王都ギルド本部

「俺とトーマスで、村とお嬢に報告するから、ギルドの方を頼む」


「わかった」


「それじゃあまた後で」


 オットーとトーマスに手を振り、二人は魔力欠乏と全身の筋肉があげる悲鳴を我慢しながら、魔の森を出てすぐにあるギルド支部へと向かった。


 扉を開けると、処理が不十分な魔物も遠慮なく持ち込まれるせいか、血と肉の臭いが二人の鼻へと飛び込んできた。


「とっとと終わらせようぜ」


「すみません。魔物に関する報告があるのですが」


 カウンターに座る女性職員は、粗悪な紙とペンを取り出した。


「どういったものでしょうか?」


「先ほど見たことのない、身長が胸元程度の緑の体色をした人型の魔物と遭遇し、戦闘になりました」


 王立移動管理局ギルドは典型的なお役所仕事だ。女性の管轄を超えたのであろう、ヴィクターに一礼し、裏へと下がっていった。十分ほど経ったのち、中年の男性職員を連れて戻ってきた。


「ご報告ありがとうございます。わたくし、王都ギルド本部第五支部支部長のギルマンと申します。せっかくのご報告なのですが、当方では扱いきれない問題であると判断されました。つきましてはお手数をかけますが、王都ギルド本部で再度ご報告をお願いできますでしょうか?もちろん、正当な報酬は差し上げます」


 役所名物たらいまわし、ということではなく、狩場の近くで買い取り、解体を専門に行う支部では扱いきれないと判断されたからだった。


「そうですか。ではこれから寄らせていただきます」


「ありがとうございます。本部は町人区画にございます。係りの者にはこちらから連絡を入れておきますので、向こうでお待ちいただくことはないかと思います。ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いいたします」


 血生臭い空間とは反対の丁寧なお辞儀に見送られて二人はギルドを後にした。


「あの支部長ずいぶん気の回る人みたいだ」


 レオンが指を指した先には出発の準備を整えた馬車が待っていた。


「ありがたい。魔力も体力もないのに歩くのは流石に辛い」


(リューリク家の馬車を百としたら、乗り心地は四十ぐらいだな)


 善意で用意された馬車に失礼な思いを抱くまでに、ヴィクターの疲労は精神にまできていた。いかに乗り心地が悪くとも、座ってゆっくりできることは大きかった。レオンが静かに寝息を立て始めた数十秒後にはヴィクターも意識を手放していた。


「ギルド本部に着きましたよ」


 いささか乱暴に肩を揺らされて、二人は夢の世界を追い出される。旅人が軽々と入ることのできない区画のせいか、今までのギルドの中で最も清潔で、シンプルで、役所であることを強く思わせる内装だ。また旅人も高価な武具や服を纏っており、名のある冒険者もいるようだった。窓口の上に総合と書かれたカウンターにヴィクターは歩いていく。


「すみません。先程、王都ギルド本部第五支部から、本部に行くように言われてきたヴィクターです。窓口はここでよかったですか?」


「承知しております。ホフヌング商会代表のヴィクター様並びに商会員のレオン様でよろしいですね」


「はい」


 このような場に苦手意識があるようで、レオンはヴィクターに任せ、適当なタイミングで首を縦に振るだけだった。


「新種と思われる魔物の報告と伺っておりますので、まずはこちらの報告書類に必要事項を記載して頂き、再度この窓口にお持ち下さい。内容を確認し、担当の者が対応致します」


「わかりました」


 できる限り正確な出現場所、時間、出現個体数、体色、体長(cm単位)、攻撃方法、魔法の有無、討伐方法、死後の様子、その他、とやけに細かく、記憶が曖昧な部分に関しても問があった為に、いくら前世で役所の書類に慣れているヴィクターでも、作成には半刻ばかりを要した。


「書類を書き終えたので。よろしくお願いします」


「確かに受け取りました。確認に少々時間がかかりますので、椅子にかけてお待ちください」


 案内された通り椅子に座ること二十分。暇を持て余したヴィクターが、『二人で向き合って人差し指を出し、指の本数を増やし、五本ピッタリになれば負け。両手をぶつけて分身させるなどのローカルルールあり』を教え、レオンが理解し楽しく遊び出したタイミングで、名前が呼ばれた。


「ホフヌング商会様。総合窓口までお越しください」


「はい、はい」


 指遊びを中断し、窓口に向かう。


「すみません。担当課の選定に時間がかかりまして……。副ギルド長預かりとなりましたので、部屋までお願いしていいですか?」


「わかりました」


 石造りで無機質な通路を通った先にあった副ギルド長室は、中央に客人用の大きな机が置かれ、ヴァイザーブルクのギルド長室よりも豪華で、高価な調度品を多数散りばめた部屋だった。


「副ギルド長。ホフヌング商会のお二人を連れてまいりました」


「ありがとう。紅茶と甘味の用意を」


「かしこまりました」


 恭しく頭を下げる職員の女性を見送ると、副ギルド長は二人に椅子を勧めた。


「私は王立移動管理局王都本部副局長王都ギルド本部副ギルド長ラムブレヒト・アルバン。ホフヌング商会、ヴィクター殿、レオン殿の迅速な報告、ギルドを代表して感謝申し上げます」


 グスタフとはまた異なる強者の圧に二人の体は自然と硬くなる。


「報告書を確認したところ、緑色の人型魔物で体長は百三十センチ、道具を使い群れで行動する知能を持つということだったが、間違いはないですね」


「はい。その通りです」


「王都ギルド本部の公式見解としては、本魔物の正体は不明であり、死体が消えたとの報告から能動的な調査は困難である。そのため、職員、所属旅人に周知徹底し、遭遇情報が入り次第、調査を進めるということになります」


「やっぱり、死体が消えたのが問題ですか」


「過去の実績から信用したものの、本来物証のない報告は受け入れないのがギルドの方針になります。ここから先は、私の個人的見解であることを承知の上で聞いてください。魔物には魔力によって進化する前の種が存在するのが一般的です。人型の動物種自体が少ないことから、人形魔物の報告は過去含め貴重で各組織が情報を長期に渡り保持していることが多いのです。もちろんギルドも、伝説と呼ばれる書物も含め保管しています。その中の一つに今回と似た特徴を持った魔物が描かれています。その名を小鬼ゴブリンと言い、大災害の時代にエンデ以北、謎の人型種族と共に人間社会に現れたとされています。これらの生き残りが繁殖をした結果、今回の遭遇に至ったのではと考えております」


「では今まで現れなかったのに、今日偶然に現れたと?」


「おそらく、王都ギルド管轄の魔の森に住む小鬼ゴブリンは一つの群れのみなのでしょう。何かが刺激となり興奮、戦闘が始まったことで、群れが集合したと考えれば筋は通ります」


 偶然の一言で片づけられることに、違和感を覚えたものの、何か反論の根拠があるわけでもなく、ここでの論戦に意味がないことに気づき、ヴィクターは帰る仕草を取り、レオンはそれに続こうとした。



「すみません。あと一つお話があるのですが、よろしいですか?」


 呼び止めるアルバンの真剣な目つきにレオンは動きを止め、ヴィクターは体を正面に向けなおした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る