第2話 鋭利な瞳
ふむ。今日は些か静かな夜だ。こういう日もたまにはいい。
日本の夜は騒がし過ぎる。昼に活動する動物が、夜も動き回っては
俺が言っても何の説得力もないのだが。
チリチリン♪
今日もいらっしゃったか。さて、今回はどんなお悩みの方かな。
「いらっしゃいませ」
「ここは宝石を扱っているところで間違いないかね?」
「…ええ、おっしゃる通りでございます」
表に『宝飾店』と書いてあるんだから、宝石を扱ってないわけがないのだが、意外とこんな質問は多い。
しかし、これは仕方ない部分もある。宝飾店といっても、装飾品だけで宝石を扱ってない店もある。石が付いていようが付いてなかろうが宝飾品に違いはない。それに、宝飾品店を開業するにあたって、必要な資格とか権利とかもない。なろうと思えば誰でもなれるのだ。しかし、だからといって素人に務まるかといわれたらノーだ。
宝石とは小さい粒に数万、数十万という値が付く。それだけ希少かつ加工に手間がかかるということだ。それだけに、キズ・欠け・濁り・ヒビといった美的価値を下げるものに厳しい。それを素人が正確に見抜くことは不可能だ。
俺は『宝石鑑定士』という資格を持っている。持っているからといって別段売り上げが伸びるわけではないのだが、少なくとも商品の価値担保に一役買ってくれるだろうとは思っている。『宝石鑑定士』がチェックした物なので、品質を保証しますよというアピール程度のものだ。ただ、それだけに自分が扱う商品には自信がある。
一方で、資格があろうとなかろうと宝石を見る目に長けている人もいる。それはそれでいいと思う。何しろ資格を取ることのハードルが非常に高いのだ。コストもかかる。だから、そんなものなしに商売する人は多い。資格という建前がなくとも、誠意があって品物が良品ならば何も言うことはない。
問題は、そういったものが何もなく、ただあるものを売るだけの者。いや、それならばまだいい。さらに悪いのは、悪意に満ちた物であることが分かっていながら、売りに出す者たちだ。
宝石・宝飾品は単価が高い。それは当然販売価格に現れてくる。すると、不当に利益を得ようとする者が後を絶たないのだ。
とりわけ、宝飾品の偽品ともなれば、ケタが2つ3つ、下手をすると4つ落ちてもおかしくない。その落ちた分はまるまる利益になるというわけだ。買わされた方はたまったものではない。だが、そういったことを知らずに買ってしまう人もまた多い。だから、そういったニセモノ騒ぎは無くならないのである。
俺は店主として誇りと責任をもって切り盛りしてきたつもりだ。そうはいっても、初めての来店だとそんなことはわからないので、できる限り丁寧な接客を心掛けるだけである。
「私は、この年になってそれなりに地位が付いてきた。だから相応の身なりというものに気遣う必要があるわけだ。だからここに来た」
「なるほど。承知いたしました」
仮にサラリーマンだとしても、役職が上がれば収入も上がるだろう。部下を持つだろう。基本的にスーツ一式の身なりでは名刺交換くらいしか相手の役職を知る術はない。しかし、そこにさりげなく高貴な飾りをあしらったなら、それとなく身分の高さを主張できるというわけだ。時計とかはよくネタに使われるだろう。
「ご希望などはございますか?」
「そうだな。私は若くもないし、ピアスだとかネックレスだとかチャラチャラしたのは好かないな」
「そうなりますと、バッジのようなものか、ネクタイピンというものもございますよ」
「もう少しさり気なさが欲しいな」
さり気なさ……か。肌に身に着ける宝飾品の場合、どうしてもそこに目が行くようになってしまう。それだけ主張の強い輝きを持つということであるが、それを抑えめにするというのはなかなか難しい。
「でしたら、ちょっと変わっていますが、こういうのはいかがでしょう?」
そう言って俺がケースから取り出したのは親指ほどの大きさの宝飾品である。
「これは?」
「こちらは袖口用のボタン。いわゆるカフスボタンです」
「なに? 宝飾品にボタンがあるのか?」
「はい。あまり多くはございませんが」
「ほほう、なかなか面白い」
現代ではカフスボタンで個性を主張する人は少なくなってしまった。アクセサリーに多様性が出てきたこともあるし、名刺に意匠を凝らして主張する人も多い。そういったものと比べると、カフスボタンはおしとやかすぎる。それが特別なものだと気づかない人も多いだろう。それに、
「あまり強くはおすすめできませんが、それでもよろしければご希望にお答えいたします」
「なぜだね?」
「基本的に目立たないということもありますが、一番の問題は落としても気づかないというところです」
そう。ボタンは基本的に糸止めなので外れやすい。そして、外れてもどこで落としたのかわからず、行方不明になってしまう可能性が高い。
「確かにそうだな。だが気に入った。俺の服に合ったものをもらおうじゃないか」
「ありがとうございます」
こうしたいい意味で偏屈なお客様に出会えるのも、この仕事の楽しみの一つだな。
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