第3-2話

 うーん、店は開けてしまっているが、ほこりがないかは気になる。

 宝飾店が不潔など、あってはならない。掃除は念入りにやっているが、それでも気になるものは気になる。


 チリチリン♪


 おっ、まだ開けて間もないが、一番客が早い。良い事だ。


「いらっしゃいませ…おや?」


 私服になってはいるが、先日結婚指輪が欲しくて来店したお客様だ。

 今日は女性と二人できた。


「あ、先日はどうも…。あの後彼女と話をしまして、一緒に選ぼうってなりました」


「いえいえ。私も出過ぎたことを申しまして失礼いたしました。ご来店ありがとうございます」


「店主さん、うちの馬鹿を止めてくれてありがとうございました。もし、勝手に指輪なんて持ってきたらひっぱたくところでした」


 そう言って頭を下げた彼女さんだが、なかなか気が強いな…。

 あのとき、適当な指輪を見繕わなくてよかった。


「お二人でしたら迷いもありませんね。自信を持っておすすめできます」


 俺も自然と笑顔になれる。前は彼に厳しい事を言ってしまったからな。今日は控えないと。


「それで……、指輪って必要なんでしょうか?」


「と申しますと?」


「お恥ずかしい話なんですが、あまり貯えがなくて…、指輪にお金をかけるのもどうかと…」


「そうですか。しかし、それは私には判断できかねます」


「そ、そうですよね…」


「必要か必要でないかと言われれば、私は必要ないならそれでいいと思います」


「え?」


「お客様。結婚指輪ってなぜ必要かわかりますか?」


「そ、それは…」


「難しく考える必要はありません。指輪をもらったら、嬉しいか嬉しくないかということです」


「それはもちろん嬉しいです」


「ならば答えは出ています。指輪を受け取るべきです」

「私が思うに、指輪というのは写し鏡です。何のと言われれば、それは贈った相手の心です」

「彼が自分の心を全部のせてあなたに贈ったもの。それが結婚指輪です。別に指輪じゃなくても宝石そのものだったり、相手の好きなものだったり、想いが一緒なら形が違っても同じことです」

「彼の贈った指輪を受け取るというのなら、彼そのものを受け取ると等しい。そう考えたら指輪がいかに尊いものかわかるでしょう」


「……そんなふうに考えたことがありませんでした」


「ご安心ください。彼も同じでした。それどころか、世の大半はそう考えたことがありません。私はいつも説教臭くなってしまうことが欠点なのですが、お客様に後悔してほしくはないのです。ですから、失礼を承知で申し上げています」


「…ありがとうございます」


 ちょっと涙ぐんでいる。言い過ぎてしまったかな。


「ねえ。私に指輪くれる?」


「ああ、もちろんだ。そのために来たんだろ?」


「……うれしい」


 彼の胸元で泣き出してしまった。素直な気持ちはお互いの心に一番響く。


 この二人は幸せになれる。


 俺の仕事はできたかな。


「店長さん。私に合う指輪を見せてもらえますか?」


「ええ、もちろんです」


 指輪を選ぶ二人の顔は、終始明るかった。

 俺も希望に精一杯応えた。こんなに楽しい時間はない。


 結局彼は、自分の給料の5倍だという指輪を買った。

 彼女は文句を言いながらも笑顔を隠せていなかった。


 そんな二人を、俺も笑顔で見送った。

 二人の門出に幸多からんことを。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る