もっと強くもっと高く
この展開すら予測していたのか、翌朝村の入口で三人を出迎えたのは、リューリクの家紋が掲げられた立派な馬車だった。
「皆様、お乗り下さい。ホルガー様が屋敷でお待ちです」
豪華で快適な馬車の中に楽しげな声が響くことはなく、重苦しい空気だけが漂っていた。屋敷に入り、部屋に案内されてからもそれは変わらなかった。
「エルフと戦ったのだろう?負けたようだな」
家主は部屋に入るなり無神経に痛いところを突く。
「はい……」
「ですがおじい様。ヴィクターが敵に傷をつけました。私たちは何もできませんでしたが、ただ負けたわけじゃありません」
落ち込むヴィクターを庇うように、励ますように叫ぶ。
「勝てなければ、負けは負けだ。命を取られなかっただけ幸運だろう。確か、騎士ではそう習うのであったな、レオン」
「ホルガー様のおっしゃる通りです。賊を逃した時点で、いくら傷をつけていても完全な敗北です」
ホルガーはゆっくりと頷き、三人の目を順に見た。
「それで、ヴィクター、オリビア、レオン。何を望む。瞳に宿る希望は何に向けられている?」
「未熟な力を練り上げる修練を望みます」
「おじい様の権限で、教会が所有する訓練施設の一部を使わせて頂けませんか?」
「よかろう。町人区画、第七修練場が一週間ほど空いている。好きに使うといい」
「「「ありがとうございます」」」
三人が屋敷を去ったことを見計らい、執事は主人に小声で話しかけた。
「第七修練場はホルガー様が今日、私兵訓練の名目で急遽抑えられたのですよね」
「ああ。それがどうかしたか?」
「いえ、存外孫娘に優しい方だと再認識しただけですので」
ほんの僅かに、熟練の執事でなければ見逃すほど短時間、ホルガーの頬が赤く染った。
「エルフの排除は早急に行うべき事案だが、まだ大々的な動員ができないからだ。強くなってもらう必要がある。それだけだ」
「ではそういうことにしておきましょう」
教会所有第七修練場
静寂の空間に、三つの足音が響く。魔法に耐性を持つように作られた建物は、ちょっとやそっとの攻撃で傷がつくことはなく、遠慮なく特訓するのに十分だった。
オリビアは一般魔法の鍛錬を中心に。ヴィクターはレオンに剣圧の使い方を教わっていた。
「俺も、何といえばいいかわからないけど、やっぱり魔法に似てるかな。剣を本気で握った時に手の辺りから熱を感じると思うんだ」
ヴィクターは練習用の剣をしっかり握る。まるで剣から流れ込むかのようにして、手元にほんのりとした熱が感じられた。
「そうしたら、熱を全身に行きわたらせる。これは魔力と一緒の感覚。それからもう一度剣に熱を集中させる。この時に想いを込めないと剣圧を外に放出できないんだと思う。あれ以来練習はしているけど、それでも成功率は半分ってところだ」
「やってみる」
母の温もりのようであった熱は、次第に猛火の如き灼熱に代わった。熱はヴィクターの魔力と押し合うようにして全身をめぐり始める。体中から発する熱。湧き上がる全能感。
(想いか。僕が今、剣で成そうとすること。望むこと。それは……)
「もう負けない。誰にも」
剣が纏う膨大なまでの熱は軌跡上の全てを切り滅ぼした。
どこまでも届く力を求めたレオンとは異なり、誰の強大な防御でも打ち破る力を欲したヴィクターは、その刃の範囲を切る剣圧を手にした。
「一発で成功か、さすがヴィクター」
「レオンが教えてくれたからだよ」
それだけに非ず、エルフの男と戦う前であれば習得は不可能であっただろう。剣圧は強い想いを持つものにしか微笑まない。ヴィクター自らが勝ちたい、切りたいと強く想えたことが最も大きな要因だった。それが、呪いを源とするものであっても、醜く不安定であっても想いに変わりはない。
「俺も練度を上げて、まともに使えるようにならないと」
