求めるのなら手を伸ばせ

 穏やかに風が吹く草原にオリビアは立っていた。その正面には背の高い男が。


「お会いするのは二度目ですかな。オリビア様」


「そうね。あなたの叙勲の時以来かしら。それにしても、よくあなたたちを私たちの教官役にしたわね。『聖なる短刀』と言えば秘術すらも扱う諜報部随一の部隊じゃない」


「そこはホルガー様の危機感と期待の表れとご認識ください。我々の知りうるどのような技術も提供していいと許可をいただいておりますので、確実な成長を約束いたします」


「私は何をすればいいの?」


「特別なことはありません。オリビア様の特殊魔法『加護』の正しい使い方を理解していただくだけです」


「正しいもなにも、家の者から教わり使い方はマスターしています」


 まるで自らの努力を否定されたように感じ、オリビアは反論した。


「いえ、それは制限された使い方に過ぎません。リューリク家の血を継ぐ女性に度々現れる特殊魔法『加護』。強大で難しいことから、真の能力を知るのは一部の者に限られております」


「それを教えてくれるってことね」


「他者に癒しや力を与える『加護』ですが、その力は本来の半分しか発揮していません。また真の力に自力で至らないよう真名も秘匿されています。その名は……」


 オリビアは唾を飲み、男は誇らしげに告げる。


「『神の恩寵』」


 教会が神の名を簡単に冠することはない。ましてや人の持つ力に与えることなど異例中の異例であった。その事実を嫌ほど知っているオリビアの驚きは遥かに大きいものだった。


「どんな力なの?」


「わかりやすく言えば、吸収と放出です。放出は『加護』の部分です。吸収ですが、一度やってもらった方がいいでしょう。地面の草に向かって吸い取るようなイメージで特殊魔法を使ってみてください」


 訳もわからず、オリビアは集中し、ついさっき知った力の真名を唱える。


「『神の恩寵』」


 オリビアが魔力を消費したと感じたすぐ後に体の中に魔力がみなぎった。そして同時に地面の草は枯れ果て土色になっていた。


「どういうこと?」


「植物が微量に持つ魔力、そして生命エネルギーをオリビア様が吸収したのです。ここは隊長の魔法が作り出した仮想空間ですから、魔法が持つ魔力を吸収したというのが正確ですが。他にも小動物や同意があるなら人間からも魔力を吸収することが可能です」


 オリビアは他者から奪う力が聖女の力と崇められていたことに少なくないショックを受けた。だが、名ばかりの希望の無意味さは既にヴィクターから教わっていた。聖女だからじゃない。オリビアだから皆が希望を持つと知っていた。だから、この力を行使することを躊躇うことはなかった。




 石造りの闘技場でレオンと中肉中背の男が、剣を抜き向かい合っていた。


「有望な騎士見習いであったと聞いている。私も元は国の騎士だった。その力見せてもらおう」


 二人の剣が激しく打ち付けられる。男は一瞬レオンの腕力に驚き体制を崩しかけたが、すぐに持ち直し、反対に押し込み始めた。


「クソ。力じゃ敵わないか。疾風の如き速さを我が身に『疾走』」


 後ろに飛び退き、レオンは縦横無尽に走り回る。男は立ったまま動かない。目で追えてないのではそう思いレオンは、わき腹を目掛け素早く踏み込んだが、剣と剣がぶつかるだけだった。わずかな時間で攻撃に合わせたのだ。


 自らの技量では太刀打ちできないとどこかで悟りながらも、攻撃の手を緩めることはない。もしそうしてしまえば、何も成せぬまま終わってしまうと気づいていた。


「速度に任せた攻撃では一生私に傷は付けられないぞ」


「わかってる」


 男と距離を取り、レオンは剣を鞘に収める。


「俺は俺の全力で、ヴィクターについていく!!」


 暴力的なまでに強引に束ねられた力は、空を斬り、男へと迫る。人の命など容易に奪うその力。無遠慮に放ったことを後悔するがもう遅い。男と斬撃はもはや回避が可能な距離ではなくなっていた。


「危ない」


 男は動じることなく、素早く剣を振るった。

突然、荒れ狂う力の奔流は勢いを失い、穏やかな風となっていった。


「及第点といったところか。不足はあるが、まあいいだろう。更なる力の使い方を教えてやろう」


 肩で息をするレオンに、剣を収め近づいていった。


「お願いします」


「私が教えるのは、主に身体強化だ。生身の人間では、高位の魔物に太刀打ちすることは不可能。たとえ剣豪であってもな。それは肉体が脆すぎる、パワーがないからだ。だからそこ補うために魔力で剣圧で身体能力を向上させる他ない」


「それなら基本的なものは問題なく使えるぞ」


 男の表情がマジシャンが種明かしをするような、不敵な笑みになった。


「ただの身体強化であればな。基礎からやる時間はない。強引にいかせてもらう。泣いて逃げるなよ」


 男がレオンの額に手を当てると、高密度の魔力が流れ込んだ。血管を無理やり広げられるような、肉をこじ開けるような激痛が襲う。


「ウグァ。な……んだよ……これ」


「魔力の通り道の強制的な拡張、体内組織の急激な活性化をしてるんだ。不快で痛くて当然だ。だが効果は保証する」


 しばらくするとレオンの体から痛みは消え、むしろ高揚感が身体中から溢れていた。


「どうだ?」


「体が軽い。感覚は身体強化魔法に似てるけど、これはそれ以上に」


「当然だ。これは『廻魔沸血』、一般的な強化魔法では届かない所まで魔力を流している。自らの意思でこれをできるようになれ。そうすれば、もっと強くなる」


 レオンは高揚感ではごまかしが効かない体の軋みと疲労に鞭打って、魔力を練り上げる。身体魔法は魔力を単に流すだけでよく、魔法の修練を積んでいない剣士でも使い手が多いものだが、この『廻魔沸血』の使用には高密度の魔力を必須。魔法使いと遜色ないコントロールが求められる。


 男は苦戦するレオンに何やら筒状の物を投げる。


「使用中の魔力消費はそのままだが、魔力を集約し『廻魔沸血』始動の助けになる道具だ。今回の戦いの為に使うといい」


「これがあれば、あいつに刃が届く」


「私が渡せるのは五個だけだ。制限時間は一つ二十分。もちろん効果を増せば増すほどほど、制限時間は短くなる」


「ご利用は計画的にってことか」


「ああ、だからここぞという時以外は身体強化魔法と剣圧による身体能力向上効果を併用して戦え」


 後ろの見知らぬ単語にレオンはポカンと口を半開きにした。


「もしかして、剣圧を必殺技か何かだと思っていたのか」


「誰かに教わったわけじゃないから」


「独力で剣圧を……。まあ置いておこう。要するに剣圧は剣に宿る凄まじい力を、想いで増幅させる技術だ。収束させ放てば必殺の一撃になるが、体に行き渡らせれば」


「強化魔法と同じ要領で身体能力が向上する」


「そうだ。どこまで通用するのかエルフの力を直接測ってないからわからんが、助けぐらいにはなるだろう。残りの時間は組手だ。とにかく慣れろ。息をするように身体強化と剣圧を扱え」


 勢いよく剣がぶつかり合う音が、仮想空間に響き渡り続けた。

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