第4話 魔女狩りと消えた本
「最近物騒な事件が続いているからね」
意気消沈しているリゼナに声を掛けてきたのは司書だ。
白髪で眼鏡をかけた中年の男性は窓の外に見える騎士達を見ながら言う。
「あなたも気をつけなさいね。狙われてるのは魔女ばかりと言うじゃないか」
最近、連続して魔女が襲われる事件が起きている。
詳しいことは分からないが、魔女の心臓を持ち去る悪趣味な殺人らしい。
十五年前、先王のクーデターによって長きに渡る魔女狩りは幕を閉じた。
その期間は二十年ほど。
歴史の中でみればほんの一時ではあるが、この二十年間で多くの魔女が命を奪われた。
リゼナも魔女狩りで祖母と母を失った。
先王から魔女狩り中止が宣言されたのは祖母と母が殺された翌日だ。
あと一日、あと数時間、早くそれが宣言されていれば二人は助かったかもしれないのにと、何度悔やんだか分からない。
しかし、失ったものは戻らない。
多くの魔女達は前向きな選択をして人生を歩んでいるが、過去に囚われ、憎しみと悲しみから抜け出せない魔女達も多い。
魔女ばかりが狙われている今回の事件は魔女狩り賛同派だった先々代派閥達によるものではないかとの噂もあり、多くの魔女達が警戒している。
「ありがとうございます。気を付けます」
正直、自分には関係のないことのように思う。
狙われたのは氷の魔女、水の魔女、雷の魔女など複数人に渡るが、共通点と言えばみんな攻撃性の高い能力を持つ魔女達だ。
彼女達は国の発展に大きく貢献し、国防も任されるような国の最前線で活躍できる魔女達だ。
それに比べて自分は書類仕事しか能のない事務所属の魔女である。
下位で非攻撃系の弱小魔女だ。
魔女達は一人一人が一つの能力を持っている。
皆が同じような魔術を使えるわけではなく、一人に一つの能力を持つ。
故に彼女達のような魔術はリゼナは使えないし、リゼナの魔術も彼女達には使えない。
事件の傾向的に犯人は攻撃性の高い魔女ばかりを狙っている気がする。
攻撃性ゼロの自分には関係ないのではないか。
「まだはっきりとしたことが分かっていないからね。自分には関係ないような顔してるけどね。気を付けるんだよ」
考えていることを見透かした司書がリゼナに重ねて忠告する。
「そろそろ孤児院へ行く時間じゃないのかい?」
その言葉にはっと時計を見ると時刻は午後二時前。
リゼナは孤児院でボランティアの読み聞かせを行っている。
今日はそのボランティアの日なのだ。
今日、子供達に読み聞かせる本は既に決まっている。
子供達の反応を想像しながら本を選ぶのも楽しいし、読み聞かせをしている最中のわくわく、どきどきした子供達のキラキラした顔を見るのも楽しい。
リゼナにとっては本を読む一人の時間以上に楽しい時間なのだ。
楽しみに待っている子供達のためにも遅刻は許されない。
「行けない! 急がなきゃ!」
リゼナは慌てて立ち上がり、本を片付けようとした。
「あれ?」
先ほどまで手元にあった『白雪の赤い心臓』の本がないのだ。
あれ? どこに行ったの?
「どうしたんだい?」
「本が見当たらなくて……」
鞄の中や、机の下や椅子の下を探しても見つからない。
「もしかしてさっきの人が持って行ったのかも……」
いや、人が読んでいた本を持って行くことなんてある?
普通は考えられないけど、それしか考えられなくない?
「まぁ、たまにそういうこともあるよ」
「まだ読んでなかったのに…………」
読むことを渇望していた本を一度は手にしたのに、渇きを満たさぬまま姿を消されるなんて思ってもいなかった。
余計に喉が渇くような感覚に陥る。
「有り得ないわ」
私が先に読む権利を得たのに。
自然と不満が口から零れる。
「ほらほら、時間だよ」
「あぁ! いけない!」
司書の男性に宥められながら、リゼナは急いで図書館を飛び出した。
********
リムは一冊の本を片手に廊下を歩いていた。
まさかこんな所で渦中の本に出合えるとは思わず、歓喜した。
しかし、喜んだのも束の間で手元の本はまるでリムを拒むようにボロボロと形を崩し、消えようとしている。
「隊長、それは……」
建物の外に出ると部下のケイト・シモンズが駆け寄ってきて異様な光景を凝視する。
そして遂に、本は完全に消えてなくなってしまった。
リムは口元に笑みを作り、ケイトに言う。
「小人は今夜も現れる。必ず」
「何か分かったんですか?」
ケイトの問いには答えずリムは歩き出す。
確かに、ミオーナ・ルナの千里眼は外れていたわけではなかったようだ。
時間を無駄にしたことは事実だが、これで事件は解決に大きく近づける。
分厚いレンズの眼鏡をかけた三つ編みの事務官。
時代遅れの地味な女で図書館に寄生する本の虫は騎士団にまで噂が届くほど有名だった。
「見つけたよ、詩編の魔女」
春の風が吹き抜ける中でリムは不敵な笑みを作った。
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