レオンの飛ぶ斬撃は、初めのそれより明らかに威力を増していた。脅威をまき散らす敵を何としてでも捕まえる。エルフの男への強い想いがレオンの剣圧も成長させていた。
数時間、剣が振るわれる音、魔法が的へとぶつかる音だけが、広い修練場に鳴り渡り続けた。
各々がある程度成果が出ていると感じ、真ん中に集まり休息を取っていたところ、三人の男が修練場を訪れた。
「お三方はそのままで大丈夫です」
立ち上がろうとしたオリビアを背の高い男は制止した。
「私たちは教会諜報部戦闘専門部隊が一つ『聖なる短刀』です。ホルガー・リューリク総司令官の命により参上いたしました」
中肉中背の男が色の反転した教会の紋章に短刀をあしらった紋章を誇らしげに掲げた。
「エルフによる脅威排除のため、三方を短期間で鍛えるよう仰せつかっております。早速始めますがよろしいですね」
細身の男がそう言いながら、ヴィクターの前に立つ。そして背の高い男がオリビアの前に、中肉中背の男はレオンの前に立った。
「では」
細身の男が指を鳴らすと、ヴィクターの視界は真っ白になり、気づいた時には男と二人きりの空間にいた。
「ここは?」
「私の特殊魔法『幻惑の監獄』で作り出した一種の仮想空間です。ヴィクター様には特殊魔法を効果的に扱うすべを学んでいただきます。最初に特殊魔法はどのようなものか説明していただけますか?」
「生まれながら魔法回路が体に刻まれていることで、一般魔法では実現が難しい事象も一つの事象に限り少ない魔力で実現可能な魔法形態です」
「一般的な説明としては十分です。魔法研究の第一人者エルナ殿を師に持つだけあって理解に全く問題はありません。ですが、戦闘において学術的な考えは時折命取りとなります。わかりやすく例を示しましょう。これをどう説明しますか?」
男が再び指を鳴らすと、周囲の景色が殺風景な空間からのどかな草原へと変わった。本来一つの事象のみを起こすことしかできない特殊魔法で、空間内の景色を変えるという別の事象が生じたことはヴィクターの説明では説明できない状態だ。
(『幻惑の監獄』が仮想空間を作り出し、指定した人間を取り込む魔法だと仮定すると、景色が変わることは魔法で生まれた事象の中の事象で、あくまで小さな変化に過ぎない。パソコンで言えばメモリを増設するようなもの。もし特殊魔法にアタッチメントのように魔法を追加できるのなら、この事象に説明がつく。でも可能なのか)
「どうやら、理解されたようですね。そう。特殊魔法を拡張し景色を変えています」
「ですが、未だ全貌の解明がなされていない特殊魔法の回路に変更を加えるなんて、どのようにして」
「簡単なことです。ヴィクター様はご自分で魔法を作られると聞きました。考え方としては同じです。いかに特殊魔法と言えど、ブラックボックスは回路そのものに過ぎません。書き換えるのは不可能ですが、元から回路がないところ、回路の隙間に魔法を作る要領で差し込んでしまえば問題ありません。もちろん回路との接続を考える必要があるため、なんでもとはいきませんが」
「わかりました。やってみます」
「初めのうちは私が手をお貸ししますので、ご自由にやってみてください」
自らに刻まれた魔法は自らを映す鏡。特殊魔法の拡張は自分との対話。そして望む自分へと生まれ変わる儀式でもある。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
作者です。ここまでお読みいただきありがとうございます。十数万文字まで続けられているのは、読んで下さる皆様のおかげです。
大変心苦しいのですが、諸事情(テスト期間)のため、数日投稿が不定期なります。また一章完結後一週間を目安にお休みさせていただきます。
絶対に失踪はしませんので、更新をお待ちください。m(_ _)m
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