未知との遭遇

「まずい。まずい。ヴィクター助けてーーー」


「クソッ。距離が近すぎる」


「僕が右を。オットーは左をお願い」


「おう」


 二人の手に魔力が集まる。


「太陽よ敵を燃やし尽くせ『火球』」


「雷光煌めきて敵を穿て『雷槍』」


 魔法が激突したことで、ポイズンベアは体をのけ反らせた。


「助かった」


「まずは、数を減らそう。右からだ」


「「「了解」」」


 オットーの指揮で反撃が始まる。レオンが身体強化で飛び出して気を引いている間にトーマスの斬撃がポイズンベアに大きな傷を作る。仕返しとばかりに振り上げられた爪が振り下ろされる前に、ヴィクターの魔法がさく裂し、動きを封じる。


「行かせない。太陽よ敵を燃やし尽くせ『火球』」


 オットーの『火球』はもう一匹が助けに入ることを妨害し続けた。


「レオン、トーマス。一旦引け、ヴィクターの魔法で止めを狙う。損ねたら頼む」


「いつもより魔力を込めてっと。一点を貫き敵を射殺せ『石弾ストーンバレット』」


 撤退で隙を作ることのない、完璧なタイミングで放たれた銃弾は、一切の躊躇いなく、ポイズンベアの頭を吹き飛ばした。そのあとは一方的だった。オットーの牽制で少なくないダメージを負っていたもう一匹に、前衛二人が切りかかり、数分で失血死に追いやった。


「持って帰るのは、爪だけでいいかな」


「そうだな。荷物になるから肉はいらないだろ。オットー、魔法で焼いといてくれ。死肉につられてやってきたら厄介だ」


 鮮やかな魔法の火が二匹の死体を燃やし尽くし、辺りに何とも言えない臭いをまき散らし、一行を少し後悔させた。


 更なる標的を求めて歩みを再開させた四人だが、半刻ほどしたところで、オットーがある違和感を覚えた。


「なんだか、魔物が少ない気がしないか?」


 意識しなければ気づかなかったことでも、一度意識してしまえばその違和感は一秒ごとに増していく。


「確かにそうだ。いくら人気の狩場だとしても気配すら感じないのはおかしい」


「入り口での人もいつもに比べて多くはなかった」


 突然聞こえた風を切る音で、全員が武器に手を触れる。音の正体は木々の合間から放たれた一本の矢であった。魔物が人間の道具を使うなんてありえない、そんな常識が彼らに敵を誤認させる。


「盗賊だ」


「様子を見つつ、対人戦闘の準備を」


(魔力を撒いておくか)


 近づいてくる足音を聞くオットーの剣は震えていた。また人を切るのか。その迷いが大きな隙になる。ついに四人の前に姿を見せたそれは、盗賊などではなく、汚れた黄緑の肌をした、胸元程度の身長で短刀を持った人型の生命体だった。


(見た目はまんまゴブリンって言ったところか)


 創作物でとは言え、似た生き物を知っているヴィクターはともかく、初めて見たどころか、知識すらない三人は言葉を失い動きを止めてしまう。


「レオン、オットー、トーマス、驚くのは後だ!!」


 その声で正気を取り戻し、戦う体制を取った。


「五匹か?」


「いや、周りからさらに五匹で計十匹だ」


「僕が弓をやる。他はお願い」


「頼んだぞ」


 日の光を受けて、矢じりが光る。その近くには撒かれた魔力が。


(瞬遷)


 一瞬にして、自らの真横に移動してくる敵に反応できる訳もなく、弓を持つゴブリンはあっけなくヴィクターの剣に切られて死んだ。ついてとばかりに、周囲にいた弓も持ちゴブリンの殲滅を行っていると。短刀持ちが、さらに五匹増えて、十五になり三人を囲んでいた。いくら戦い慣れているといっても、五倍の戦力差にすりつぶされることを回避するのは困難だった。さらに人型であることが、オットーの剣を鈍らせる。


