第1-2話

 あれから3日。店の周りは相変わらずの賑わいで、俺の店は騒がしさを受け付けない仕様に苦労している。

 宝飾店は静かで落ち着いた環境であるべきだ。

 お客様は一生に一度の買い物となる人も多い。当然、吟味に吟味を重ねて自分が欲しいものを選ぶ。

 そんなお客様の心を邪魔してはならないのだ。


 宝飾店は暗い店というイメージがあるかもしれない。

 これはある意味間違っていない。

 宝飾店のディスプレイは、言うまでもなく宝石や金属細工である。それを美しく見せるためには、輝かせることが一番だ。

 しかし、店内が明るかったり白地にしてしまうと、ホワイトホール現象*によって目立たないばかりか、宝石が見えなくなってしまうことさえありうる。そのような店づくりで宝石が魅力的に見えるはずがない。

 なので、基本的に照度は落とす。そして、宝飾品に明かりを当てる。すると宝石が持つ光の屈折で輝くというわけだ。その際に下に敷くクロスを黒や藍などの暗い色にすることで余計な光が吸収され、宝石の輝きがひときわ目立たせることができる。

 ものによっては、回転するライトを当てることもある。すると、宝石を見る人が動かなくてもライトの当たる角度が変わることによって輝きが変わるのである。

 その姿は一度見たら永遠に眺めていたいという人がいるほど。

 それだけディスプレイに労力をかける価値があるというわけだ。


 ただ、宝石のことだけ考えればそれでいいのかもしれないが、それがお客様の事となると、また話が変わってくる。

 基本的に中が暗い店に、人は入りたがらないものだ。人に限らず生き物は明かりに誘われる。暗い店はそもそも開店しているのかわかりにくいうえに、視界から消えやすい。人が寄り付かない要素が詰まっている。

 しかし、ここは都心だ。

 いつの時間も周りがとにかく明るい。明るさで張り合うのは不可能だ。ならば、逆に利用してやろうというわけだ。

 周りが明るいから、あえて照度を落とす。その対比がお客様受け入れの下地になるというわけだ。

 これは都心だからできることであって、郊外の明かりが少ないところでやったら、幽霊屋敷みたいになってしまうだろう。店舗デザインとは難しいものだ。


 チリチリ…ドスドスドス!


「おい! 店員はどこだ! さっさと出てこい!?」


 なんだ急に。うちはヤクザの付き合いなんてないぞ。

 とはいえ、どんな方だろうとお客様はお客様である。失礼があってはならない。


「お待たせいたしました。私が店主の青山圭右あおやまけいすけと申します。いかがなされましたでしょうか?」

「お前か! 俺の指輪にケチ付けた奴は!!」


 はて…。この方は見覚えがないのだが…?

 あ、でも後ろに控えている女性は前に指輪を鑑定した方だな。


「失礼ですが、どういったお話でしょうか?」

「ちょっと前に、こいつがここで指輪を見てもらったら偽物だったって言いやがったぞ! ふざけんな、てめえ!!」


 そういうと、男性のお客様は、見覚えのある宝石の付いた指輪をカウンターに叩きつけてきた。

 ふむ、間違いなさそうだ。あの指輪は俺も残念な気持ちになったが、クレームがきたとなれば、より残念な話だ。


「落ち着いて。まずはお掛けください。おそらくですが、お客様のおっしゃる案件には心当たりがあります。ですが、偽物とお伝えはしておりません」


 これは事実だ。俺はルビーの指輪に対してガーネットだとは言ったが、それが本物か偽物か言及した覚えはない。


「うそをつけ! こいつがここで見てもらったらルビーじゃなかったってわめいたんだ! お前がケチ付けたんだろ!!」

「ルビーではなかったのは事実です。ですが、私は指輪が偽物とは申し上げておりません」

「なにぃ!?」

「私は後ろにおられます彼女の依頼に従って鑑定しただけに過ぎません。彼女にはお伝えしましたが、ルビーとガーネットは非常に似た宝石です。間違えてもわからなくても無理はありません。ですが、宝石がどうあれ相手を思いやる心さえあれば、なんだっていいと私は思います。あなたが彼女にどういう気持ちで指輪を渡したのか。それがすべてではないですか」

「うっ…」

「あなたがどういった経緯でその指輪を入手したのかはわかりません。ですが、ルビーをあしらった理由があると思いますし、指輪を贈ることの意味も理解されていると思います」

「ですから、私が問題だと思うのは宝石の真偽ではなく指輪にあると思います。彼女にはお話ししましたが、その指輪は宝石の価値を下げる、言い換えれば宝石の魅力を殺す作りになっている。これは本来ありえないことです。ましてやプロポーズに使われるとなったら尚更です」

