第5話 孤児院
リゼナが孤児院に着いたのは約束の時間ギリギリだった。
「リーナ、遅いよ!」
「全く! とろいよな、リーナは」
子供達が門まで出て来てリゼナを迎えてくれた。
「ご、ごめん……これでも急いで来たんだけどね……」
「どうせ、図書館にいて時間を忘れてたんだろ」
鋭い指摘にぎくっとリゼナは肩を揺らした。
だけど、本を読んでいて時間を忘れていたわけではない。
司書との話が少し長引いただけだし、読みたい本は結果的に読めなかった。
「リーナ? どうしたんだ?」
リゼナが気落ちしているのを察して、少年は言う。
彼はルイという名で子供達のリーダー的な存在だ。
リゼナを揶揄ったり、悪戯も好きでやんちゃだが、子供達にはとても優しく、みんなが彼を慕っている。
「読みたい本がなくなっちゃったのよ……探したんだけど見つからなくて」
「それで遅くなったのか?」
「そうなの」
しゅんっと項垂れるリゼナを見て、ルイは『何んだ、どんなことか』と息をつく。
「おい、みんな! リーナへの悪戯は中止だ!」
そう言ってルイが声を上げると虫かごを持った子供達が建物の影から飛び出して来る。
「何でだよ!」
「一生懸命捕まえたのに!」
「俺達、頑張ったんだぞ⁉」
リゼナを驚かせるために虫をいっぱい集めたらしい。
どうせならこの無邪気さと労力は別の所で発揮してもらいたい。
「元気がないリーナに悪戯しても楽しくないだろ」
ルイの優しいんだか、優しくないんだか分からない発言に子供達は『確かに』と頷く。
とにかく虫を大量に使った悪戯はされなくて済んだことに安堵する。
「のろまのリーナ、ほら行くぞ。チビ達が待ってるんだ」
「はいはい」
立ちっぱなしのリゼナの手を取り、ルイは歩き出す。
その姿はいっちょ前に男の子なのだ。
可愛らしくも頼もしいルイの姿にリゼナは頭を撫で回したくなるがぐっと堪える。
そんなことをしたら怒られちゃうわね。
「おい、ニタニタするなよ。気持ち悪いな」
リゼナの考えていることを察したのか、ルイは振り返り、不気味なものを見る目でリゼナを見た。
こういう所は可愛くない。
ルイや他の子供達と一緒に建物内に入り、講堂へと足を運ぶ。
既に椅子に座って待っていた子供達の前に座り、持って来た本を開いた。
*********
子供達への読み聞かせはリゼナが教育的に良さそうな本を持って行くが、子供達からのリクエストも受け付けている。
子供達が読んで欲しい本を後で読むことも多い。
読み聞かせが終わる時間になると子供達は夕食の準備の手伝いに入るが、小さい子供達はもう少し遊ぶ時間があるので広間に流れる。
子供達が講堂から出て行き、一仕事終えたリゼナは帰り支度を始めた。
荷物をまとめ、使った椅子を綺麗に並べて、最後に院長先生へ挨拶をしてから帰るのだ。
椅子を並べ直していると入り口に本を持って立っている小さな女の子がいることに気付いた。
白髪で色白の小さな少女は今にも消えそうな儚さが漂っている。
なんだか……とっても痩せてるわね……。
他の子と比べてもかなり華奢で、それがやけに気になった。
「みんなは広間に行ったわよ?」
そう声を掛けると少女はゆったりとした歩みでリゼナに近づき、無言で本を突き出した。
「今日はもうおしまいなの。また今度でもいい?」
しかし、少年は本を引っ込める気配がない。
「あなた、名前は? 次はあなたの本を読むから、今日はごめんね」
そう言って断るが、少女は無言のままだ。
もしかして声が出せないのかしら?
孤児院には様々な事情で親元を離れた子供達があつまる。
もしかしたら、この子も複雑な事情があって声が出せないのかもしれない。
そう考えると何だか無下にできず、リゼナは差し出された本を手に取る。
するとその本はリゼナが読みたかった『白雪の赤い心臓』だったのだ。
喉から手が出るほど読みたい。
しかし、内容は子供向けではない。
こんな残忍な物語を子供に読み聞かせたとなれば、非難されるのは目に見えている。
だが、そんな思考は少年の微笑みによって吹き飛ばされた。
幼いのにまるで年頃の少女のような妖しさを秘めていた。
「し、仕方ないわね……少しだけよ?」
リゼナは喉の渇きを潤すように本を開いた。
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