「やりにくい」


「全員、目を瞑って」


 敵を目の前にして、視界情報を失うことは死を意味する。しかし三人はヴィクターを信頼した。


「光れ!『ライト』」


 放たれたまばゆい光に、三人と対峙するゴブリンの目はくらんだ。目がある以上、光による攻撃は有効で、視界が奪われたことにより混乱状態に陥る。


「ギャイ」


「「「「ギャイ」」」」


 体格の最も大きい個体が、何やら鳴き声を上げだし、呼応するように十四匹が合唱した。そして、同士討ちさえ躊躇わない勢いで、闇雲に突撃を始めた。


「嘘だろ」


 ここまで近づかれては、魔法は味方を巻き込みかねないから使えず、三人は防戦に徹するしかなかった。唯一包囲下にないヴィクターも更なる敵増援に足を取られ、助けに入ることができなかった。


「こいつら何匹いるんだよ」


 四方八方から浴びせられる剣。限界は近づいてくる。一匹が振り下ろした短刀がオットーを捉える。もはや回避は不能。肉を切り裂くはずだった。


(瞬遷)


 ヴィクターは背後に瞬間移動し首を落とす。


「助かった。だけど、まずいな」


 そう、ヴィクターが戻ってきたことで、敵増援がフリーになり、包囲はより厚くなってしまった。


(どうする。このままじゃジリ貧だから、外から削らないと。だけど、僕が離れたら時期にこっちが潰される。魔法は……ダメだ。巻き込まない自信がない。せめてもう一人、もう一人だけ仲間がいれば)


 物語だったなら、颯爽と仲間が現れたのであろうが、所詮は妄想、作り物、現実は残酷だ。思考に時間をかけるほど状況は悪くなっていく。


(あと一人、あと一人?あと一人だと。何か引っかかる。何だ。思い出せ)


 ヴィクターは今日の記憶を高速で逆再生した。オットーに魔法を教えた所に至り、求めるものは見つかった。


「ものは試しだ。彼ら我らの救世主たる力、顕現せん『聖女オリビア』」


「ヴィクター何を?」


「これを置いていく、何とか耐えてくれ」


 そう言い残し、瞬遷を発動し包囲の外側へと移動した。半透明で白銀の光を放つ人形は、単調な動きながらも確実にゴブリンを殺していく。


(内側は何とかなりそうだ。あとは僕の頑張り次第だけど、魔力残量が心もとない。魔剣主体で戦うしかなさそうだ)


 攻撃までの一瞬だけこの世に超常を起こすことを条件に、魔力消費を抑えるのが魔法の基本だ。『聖女オリビア』の顕現を続けることは、それの対極に当たる。それも今日初めて使った魔法だ。効率化は全くされておらず、魔力消費は絶大だった。五匹目を切り殺した辺りで、体の不調に気づいた。


(重い。魔力が切れかけているのか。だけどもうひと踏ん張り、もってくれよ)


 敵の増援はなくなり、内側の三人と『聖女オリビア』の奮闘により残るは十五匹となっていた。レオンが短刀を防ぎ、動きを封じトーマスの剣が胸を一突き。ロボットのように規則的に動く人形にオットーはうまく合わせる。全員が勝利への希望を持ったことで、戦況は確実にヴィクターたちに傾いた。


「これで残り四匹ぃ」


「いや、これで三匹だ」


「…………」


「重魔鉄がそんななまくらで傷つくかよ。あと一匹」


「僕ので終わりか」


 首を落とされ、最後のゴブリンが息絶える。


「こいつら、どこが素材になるんだ?」


「うーん。初めて見た魔物だし、さっぱりだ」

 オットーとトーマスが自らの短刀を取り出して、どこを切り取るべきか突っつきながら相談する。その必要はなくなった。辺りに散らばる全ての死体が煌めきだして、足の先から光の粒子に代わり、空に昇っていった。




 数十秒後。荒れた地面以外に戦いがあったことを証明するものはなくなった。

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