弟子?

 扉が何度も叩かれる音で、ヴィクターとレオンは目覚めた。


「暇か?」


「暇なら狩りに行こうぜ」


「オットーとトーマスか。昨日は村から出なかったからな、体を動かすのも悪くない。準備するからちょっと待って」


 布団を押しのけて、朝の準備を順調に始めるレオンに対して、ヴィクターは二度寝を実行しようとしていた。


「ほら、ヴィクターも早く起きろよ」


「あと、五分」


「そう言って昼まで寝てた時あっただろ。もう同じ手は食わねぇよ」


 無理やり立たされたことで、嫌々ながら諦めて、ヴィクターも支度を始めた。睡眠の優先順位が高いだけで、狩りに出かけること自体は嫌ではなかったからだ。


 村の近くには、クソドリの生息する魔の森、光馬ひかりうまが現れる魔の草原のほかに、ヴィクターたちが一度も行っていない魔の領域がいくつもあった。だが、規模が小さかったり、生息魔物の偏りが酷かったりと、楽しく狩りをすることに適しているのは森と草原のみだった。今回、オットーが選んだのは森の方だった。


「今日はこっちなんだな。草原の方じゃダメなのか?俺はあっちの方が気に入ってるんだけど」


「鍛錬にも楽しむにもこっちの方がいいからな。なにせ魔物の分布がちょうどいい」


「分布?」


 尋ねるヴィクターに三人が驚愕の表情を見せる。


「何も考えずに狩り場を決めてたのか?」


「ああ、一番近くてそれなり大きい所ならどこでもいいかなと」


「お前らよく無事だったな」


「ほんとだぜ。俺もっと考えてるもんかと」


「歩きながら話そう。着くまでに終わるだろう」


「お願いします。オットー先生」


 真面目に生徒の真似をするヴィクターと、どや顔で教師面をするオットーが、爆笑をかっさらい、講義は始まった。


「魔の領域が魔力が噴出する点を中心に、魔力濃度が高まることで発生することは知っているな」


「もちろん」


「偉い学者によると、ただの魔力にも僅かながら色、特性みたいなのがあるらしい。簡単に言うと、中心から噴出する魔力の色によって、その領域の特性も変化するってことだ」


「特性って言うと、森とか草原とかってこと?」


「それもだが、俺たちみたいに狩りをする人間に最も影響するのは住む魔物だ。さっき俺が言った分布がそれに当たる」


「なるほど。魔力の特性が、植生も含めた特有の生態系を作り出すから、バランスがいい領域もあれば、やたらと弱い魔物ばかりや、逆に強い魔物しかいなかったり、極端に魔物の種類が少なかったりが起こる可能性があるのか」


 推察するヴィクターに三人が驚愕の表情を見せ、誰も言葉を返すことを忘れた。


(ゲームのダンジョンみたいに、奥が必ずしも強いってセオリーが通用しないってことか?それじゃあ、魔力濃度との整合性が取れないが、特性の一言で片づけるべきなのか、あるいは)


「おい、帰ってこい」


 レオンの後頭部叩きで、ヴィクターは思考の海に潜っていたことに気づき、現実に意識を戻した。


「悪い。ちょっと思うことがあって」


「話を戻すが、ヴィクターが言ったことで合ってる。要するに領域ごとに特徴があるから目的に合ったのに行こうってことだ。森は低層がラットだらけで、金にも何にもならず面倒なことを除けば、この辺りでの狩りには理想的だ」


「あれで理想的なのか」


「俺もびっくりしてる。ヴァイザーブルクの魔の森はだいぶ恵まれていたんだな」


「授業料だ」


「お金取るの⁈」


「まさか、俺に魔法を教えてくれないか?」


「オットーが魔法を?」


「恥ずかしいことに、トーマスに比べて剣の腕はよくないし、お嬢と狩りに行くときも足手まとい気味なところがあるから、せめて魔法ぐらいは」


「わかった。僕直感タイプだから教えるのはうまくないと思うけど、それでよかったら」


 この森に向かうことを躊躇わせる、一人 青銅貨一枚100デナの入場料を払い、四人は魔物の世界に身を投げ入れた。いちいち相手にしていられないと、ポイズンラットとは戦わず、一気に中層まで走り抜けた。レオンとトーマスがクレイジーボアと戦う中、魔法の授業が始まった。


 ヴィクターの手に魔力が集まる。


「魔法の基本は、魔力効率と発動速度だ。呪文も技の名前もそのためにある」


「かっこつけているのかと思っていた」


「それも少しある。まずは見ていて。太陽よ敵を燃やし尽くせ『火球』」


 火の玉は真っすぐ進み、一本の木に大きな穴をあけた。


「呪文も技名も、効率と速度の問題さえクリアしてしまえば、なんでも問題ない。効率も速度も何度も使えば徐々に上がっていく。使い物になるまで時間はかかるけど、想像力次第で、オリジナルの魔法を使うことだってできる。例えば。彼ら我らの救世主たる力、顕現せん『聖女オリビア』」


 半透明で白銀の光を放つ、人形が剣を振り草木に傷をつける。


「お嬢の剣技がそのままに」


「さっき適当に作った魔法だから、効率も悪いし、洗練されてないから、本家には遠く及ばないけど、面白いでしょ。とはいえ、慣れるまではよく知られている魔法を練習する方がいいと思う」


「わかった。まずは見せてくれた『火球』を使えるように練習してみる」


 才覚が潜んでいたのか、一度放つごとに、効率、速度共に上昇していき、ヴィクターを驚かせた。成長速度だけでいうなら、ヴィクターを遥かに上回っており、一時間と少しで『火球』を実戦で使えるほどにまで昇華させた。


「ヴィクター。練習が落ち着いたなら、こっちに来てくれ。クソドリの大群だ。俺とトーマスじゃ殺しきれない」


「わかった」


 前衛二人、後衛二人のバランスが取れた構成で厄介な敵を迎え撃つ。


「僕とオットーがメインでで減らす。レオンたちは来るだろう敵に警戒して」


 共生関係にある他の魔物による急襲を気にしながら戦う。二人や三人では難しかったが、四人であれば容易い。


「太陽よ敵を燃やし尽くせ『火球』」


「一点を貫き敵を射殺せ『石弾ストーンバレット』」


 二人が放つ魔法がみるみるうちに、クソドリを美しい羽の塊へと変えていく。しかし、数多の敵が発する精神攻撃を止めるには程遠く。怒りをばら撒くべく、喉を鳴らし始める。


「気休め程度だけど、ないよりはマシか。不可視の不可侵を此処に『魔力防壁』」


 全員の周囲に攻撃魔法を防ぐ魔力の壁が現れた。ヴィクターの想定通り、精神攻撃魔法には効果が薄く、一人残らず怒りの火種を胸に植え付けられた。


「鬱陶しい。太陽よ敵を燃やし尽くせ『火球』、太陽よ敵を燃やし尽くせ『火球』、太陽よ敵を燃やし尽くせ『火球』」


「これでも食らいやがれ。雷光煌めきて我らの敵を食らい尽くせ『激雷槍』」


「ぶっ殺してやる」


「死に晒せやぁ」


 闇雲に放たれた魔法に、後先考えず突っ込む前衛二人。全員がクソドリの罠にまんまとかかった。


 怒りの元凶が一匹残らず息絶えたことで、正気を取り戻した四人の前には爪を振り上げるポイズンベアが。



 二匹。


「まずい。まずい。ヴィクター助けてーーー」


「クソッ。距離が近すぎる」


 一行大ピンチ。


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