第2話 国の危機

「どうだ? ミオーナ」


 金髪の美しい女性は眉根を寄せて瞼を閉じたまま首を横に振る。

 

「申し訳ありません。ただ、この近くにいることだけは感じ取れます。ですが……今日はもうこれ以上は見えないと思います」


「また明日か」


 深い溜息をついた若き国王ジオルドは悩まし気な表情で天井を仰ぐ。

 

 人間よりもはるかに優れた知識と技術を持つ魔女達を恐れ、魔女狩りを施行し、狂王と呼ばれた先々代が崩御して十五年。


 先々代は先代のクーデターにおいて崩御し、直ちに魔女狩りは中止された。

 しかし、魔女狩りによって魔女達の激しい憎悪は未だに王族や当時魔女狩りに賛同した貴族達に向けられている。


 魔女の力はこの国を支える大きな力だ。


 ジオルドは先代が存命だった頃から魔女達の遺恨を取り除くことに尽力してきた。

 先王は持病があり、王座に就いた期間はとても短かったが魔女達に真摯に向き合い、信頼関係の修復に努めていた。


 魔女を保護し、身元を保証し、身の安全を保障する。

 その代わりに、国の求めに応じてその力を使用すること。


 先代から少しずつ魔女達との信頼関係を築き上げ、混乱していた国内も少しずつ落ち着きを取り戻して来た。


 しかし、未だに魔女狩りで仲間を殺された魔女達の憎悪は根強く、最近も質の悪い事件が起きた。


 『悪しき魔女の本』が市井に放たれたのだ。


  これは詩編の魔女が作り出した残忍な物語のシリーズで本に触れた者の生命力や魔力を奪い、力が満ちると登場人物達が物語に沿って動き出す。


 内容が内容なだけに厄介だ。

 

 この本は封印の魔女によって封印され、危険物を保管する場所に置かれていたが、封印が弱まっていたところをと何者かの手によって封印が解かれ、市井に放たれてしまった。


 封印を解いた者は未だに見つかっていない。


 本の封印を解放ち、市井を混乱させることで王家信用を失墜させるのが目的だと推測されるが、確かではない。


「狙われているのは能力の高い魔女ばかり……このままではまた優秀な魔女達を失ってしまう」


 疲労と焦燥が滲む声でジオルドは呟く。


 このまま『悪しき魔女の本』を野放しにしておくわけにはいかない。

 この件を早急に解決できなければ魔女達の不満は溜まり、魔女達が国に牙を剥くきっかけになるかもしれないのだ。

 

 既に魔女狩りで多くの仲間を失い、国に対して憤っている魔女はまだまだ多い。

 彼女達を刺激すれば、いずれは国を転覆させるような戦争が起きるかもしれない。


 自分の代でそんなことは決してさせたくない。


 この事件には国家の命運がかかっていると言っても過言ではないのだ。


 すぐさま捜査部隊が組まれ、捜査に当たっているが被害は拡大するばかりでこれといって進展はない。


 必要なのは『詩編の魔女』の力だ。

 この本を作った魔女と同様の能力を持つ魔女を探し、物語の書き換えと封印を施さなければならない。


 その詩編の魔女を探しているが、魔女狩りのせいで魔女の数そのものが激減し、同じ能力を持つ魔女が複数いることがほぼない状態になっている。


 幸いにもミオーナの千里眼で詩編の魔女が存在し、この近くにいることまでは突き止めたが、その人物を特定することができない。


 ミオーナの千里眼は体調に左右されやすく、身体にも負担がかかるので無理には使わせられない。


「申し訳ありません、陛下。私が至らないばかりに……」


 俯くミオーナの華奢な肩に触れ、ジオルドは微笑む。


「気に病むな。うまくいっていないのはそなただけではない」


 ジオルドは優しい声でミオーナを慰める。


 その様子を壁に寄りかかり、興味なさそうに見ていた黒髪の青年は背中を壁から離し、無言で背を向けた。


「おい、リム!」


 ジオルドは黒髪の青年、リムを呼び止める。


 振り向きざまにさらりと艶やかで黒い髪を揺らし、リムと呼ばれた青年は振り返った。


「これ以上は時間の無駄。次からは連絡にしてくれる? 何度やっても人物が特定できないんじゃ、僕がここに来る意味もない」


 そう言ってジオルドと千里眼を持つ魔女、ミオーナに鋭い視線を向けた。


「早急に『悪しき魔女の本』を本棚に戻したいなら僕の邪魔をしないでよ」


 金色の瞳が放つ威圧感に二人は息を飲んだ。



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