棚から千両箱
「お話というのは?」
「こちらをご覧下さい」
二人に一枚の紙が示される。
「これは?」
「ギルドがホフヌング商会様から購入し、オークションにかけておりました
紙には文字が隙間なく並び、ゼロの数字が並ぶ。
「頭痛くなってきた、ヴィクター任せる」
「さっきからずっと任せっぱだろ。まあいいけど」
「続けてよろしいですか?」
「お願いします」
「競り落としたのは、スヴェト・ヴラドニア王国通年会議となります。国家予算での入札となりました。落札額は
王都副ギルド長と言えど、一案件でここまでの大金を扱うことはなく、紙を指す指は僅かに震えている。
「こちらから、税金及び手数料を引かせていただきまして、ホフヌング商会様へのお支払い総額は
「はい」
「ではここに了承のサインをお願いします」
ペンを持つ手は震えている。ヴィクターは金貨五十枚は領地にいる頃、父から自由に使える金として一度与えられたことがあった。しかしその一部は兄に預けたり、クロウに裁量を任せたりしながら、父の失政をカバーするために使っていたに過ぎない。自分たちの物として金貨百枚もの大金が与えられることに困惑しないわけがなかった。
「では確認します」
アルバンは今一度書類全体に目を通し、間違いがないか丁寧に確認すると、職員を呼び手渡した。そして新たに受け取った書類をヴィクターに向けて差し出した。
「これは?」
「支払い方法に関する提案になります。通常の商取引、ギルドでの取引としても金貨百枚は異例です。王国通年会議は分割での支払いを要請しており、ギルドとしても同様の要請を行う考えです」
「断って一括でと言うことはできるんですか?」
ただの興味でヴィクターは問う。
「不可能です。王国法第十条七項、王立移動管理局は国王、通年会議、設置地領主の要請があれば直ちに従わなくてはならない。またギルド登録者の出生地責任者から要請があった場合、すみやかに対象者を要請に従わせなくてはならない。同条九項、移動者はその最中において王国法、領内法、王立移動管理局に従わなくてはならない。このようにギルド、旅人について定めた法で国、ギルドに従うことが定められているので、今回の要請は実質的には強制です」
「ではその通り分割でお願いします」
「わかりました。国からの要請によると金貨十枚を一年ごとに支払うとなっております。しかし、旅の中、商会の活動でまとまったお金が必要になる状況は容易に想像できます。ですので、そのような場合ギルドが前払いという形でお支払いすることも可能です。また、毎年の受け取りが困難である、手元での管理が難しい場合はギルドがお預かりし、中規模以上の支部でいつでも支払うという形を取ることも可能です」
(要するに銀行だな。預かるだけなんだろうけど)
「支払い方法及びギルド預かりシステムに同意いただきましたら、サインをお願いします」
再びヴィクターはペンを持つがその手は震えていない。非日常の衝撃も少し経てば麻痺していくものだ。
「はい。ありがとうございます。これにて
「こちらこそ、ありがとうございます」
頭を下げて、部屋を出る。謎の魔物に襲われたと思ったら、ギルドの偉い人に報告させられて、大金を手にすることになった。ヴィクターの頭は半ば混乱状態で、レオンは殆ど意識を失った状態で、王都町人区画大通りを歩く。
日が落ちるにはまだ時間があり、二人は目的もなく徘徊を続ける。重魔鉄の鎧に魔鉄と金剛亀製の装備を纏っていたことで、有力な冒険者だと思われ、騎士に不審者だと目をつけられることはなかった。当てもなく彷徨う二人の前に、強烈な存在感を放つ一つの建物が現れた。古びた大理石の外壁には汚れや蔦が纏わりつくが、かつての美しさを思わせるような威厳があふれている。構造は貴族の屋敷そのものだが、発する空気がそれではないことを示していた。
「これなんだろうな?ヴィクターわかるか?」
「王都のことはさっぱりだから何とも。昔の貴族の屋敷かな。町人区画にあるのが不思議だけど」
その時、建物から数人が出てきた。開いた扉の奥を見ようと二人は体を傾け覗き込む。
「本棚?」
「図書館だ」
出てきたうち一人も本を持っていなかったこと、入り口にあるカウンターの雰囲気から、ヴィクターは確信した。
(懐かしいな。夏休みは一日中籠ったりしてたな)
魅惑の魔法にかかったようにヴィクターの足は自然と図書館の入口へと吸い込まれていく。
「待ってくれよ」
何も言わずに歩き出したヴィクターに戸惑いながら、レオンは背中を追う。
本どころか紙が貴重な世界だ。ヴァイザーブルクの本屋と同様、入り口には屈強な兵士が二人立っている。
「入館希望者か?」
「はい」
「
「わかりました」
ヴィクターが銀貨十枚を取り出し兵士に渡すと、扉が開けられ、本の世界が視界いっぱいに広がった。
「なんで入ったんだ?」
「だって図書館があるんだよ。入るでしょ」
「でしょじゃねぇよ、山じゃないんだから。もしかして何も考えてなかったのか?」
「うん」
「最近頼りになるなって思ってたけど、やっぱヴィクターバカだ」
「バカとはなんだ。人類知識の結晶がそこら中にあるんだぞ。入る以外に選択肢はない。それに……、そうだ。あの魔物についてもヒントが見つかるかもしれない。ほら、やっぱり僕やるじゃん」
「絶対思ってなかっただろ。まあでもそうだな。だけど、俺本読むの得意じゃないから、あんまり役に立たないと思うぜ」
「大丈夫。読むのは僕がやるから、レオンは関係しそうな本を集めてきてくれたらいいから」
ヴィクターは王都周辺の魔物に関する本を一冊取ると、近くの椅子に座り読み始めた。レオンは、魔物の本から、神話、歴史、物語、旅行記、様々なジャンルの棚を歩き回り、目次を開きめぼしい本を集め続ける。
(
レオンが持ってきた本に混ざっていたのは、やけに古びた一冊の旅行記だった。表紙が掠れていてタイトルを全て読むことはできない。
『ラ―ゼン―――の手記』
(ライゼンダーか?それにしては古いな)
偶然手に取ったその本は、想像以上に価値のある書物であった。
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