第4話 ヤル気に満ち溢れた中年
秩序の窓口の仕事は遅い。
本当に神が作り出した配下なのかと思う程にゆっくりで、融通が利かない。
いや、秩序の神が作り出したが故に、正確で、例外を許さないのだろう。
大体の神は、秩序とはそういうものだと割り切っている。
停滞世界救済制度の申請を受けてから調査が終わるまでの時間は、神々の感覚では「ちょっと長いかな」くらいであったとしても、果たして彼らの世界の中での時間はどのくらい経過しているのか。
「ウルス様~、何かポストに入ってた」
ズボラでマイペースな神の場合は忘れてることもあるかも知れない。
「何これ? ……あ!」
封筒に書かれているのは「停滞世界救済制度」の8文字。
「あー、調査長過ぎない? 忘れてたわ」
「なんかあったね、こんなの」
勿論ウルスラキスは忘れてしまう側の神である。中に入っている通知書を広げ内容を確認する。
「えーっと、なになに? おー、申請通ったってよ!」
「へー」
桃色の髪の配下に至っては興味すら失っている。
「報告とかいるからな~。ちょっくら行ってくるわ」
「は~い」
「100年くらいで戻るから、適当に過ごしててくれ」
「100年!? やったー! サーシャとゲームしよっと!」
前にも聞いた筈なのに、ポンコツ天使は何度でも喜べる得な奴なのだ。
んじゃと散歩にでも出かけるノリで家を出たウルスラキスは、良いアドバイスを貰おうとレイネシアナの元を訪れた。
「レイネー。いるー?」
いつも通りの挨拶でズカズカと屋敷へと入っていく。
目的の神は、これまたいつも通りの部屋でいつも通り読書をしていた。
「やあ、ウルス」
「おっす。例の申請が通ってさ、ちょっくら行ってくるわ」
「例の申請? ああ、救済制度のことか。よかったね、通って。君の場合は100年かな?」
自分のことでもないのにしっかりと内容を理解し覚えているのがこの神だ。
「おうよ。なんかアドバイスある?」
「アドバイスか……。神の力は1000分の1に抑えられるんだろう?」
「そうなんだよな~。でもちゃんと種は撒いてきたから、育成ゲームだと思ってやることにしたんだよな」
種とはポイントを与えた先導者のこと。
「どのくらい撒いてきたんだい?」
「……10くらい? いや、20くらいかな?」
ここに来て、そう言えばちゃんと数を聞いてなかったことを思い出す。
「まあそのくらいいれば一人くらいは使えるキャラクターがいるかもね。私なら先ずはそのキャラクターを集めて一番強い者を決めた後に、それを強化していくかな」
「なるほど、効率は良さそうだな」
その後もふむふむとメモを取っていくウルスラキス。
「君が魔王とやらを殺す訳にはいかないんだよね?」
「そうなんだよ、それが出来たら楽なんだけど、そーゆうのは過干渉だって通知書に書いてあった」
「流石秩序の配下だね。しっかり調査されている」
「遅すぎだけどな」
「とりあえず種は撒いてあるようで安心したよ」
実は調査には時間がかかるだろうからと、予め手を打っておくように言ったのもレイネシアナだ。
「あとは現場判断で臨機応変にいくしかないからね、君の腕次第だ。私も偶には様子を見に行くよ」
「是非来てくれ」
レイネシアナが来たときにちゃっかりアドバイスを貰う気満々のウルスラキス。
「じゃあなー」
「ああ、楽しみにしている」
レイネシアナの屋敷を後にした彼は、そのままの足で自らの世界へと降り立った。
**********
世界基準であれから何年たっただろうか。
街は相変わらず荒んだままだ。
「えーっと、あのガキの名前は確か、……フリードリヒだっけ? なんか違う気がするな……」
浴衣姿の神が、記憶の彼方へと行ってしまった少年の名前を引っ張り出しながら歩いていると、赤の塗料で文字が書かれた
「なんだこれ? 勇者反対?」
道の脇に立てられているピンクの幟には、勇者反対と大きく書かれている。
さらに進むと、広場で何やら集会が開かれていた。
「ゆうしゃー、はんたーい! 神はー、死んだー!」
小太りな金髪の男が中心となり、何やら不穏な言葉を並べている。
回りの人間も彼に同調するように声を上げる。
「ゆうしゃー、はんたーい! 神はー、死んだー!」
「怖っ! 何だこいつら」
何かに取り憑かれたように同じ言葉を繰り返す人間を見て、神と言えども鳥肌を抑えられない。
「あんた余所者?」
ふと背後から声がかかる。
「見ない顔ね。どっから来たの?」
振り向くと仁王立ちになり、綺麗な金髪をツーサイドアップにして朱色の瞳で睨みを効かせる少女がいた。
「ああ、俺は神だ。今丁度神界から降りてきたとこでな、人を探してるんだ」
「神? あんた正気? この街で神を名乗るなんて自殺行為よ?」
少女は奇妙な集会を指差す。
「……俺はウルス。今丁度この街に着いたとこでな、人を探してるんだ」
今なお聞こえる呪言のような声に、神は何事も無かったかのように紹介文を訂正する。
「ふーん、新参者って訳ね。気を付けなさいよ。それで、探してる人って?」
いきなり襲いかかって来ないのは、この少女が常識ある人間だからかもしれない。
「確かムッソリーニとかいう小僧でな、髪は嬢ちゃんみたいな金髪で、瞳は嬢ちゃんみたいな朱色なんだが」
「なにそれ、キモいわね。ムッソリーニなんて子どもはこの街にはいないわよ」
最早、というより初めから原型を留めていない名前では見つかる筈もない。
「あれ~? おっかしいなー。確かにこの街だったと思うんだが、……ムッキリーニだっけ?」
「知らないわよ。他に特徴無いわけ?」
「うーん、他の人間よりちょっと強いかな? 勇者になれって言っておいたんだが……」
「……まさか、そいつの名前って『ユーシ』じゃない?『ユーシ•ヤディアール』!」
「おー!なんかそんな名前だった気がしなくもない!」
今一ピンと来てないくせに、それっぽい反応をみせる神。
「……てことは、あんたまさか本当に神様だったり?」
「んあ? あー、見方によってはそうかもしれんし、そうじゃないかもしれん」
神は滅茶苦茶予防線を張る。
「本当にいたのね、嘘だと思ってた……」
「知ってんのか? 嬢ちゃん」
何やら意味深な言葉を紡ぐ少女。
「……私の名前はリリー•ヤディアール。あそこで声を上げてる小太りのおっさん、ユーシの娘よ」
「う、うっそーん」
「ゆうしゃー、はんたーい!神はー、死んだー!」
振り向けば唾を飛ばしながら叫ぶ男が目に入る。
「えー、……あいつ今何歳?」
「……37歳。職業は木こりよ」
時の流れは残酷だ。
やる気に満ち溢れた顔をしていた少年は、ヤル気に満ち溢れた中年へと変貌を遂げていた。
調査を待つ間に、世界時間では27年の歳月が流れていたのだ。
ユーシ少年も最初は神の言葉を信じて鍛練を積んでいたが、5年10年と経つうちに周りから煙たがられるようになった。
それでも神を信じる彼を、周りの人間は生暖かい目で見守り、目を覚ますのを待った。
25歳になり、食べるために職に就き、勇者への道を諦めたと同時に彼の心を覆ったのは神への憎悪だ。
それは奇跡的に結婚し、子を成した今でも彼を蝕んでいる。
「……だめじゃん」
停滞世界の修正は、早くも暗礁へと乗り上げた。
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