第5話 魔王を討てなんて言える訳ないだろ!

 「だめじゃん」


 ウルスラキスの計画は、最初の一歩でバラバラに粉砕した。


 いや、元からグラグラと揺れ、吹けば飛ぶような計画だったのだが。


「ちょっと、あんなでも私のパパなの。駄目とか言わないでよ」

「いやー、でもなー」

「元はと言えばあんたのせいなんだからね!」


 正にその通り。


「仕方ない、プランBで行くか」


 たった今思い付いた妥協案に名前を付ける。


「リリーだっけ? お前の家に案内してくれ」

「嫌よ」


 神の乗る神馬スレイプニルよりも早く、リリーは拒絶する。


「は? 嫌とか無いから。神罰するよ?」

「うっ、な、何する気?」

「俺は神だぞ? 今お前の想像してることよりもっと酷いことしてやるよ」


 正に外道。人でなし、いや神でなしな発言だ。


「このドスケベ神!!」

 

 神の言葉に胸元と股間を手で隠す少女。


「え? いや何想像しとんねんワレ!」

「私が可愛いからって、……最低ね!」

「えー、こいつめんどくさっ!」


 何はともあれ半泣きの少女に先導されて家に上がり込んだ神は、自分の家の様に寛ぐ。


「……何が目的なの?」

「まあいいからいいから、ユーシが帰って来たら起こしてくれ」


 ウルスラキスはそのまま目を瞑り寝息を立て始める。


「み、水浴びだけはしておこうかな」


 神が寝ている隙に、少女は1人裏手の井戸で水浴びをしに行った。


 少しして立て付けの悪い玄関の扉がガラガラと開けられる。


「帰ったぞ~」


 ノソノソと帰ってきたのはこの家の主、ユーシだ。


「おわっ! 誰だコイツ!」


 居間で横になる得体の知れない男を見て驚きの声を上げる。


 隣には何故か少しモジモジと居心地悪そうに座る娘。


「ちょっと起きなさいよ! パパ帰って来たわよ!」


 バシバシと頭を叩かれてウルスラキスは目覚めた。


「おお、帰ったか」

「なんだお前!?」

「なんだとは酷いな、ユーシ中年。俺だよ俺」


 どこぞの詐欺師の様に自身をアピールする自称神。


「あん?」


 眉間にシワを寄せて男を睨んだその顔は、驚愕の表情へと変わった。


「ま、まさか、……神……なのか?」


 震える声で問うユーシ。


「正解! 神だ! 久しぶりだな!」

「ど……」

「ど……?」

「どの面下げて今さら来とんじゃコラ!」


 中年は荒んだ世界の荒波に揉まれ、怒りっぽくなっていた。


「ドウドウ! 落ち着けよ。約束通り来たじゃないか」


 ちょっと遅くなったけど、と小声で付け足す神。


「ちょっと!? 27年だぞ!? 今更魔王なんて倒しに行けんわ!」


 彼は時を経て立派な木こりになっているのである。


 木は切り倒せても魔王を切り倒すことは、最早彼の仕事ではない。


「分かってるよ、そんなことは。そこで提案が有って来たんだ」

「……提案?」


 一度騙された人間は、そう簡単に心を開かない。


「怪しい話じゃない」


 神は怪しさ満点の顔で言う。

 

「君の娘、このリリーを代役にしようと思うんだ」

「わたしっ!?」

「そう、お前だ。先導者、力を与えた人間の子どもは、少なからずその力を継承している筈だ。リリー、お前は他の人間よりも力が強かったり魔力が多かったりしないか?」


 今更だが、この世界には魔力が存在する。


 先導者としてポイントを降った人間の子どもは、その力や知恵を継承する傾向にある。これは開花しない先導者の救済措置的なシステムで、血族に可能性を残すものだ。


「た、確かに他の子より魔力は多いかも」

「だろ? つまりはそう言うことだ」


 神は渾身のドヤ顔を披露する。


「ど、どういう事だ?」


 しかし残念ながら目の前の中年は理解に至らなかった。


「だーかーらー、俺がリリーを鍛えて魔王を討伐させるってこと!」

「魔王の討伐なんて、無理よ!」

「バカ、俺は神だぞ? 神の辞書に無理なんて言葉は無いんだよ」

「お、俺じゃ駄目なのか?」

「お前は無理だ。絵にならん」


 無理はあった。


「ならアンタが倒せばいいじゃない!」

「それは無理なんだ、ルールってもんがある」

「無理ばっかりね!!」


 ルールはきっちり守った上での勝負が大事。


「しかし、娘を魔王討伐に向かわせるなんて、……親として出来る分けない! 魔王を討てなんて言える訳ないだろ!」


 親として子を危険な場所に送ることに忌避を感じない者はいないだろう。


 中年は拳を振るわせて叫ぶ。

 

「分かってないな、ユーシ中年」


 ところが神はチッチッチと舌を鳴らす。


「魔王を倒したら何が起きると思う?」

「なんだ?」


 自分で考えるということはしない主義の中年は、直ぐに答えを求めた。


「革命だよ。産業革命だ!」

「……産業革命?」

「ああ、魔王が討たれれば世界に平和が訪れる。そうするとだ、これまで不可能だった様々な産業が発展する」

「……発展するとどうなる?」


 少し間を置き、人差し指を立てて神は答えた。


「革命が起きる」


 静寂が三人を包んだ。

 

