VSトレント
腹を満たしたら次にすべきは残りの仕事。そうトレントの素材集めだ。
「オリビア。トレントってどんな魔物なの?」
「簡単に言うと木の魔物ね。完全に擬態しててまず見つけるのが難しいの。それに魔法耐性が高くて硬いから倒すのにも手間がかかる厄介な魔物よ」
「じゃあ探す所から始めないとな」
一時間ほど歩き続け、そろそろ帰ろうと誰かが言い出した時、太い木の枝が少女の体を貫かんと伸びてくる。
「危ない」
レオンがオリビアを突き飛ばし、代わりに攻撃を受けた。
「レオンさん大丈夫ですか?」
「痛っ。あれ痛くない?」
人の体を容易に貫く攻撃であっても重魔鉄製の鎧を前にしては無力だった。
「攻撃が効かないなら怖くない。援護してくれヴィクター」
「了解。オリビアはレオンに強化を。風よ敵を切り裂け『鎌鼬』」
「分かった。戦う力を『加護』」
的に向かって飛び出したレオンは自らの力以上の力に高揚感を抱いていた。
トレンドが『鎌鼬』を防ごうと伸ばした枝を幹に近づける。
「その隙、貰ったァ」
レオンが枝の一本を捉え大きく一振。
金属と金属がぶつかり合うような音が周囲に響いた。
「硬い。ヴィクターの特殊魔法と魔剣で決めれるか?」
「魔力をばらまく、もう少し耐えてくれ。風よ敵を切り裂け『鎌鼬』、雷光煌めきて敵を穿て『雷槍』」
「私も。魔を祓え『退魔の矢』」
ヴィクター、オリビアの魔法でトレントに防御を強いる。いくら耐性があっても魔法学者の弟子に聖女だ。防御せずに耐えれる威力ではない。そしてそれは大きな隙を作る。
「俺だけかっこ悪いままではいられないんだよ」
想いのこもった剣は先程を優に超える鋭さで、トレントの枝のひとつを切り落とした。
脅威だと認識していなかった者、レオンに肉体を傷つけられたことでトレントはパニック状態に陥る。闇雲に枝を伸ばし振り回し、体の中心に魔力を集めだした。
「撃たせないよ。『瞬遷』」
暴れるトレントは、もはや自らに近づく人間にさえ気づけない。ヴィクターが剣に魔力を込めて初めて認識するが、防御体勢を取るには枝を伸ばしすぎていた。ヴィクターはがら空きのトレントの幹を袈裟懸けに斬る。
「キィィィィーーーー」
木の魔物は金切り声をあげて息絶えた。
「よく耐えてくれた」
「まさか一本持っていけるとは思ってなかったけどな。俺が一番びっくりしてる」
「二人ともお疲れ様。トレントの枝を切り落して持てるだけ持ったら帰ろ」
「ヴィクターが切って。俺じゃ大変だし」
一度防がれたときの嫌な硬さを思い出してレオンは地べたに座りゆっくりしようとする。
「トレントの素材は魔力を流せばやらかくなるから、ほらレオンさんも」
オリビアに言われ、嫌々ながら魔力を流し剣を振る、魔力を流し剣を振る、魔力を流し剣を振る。
しばらく三人仲良く汗をかき、持ち運べるだけの量を切り終えた。
「それじゃあ帰ろうか」
荷物がやたらと重いことを除けば帰り道は安全そのものだった。アホドリを大量に始末したことでポイズンベアのような大きな魔物も現れにくく、油断してポイズンラットに噛まれないようにすればよかった。
出口手前で気を抜いたレオンがラットに噛みつかれそうになるアクシデントはあったが、問題なく森を出た。
「お嬢。こっちです」
「オットー?」
「荷物が多いかと思って村から馬車を持ってきました。乗ってください」
気が利くナイスガイオットーのファインプレイで荷運びの苦行を続ける必要はなくなった。
「それにしても大量に集めたな。やっぱりヴィクターとレオンは強かったですか?」
「うん。私がいなくてもよかったぐらいだったの」
「お嬢にそこまで言わせるなんて。俺たちももっと頑張らないと」
夕日と共に和気あいあいとした空気を馬車は運ぶ。村に着くと、仕事を終えた村人が出迎えた。大恩人でボスのオリビアを迎えるのはもちろんのこと、ヴィクター、レオンを仲間だと認め二人にも温かい出迎えの言葉がかけられた。
「いいな。こういうの」
「そうだな」
空に放たれた言葉はすぐに騒ぎにかき消される。村に着いたら荷物を倉庫に運ばなくてはならない。馬車には他にも積荷が沢山積まれていた。たとえ功労者であっても村の一員である以上、果たさねければならない仕事だった。
集めてきた素材はもちろんのこと、仕事道具に作物、酒、工芸品まで荷物は多岐にわたっていた。
「なあ、トーマス。俺たちが苦労して倒したトレントって何になるんだ?」
「魔力を流せば柔らかくなって加工がしやすくて、流すのをやめたら金属ぐらいかたくなる。何になるかというかならないものを探す方が難しい。だけどこの村の話をするなら多くは金持ち向けの家具か訓練用の木剣だな」
「儲かるのか?」
トーマスは担いでいるトレントの枝をポンと叩く。
「儲かるも何も、見回りの鎧に剣を揃えられたのも、酒をこれだけ飲めるのもこいつのおかげだ」
実際トレントの発見、討伐の難しさから稀少性は高く、無加工の枝であっても取引の単位が銀貨、場合によっては金貨になるほどのものである。
「それじゃあ今夜は?」
「当然宴会だ。レオンは何飲んでもいいぞ」
「言ったな。トーマス秘蔵だって言う酒を出してもらおうか」
「ちょっとそれだけはだなぁ」
「男に二言はなしだろ。楽しみにしとくぜ」
「余計なこと言わなきゃよかった」
手の空いてる村人総出でやれば荷物の移動もすぐに終わり、馬車に残ったのはいくつかの書類と本だった。それを見つけたヴィクターが興味を持たないわけがなく、馬の世話のため近くにいたオットーに声をかける。
「これ何かわかる?」
「多分。お嬢のだな。実家も気づいてるみたいで、大事な書類は荷物にまぎれさせてこっちに送ってくるんだ。ちょうどいいから渡してきてくれ俺は馬車片づけないといけねぇから」
「ありがとう」
「なーに気にすんな」
昨日とは違い今日の宴会は女性も含めて村人全員が参加するようで、中心にある広場で準備が進んでいた。野菜を切る音、肉の下準備、つまみ食いをして怒られている子供、一足先に飲み始めている男。日常の一幕を通りながらヴィクターはオリビアを探して歩く。にぎやかな広場から少し離れた静かな場所に聖女は佇んでいた。
「やっと見つけた」
「ヴィクター?どうしたの」
「馬車にこれが」
数枚の書類と一冊の本を手渡す。
「あっ、おじい様からの手紙」
「一緒にベルネット領に来てた人だよね」
「そう。優しくていい人なんだけど、どうにも私に色々させたいみたいで、度々こうやって手紙が来るんだ」
オリビアが目で文字を追い、ページをめくる。
「うん。メンドクサイ」
「そんな言い方しなくても」
聖女らしからぬ言動を窘めるヴィクターを一瞥すると、オリビアはいたずらを思いついたような、かつてのような笑みを浮かべた。嫌な予感を感じヴィクターは逃げようとするが。
「そうだ、ヴィクターが護衛をして。それなら面倒な仕事もしっかりやるから」
聖女様からは逃げられない。
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