度よかったな~」
かつてプレイした地球のゲームそのままのような展開に神の胸は懐かしさでキュンキュンしている。
「はあ、はあ……」
初めて見る鮮やかなピンク色の臓物が網膜に張り付き、何度も嘔吐する少女の胃もキュンキュンしている。
「さて、もういいだろうリリー。街は近いぞ」
少女の嘔吐姿に飽きた鬼畜のような神は、前進を促す。
「ちょ、ちょっと休憩させて……」
「おいおい、少し大袈裟じゃないか?」
息も絶え絶えなリリー。
戦闘時間は短かったものの、多大な精神的ダメージを負った少女を見て投げ掛ける言葉としては、想像し得る最悪のものだ。
「む?」
ここでウルスラキスは違和感を覚える。
果たして
万能なる神の小さな脳味噌は、競馬場を駆ける馬の足の如くフル回転し、1つの結論に辿り着いた。
「リリーよ、1つ残念なお知らせがある」
「……今? なによ?」
苛立つくらいのタメを作り、神は言葉を紡ぐ。
「どうやら
「……嘘でしょ?」
顔を上げウルスラキスを見るリリー。
そこには耳かき一杯分程度の申し訳なさを含んだ神の顔があった。
「どういうこと!? 魔人には精神攻撃をしてくる奴もいるって聞いたことあるけど!? 私に死ねって言うの!?」
グロシーンに加え、まさかの事実に追撃を食らう。
「焦るな、精神的ダメージなんて全部気のせいだ。身体が動けばどうとでもなる」
「そんな訳ないでしょ! もうやだ! 帰る! うわーん!」
駄々を捏ね泣き出してしまう少女。
「今更帰るなんて言うな」
しかし残念ながら神は使途のクーリングオフは受け付けていない様子。
「金が、名声が欲しいんだろ? 世界中の皆にチヤホヤされたいんだろ?」
「……うん」
「ならお前がしなきゃいけないことは何だ?」
「……魔王を倒す」
「エクセレントッ! 分かってるじゃないか。精神攻撃なんてされる前にブッ飛ばせばいいだけだろ?」
「……うん。分かった」
蛙の子は蛙。欲にまみれた中年の子は見事なまでの俗物だ。
少女の心の天秤は、簡単に俗欲の方へと傾いた。
「しかし精神も一応鍛える必要があるな」
「……そうね。一々吐いてられないわ」
「それについてはあれだ、慣れるしかない」
「はぁ~、そうよね。私頑張るわ!」
すっかりダメージから立ち直った少女は、前を向いて立ち上がった。
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