「そ、それでどうなるんだ?」

「え? その後? その後は……、あれだ、パーティーみたいなもんだな、うん。勇者として有名になった可愛いリリーの写真とかめっちゃ売れて、お前ら家族はウハウハ大金持ちだ!お前の写真じゃ売れないだろ? よかったな、可愛い娘が産まれて!」


 かつてレイネシアナに教えてもらった知識は、ウルスラキスの脳内フォルダの競馬の予想屋の情報よりも少し下に仕舞われている。


 その為直ぐに取り出せず、なんともお粗末な説明になった。


「大金持ち……」


 しかし、互いに理解していない者同士ではあるが、奇跡的に下卑たクソの様な下心によって心を通わせた。


「仕方ない、世界の危機なんだ。俺の代わりに行ってこい! 魔王を討て!」


 言えた。この中年は実の娘に対して「魔王を討て」と言うことができる最低の男だったのだ。


「無理無理! 私喧嘩すらしたことないし!」

「俺を誰だと思ってる? 神だぞ? 喧嘩の経験なんて無くても大丈夫だ」


 救済制度の認定により世界に降りる神の力は1000分の1になるものの、特別に与えられる権能が2つある。


「その内の1つが≪神ブースト≫だ」

「神ブースト?」


 秩序の神にネーミングセンスを求めてはいけない。


「ああ。簡単に言うと、神の近くにいれば凄い力が出せるようになる」

「うわ~、何とも曖昧ね。神様って皆こうなの?」

「まあ大体こんな感じだ」

「ふ~ん、まあ自由な感じが神様っぽいのかな」


 ウルスラキスのせいで要らぬ風評被害を受ける神々。


「その凄い力ってのはどのくらいなんだ?」


 中年も気になる様子。


「そうだな、並みの魔物なら一撃で粉砕できるレベルかな?」

「反則じゃない」

「だから言っただろ。但しこれは肉体への影響もデカい」


 力を得るには代償がいるもの。


「ど、どうするのよ?」

「そこで2つ目の権能、≪神衣カムイ≫の出番だ。こいつは防御力やら魔力やら色んなモンを爆上げする衣を任意の者に装纏させることができる」


 総じて神の力の貸与といったところ。


「なんでもありね! 尚更私じゃなくてもいい気がしてきたわ」

「そう言うな。物は試し、1回着てみるか?」

「そんな簡単に着れるの?」

「最初の1回は俺が念じるだけだ。あとは自分で念じれば一瞬で装纏できるよになるぞ」

「やけに便利ね」

 

 神の権能だ。便利に作られているのは当然。

 

「じゃいくぞ。よっと」


 軽い掛け声と共に、リリーの身体が神秘的な光に包まれる。


 ふわっと弾けた光の後に現れたのは、神の衣装を身に纏ったリリー。


「あ、意外と可愛いのね。でもちょっと……恥ずかしいかも……」


 顔を赤らめる少女。少女が差し出す代償は羞恥心だったようだ。


 その衣装は白いカッターシャツに赤いネクタイが結われている。腰から下はプリーツのある紺と白のチェック柄のスカート。


 詰まるところ、女子学生の制服だ。


「だろ? デザインは俺だ。他の世界の衣装を参考にさせてもらった」

「へ~。思ったより動きやすいし、ま、まあ気に入ったわ」


 恥ずかしさはあるものの、満更でもない様子。

 

 セーラー服は世界を超えて少女の心を掴んだ。


「わ、悪くねえな。これは売れそうだ」


 そして醜い中年の心もしっかりと掴んでしまっていた。


「で、でもこれだけで魔王と戦えるとは思えないんだけど」

「ごちゃごちゃうるせーなー。お父さんからも言ってやってくださいよ」

「リリー。お前には世界を救済する使命があるんだ。行ってきなさい」


 大人二人はついに結託して少女を唆し始めた。


「パパまで……」

「大丈夫だ。魔王なんてちゃっと行ってちゃっと片付けちまえばそれで終わる。俺も着いてくし死ぬことは……ないだろう」

「言い淀まないでよ!」

「まあそんなに嫌ならいいんだ。お前が今決めないなら他に行くだけだからな。その結果、得られるハズだった地位、富、栄誉が他の人間に渡っても後悔するなよ?」


 よくあるセールスの文句を使い決定を急かす神。


「うっ……。分かった、分かったわよ! 行けばいいんでしょ!」


 少女も中年の子。富や名声に釣られてしまっても、それは遺伝のせいであって少女のせいではない。


「よーし、いい子だ。ほら、そうと決まれば準備しろー。すぐ出発だ」

「元気でな……。頼むぞ、リリー」


 既に目がお金マークになっている中年は、赤球保留の激熱演出リーチの行方を見守る様な気持ちだろう。


 バタバタと準備を整えて、30分もしないうちに出発を迎えた。


「みんなに挨拶もできてないじゃない。はぁ、本当にすぐ帰って来れるんでしょうね?」

「大丈夫だ、心配ない」


 最終的に富と名声に釣られた少女だが、やはり不安はある。


「しっかりな、リリー。神様、娘をどうかよろしく頼む」


 こうして薄汚い父親の期待を一身に背負った少女は、胡散臭い神と共に世界を取り戻す旅に出るのであった。

 

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