「そ、そんなこと関係ないだろう…!」

「いいえ。これは販売者に騙されたという代物ではありません。このような作りにしてくれと注文を付けないと出来上がらないものです。では、どうしてこのような作りにする必要があったのか」

「この石は指輪に比べてかなり大きいですね。宝石は当然大きいもののほうが価値が高い。それがルビーとなったら果たしていくらになるか……」

「それが何だってんだよ!」

「ところがこれがガーネットとなると、価格が10分の1以下になります。残念ながらそれだけ価格と価値の差があるんですね。ですので、より高価な宝石に見せたというのは、見栄を張りたかったのか、何か仕込みがあるのかと思うところがないわけではありません」

「うるせえな! 俺はルビーだと思って指輪を渡したんだよ!!」

「ですから、それは否定しません。ですが、私にはルビーだとで指輪を渡した、そう見える作りをしているんですよ。それがどういう意味を持つのか、私にはわかりませんがね」

「てめえ…とことん俺を馬鹿にしやがるのか!」

「私はいち宝飾店の店主ですが、宝飾品がもてあそばれるのは忍びない。それに操られ翻弄される人もまた然りです。その指輪、偽物なのはそちらですね?」

「なっ…!」


 とうとう本題を切ってやった。もうこれ以上無駄話をしなくてもいいだろう。彼女はこちらを向いていないが、肩を震わせているし、おそらく涙しているのだろう。宝石に嬉し涙以外はご法度だ。こちらの方が嘆かわしい。


 チューニング用の小型ハンマーを引き出しから取り出す。指輪はカウンターに叩きつけられたまま、輝きもなく転がっている。


 指輪に向かって軽くハンマーを振り下ろす。

 

 あっけなく指輪は砕けた。石は砕けなかった。質の悪いガーネットだとしても、石は本物だったのだ。

 砕けた指輪は金色のはずが、鉛色をしている。これはどういうことか。


「この通り、これはニッケルに金メッキを施したものですね?」


 砕けた指輪のかけらを文句を言う男に突き付けて、厳しい視線を向ける。

 本来、金の指輪とは、大半は18金のものを指す。18という数字は金の含有量を表していて、24金が100%、18金では75%程となり、残りの25%は別の金属に置き換わる。これは単に金をケチっているわけではなく、金という金属は柔らかく変形しやすいため、合金にして強度を高めるのである。しかし、合金にすると金の色が薄まってゆく。そのため、金の色を損なわず強度も担保される18金が宝飾界では最も基本的な金製品となる。

 一方、金メッキとは文字通り、別の金属に金箔を張り付けただけのもので、金とは似ても似つかないものといってよい。合金ではないので金本来の色は出せるが、張り付けただけなので時間が経てば当然剥げる。そのようなものは宝飾品と呼ぶことすら滑稽であろう。


「て、てめえ…! 壊しやがったな! 弁償しやがれ!!」

「別に構いませんよ。このような玩具、数万円程度でしょう」

「が、玩具だと!?」

「粗悪な石をはめたメッキしただけの簡単に砕ける指輪が玩具でなくて何だというのです」

「ふざけやがって! もうこんな店誰も来ないようにしやるからな!! 覚悟しとけよ!!」

「……ご来店ありがとうございました」


 帰る時もドスドスと騒がしく出ていった。

 彼女は結局一度もこちらを向かなかったが、大丈夫だろうか?


 宝石を何度も購入する人は少ない。ゆえに知識が乏しい人が多い。俺たちはそんな迷子の為に、幸せへと続く道を示してあげないといけない。


 難しいよな。


 今日騒いでいったお客様は、誰かに仕組まれたのか、自分で仕組んであの指輪を作ったのかわからないが、あれでは道は敷かれない。

 幸せの道は、贈る方も贈られる方も一緒に続いていかなければならないのだ。

 それを伝えたかった。

 しかし俺は、結局彼らを追い詰めただけじゃなかろうか。宝飾品のずさんな扱われ方に我慢ならなかった。俺もまだまだ未熟であるようだ。


 後日、彼女から手紙が届いた。

 どうやら、男のほうは自分で事業を起こそうと資金集めを画策しており、同じような指輪の手口で何人もの女性に声をかけていたらしい。貴方のおかげで被害にあわずにすみました。ありがとうございます。とつづられている。


 彼女の嬉しそうな顔を見ることができなかった。

 宝飾店に来てくれる人には、みんな幸せな顔で出ていってほしい。

 彼女がもしまた来てくれたなら。

 今度こそ笑顔で退店してもらおう。



※ホワイトホール現象…昼間に運転の際、トンネルに入って外に出た時に、明るさに目が慣れず周囲が白飛びして視界不良になる現象の事。屋外が暗いときに明るい屋内に入った際にも起きることがある。

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