邂逅
「人間が、気づかれないとでも思ったか」
空に呟くエルフの一言で三人に緊張が走る。
「バレてる」
「逃げるか?」
「ここは僕が」
ヴィクターは立ち上がり、堂々とエルフの前に姿を晒す。
「ほう。面白い。自慢の魔法で私を殺すか?人間よ」
「僕には情報が足りない。あなたが敵かそうじゃないのか、わからない。だから話がしたい」
「ならば、そこの二人は邪魔だな」
エルフの男から尋常ではない魔力が溢れ、巨大な立方体がレオンとオリビアを弾き飛ばす。
「何を!?」
男が立方体の一面を叩くと、魔力が揺らめき波紋が生まれた。
「魔力で侵入を拒んだだけの事だ。それで話がしたいのだったか」
「エンデ以北に住むはずのエルフが何故、ここにいる?
「質問は一つづつだと母に習わなかったか?まあいい。どの道私が答えるに値しない質問だ。聞きたければ価値を示せ。遊んでやろう」
男は両手を広げ、集めた魔力を解き、無防備をアピールした。
「一撃を与える事に一つ答えると言っている。どうした。来ないのか?」
ヴィクターは心配そうに見つめるオリビアを一瞥すると、手を魔力を集める。
(殺意はない。どうせ、この魔力の壁は破れそうにない。やるだけやってみるしかないか)
「雷光煌めきて敵を穿て『雷槍』」
雷がエルフの胸に突き刺さる……ことはない。手のひらサイズの魔力防壁が、雷槍を完全に受け止めた。
「この程度か?」
「まだまだぁ。一点を貫き敵を射殺せ『
再び、魔力防壁が防ぐ。
「さっきよりは威力が高いか。だが届かないようだな」
(いくら小さいとしても、呪文も唱えずに連発をすれば、魔力の消耗は激しいはず。このまま消耗戦をすれば)
「顕現せよ『石塊』、一点を貫き敵を射殺せ『
爆煙が男の全身を覆う。
(やれてるとは思えないけど)
ヴィクターの想定通り、男は全ての着弾点に魔力防壁を展開し、防ぎ切った。
「複合魔法でばら撒くとは、それなりにやる人間もいるのだな。一つたりとも当たらないがな」
(魔法がダメなら)
魔剣に魔力を注ぎ男に飛びかかった。
「なんだ、魔法はやめたのか」
ただの人間であれば一振でミンチ、魔力防壁さえ容易に打ち砕くだけの魔力を込めて振り抜く。無情にも金属のぶつかるような音が反響するだけだった。
「魔法にしろ、剣にしろ威力が足らん。魔法はともかく、剣はお遊びだな。剣圧も使わず戦えると思い上がったか」
(瞬遷)
(瞬遷)
(瞬遷)
(瞬遷)
ヴィクターは背後を取り、渾身の一振を続けるが、全てが魔力防壁の前に無力化される。
「届かないと言っているのがわからないのか」
(このまま削り続けるッ)
「なるほど、狙っているのは魔力切れか」
(悟られた)
「無意味だな。人間の貧弱な魔力機関と異なり、エルフの魔力がそう簡単に枯渇することはない。呪文など不要なのだ」
(そんなの……。勝ち目がないじゃないか。もう一発デカいのに賭けるしか)
ヴィクターの体内を蠢く魔力が一点に収束する。
「遥か高みに鎮座する天の王、地を巡る龍、其方から此方へ天と地を結び破滅の火塊を此処に」
「その力、人の身に過ぎるぞ」
「『火隕石(メテオ)』」
頭上に現れた、燃え盛る石塊は重力に従い威力を増しながら、魔力の立方体に接触する。いかなる攻撃さえ跳ねのける魔法の折が、あまりの負荷に耐えられず、軋み始めた。
「人間如きが、これを破るか」
立方体の上部をついに突き破り、エルフの男に近づく。自らをも殺傷範囲に含みながら、ヴィクターは一言。
「爆ぜろ」
三方を魔力の壁に囲まれた閉所で、爆炎は、破壊のエネルギーは暴れまわる。
(瞬遷)
ヴィクターはアサシンタイガーとの戦闘で使わなかった魔力へと飛び、ダメージを最低限に抑えた。それでも体の所々に火傷と擦り傷を負った。
「大丈夫か?」
「ケガしてる。任せて。癒せ『加護』」
みるみるうちに、火傷も擦り傷も元の綺麗な肌へと回復し、戦闘前よりも調子がよくなっていた。
「ありがとう。倒せてなくても、ダメージは負ってるはず」
爆発の跡に向かうと、その中心に一切の傷もないエルフが立っていた。
「うそ」
「マジかよ」
「もう一発で」
魔力を再度練り始めたヴィクターをエルフは手で制止する。
「何発撃とうが変わらない。まあ、千も食らえばわからんが、人が持つ魔力総量では、あと一発も難しいだろう。余興は終わりだ」
踵を返し数歩歩いたところで、さらに森の奥へと向かおうとする足が止まる。エルフの男は目を見開き、右手の甲を見つめた。
「これは傷か。ハハハハハ。面白い。面白いぞ。人間の小僧。まさか本当に一撃与えるとはな。約束は約束だ。エルフがここにいる理由だったかを答えてやろう。その前に名を名乗れ」
「僕はヴィクターだ」
「そうか、ヴィクター。エルフは何もエンデを超えられないわけではない。超えることが禁じられているだけに過ぎない。忌々しいエモニエどものせいでな。だが、あのお方の計画に比べればチンケなルールに過ぎん。だからこそ、ここにいる。たった一つの傷で喋るのはここまでだ」
「誰の命令で。何をしようと」
「くどい。聞きたければ、もう一撃加えることだな。だが、その魔力残量では今日が命日になるからやめておけ。また会えば相手をしてやる。計画の邪魔をしない限りは」
一瞬魔力が膨れ上がった後、エルフの男は姿を消していた。足音も空気の揺らぎもない。
「消えたか。僕の『瞬遷』と反応は似てる。だけど、恐らくそれ以上だ。ちくしょう。逃げられた」
拳を握り地面をたたくヴィクターの肩に、オリビアは優しく手を乗せる。
「強くなろう。三人で。今度はみんなで戦おう」
「そうは言っても昔侵略してきた種族ってだけで悪人とは限らないし、計画とやらがわからないから、手が出しにくくないか?
「そうだな。レオンの言う通りだ。強くなるのと同時に、明日の朝にでもホルガーさんに報告して助けを乞おう」
「おじい様に?」
「うん。僕の事情もわかってくれているし、今回の件に一番詳しい人だと思うから」
「そうね。ならついでに教会騎士用の修練場も一つおねだりしちゃお」
完膚なきまでの敗北であることに疑う余地はない。誰も勝機一つ見いだせていなかった。それでも諦めず戦う意思が、源流こそ違えど漲っていた。
レオンは罪なき人々を脅かす脅威の芽を摘むために。
オリビアは守るべき人を守るために。
そして、ヴィクターの源流は酷く穢れていた。正義感。罪悪感。義務感。後悔のぶつけ先。逃げない、もう二度と逃げてはいけない、もう逃げられない。その名は呪い。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます