いざ、王都の中心へ

 オリビアが祖父に頼まれた仕事それは、王都中心街に居を構えるリューリク家の盟友、ローゼンミュラー侯爵家前当主に借りていた本を返すことだった。オリビアから告げられた仕事の内容にヴィクター口をポカンと開ける。


「え?お使いってこと?なんでわざわざそんなことを」


「おじい様は私の顔を広げようとしてるから、その一環だと思う」


「それにしても前とはいえ侯爵家か」


「ただ護衛として後ろに立っててくれたらいいから。じゃあまた明日。王都正門前で待ってるから」


 一気にまくし立てて、宴会準備の輪に混ざっていった。


「まあいっか」


 昔からなんだかんだオリビアには甘いヴィクターだった。


「あっ。俺の酒」


「元はと言えば俺の酒だ」


 多少。そう多少のトラブルはあれど、ボスである聖女が居るためか昨日ほどの騒ぎにはならず、穏やかな宴の時間が流れた。


 子供とその親、明日が早い者の順に家へと戻っていき、徐々に賑やかさを失っていった。


「ヴィクターは明日どうするか決めてるか?」


「オリビアに付き合って王都に行くことになった」


「それはそれはいいことですな」

 ニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべるレオンに、ヴィクターの平手が襲い掛かった。


「叩くことはないだろ」


「レオンが変なこと言わなきゃいいんだよ」


「わかったよ。俺はトーマスと狩りにでも行くことにする。じゃ明日デートがんばれよ」


「まだ言うか」


 くだらない軽口を叩き合いながら、二人は家へと向かい眠りについた。




 ヴィクターが目覚めたのは待ち合わせに間に合うかぎりぎりの時間だった。大きないびきをかきながら眠るレオンを起こさないよう静かに、急いで身支度を整える。


「防具よし、剣よし、身だしなみよし」


「お嬢に付き合うんだろ、乗ってくか?」


 王都に向かうべく馬車の準備をしていた村人に勧められるが、丁寧に断りを入れた。


(馬車の速度じゃ遅れる)


 現代日本では寝坊は遅刻に直結する。だが、ここは魔法のある世界。やりようはなんとでもあった。


「我が身を稲妻となせ『雷走』、疾風の如き速さを我が身に『疾走』」


 高機動を可能とする身体強化魔法の重ね掛け、遠慮のない魔力投入量で馬車では太刀打ちできない速度を実現した。ヴィクターにとっても高等技術だったが、度重なる実践経験がそれを容易にできるまでに成長させていた。風を切り、景色はすぐに後ろに流れていく。阻むものは何もない。努力の甲斐あって、何とか遅れなかったようだ。ヴィクターが到着した時、リューリク家の家紋を付けた馬車もちょうど門へと姿を見せた。


「間に合ったぁ」


 そんなヴィクターの苦労(自業自得)など知らないオリビアが執事のような男に手を引かれ馬車を降りる。


「少し待たせちゃった?」


「今来たところだから平気だよ」


「ならよかった。行こ」


 乗り込んだ馬車はヴィクターが今まで乗ってきたいくつかとは全く異なる構造をしていた。煌びやかな内装に柔らかい椅子、小さいながらもテーブルが設置されている。さらに揺れすらも明らかに小さいものだった。このような豪華絢爛な馬車で移動することをオリビアは快く思っていなかったが、貴族の一員として育てられただけあって、家の名前を背負って行動する以上仕方がないと理解はしていた。


 王都大司教を代々務める家というのは遥かな権威を持つ。本来であれば隅々まで検査されるはずの町人区域、貴族区域の門をあっさりと通り抜けた。窓から見える王城が大きいことに驚く少年を少女はニコニコしながら眺め続ける。貴族区域に入ってから十分が経ち、大きな邸宅の立ち並ぶ区画で止まった。


「ヴィクターは横で立っててくれたらいいから。ついてきて」


「わかった」


 執事とメイドが屋敷のあちこちを行き来する様子にヴィクターは生家を思い出した。


「ヘンドリック・ローゼンミュラーは、すぐに参りますのでおかけになってお待ちください」


 オリビアが作法に則り優雅に座り少しすると、初老の男性がその向かいに座った。


「オリビア久しいな」


「お久しぶりです。ローゼンミュラー前侯爵殿。」


「十の誕生パーティー以来だったかな」


「はい。その際は大変お気遣いいただきありがとうございました」


「友の孫娘なのだ。気を遣うのは同然だよ。ところで今日は何の用事かな。ホルガーから来るとは聞いていたが、内容を聞きそびれていた」

「ローゼンミュラー殿にお借りしていた本をお返ししたいと。療養中のおじい様に代わって参じた次第です」


 オリビアの目くばせに気づいたヴィクターは、耳を彼女の口に近づける。


「本をお渡しして」


 拙さを感じさせるものの、丁寧で形式に則った所作でヴィクターは本を差し出した。元から家を出るつもりだったと言え、十五年もの歳月を貴族家で送ったのだ。最低限以上の作法は身に沁みついていた。オリビアが護衛に選んだのもそれを評価してだった。決して私情ではない……はず。


「ああこれか。貸したことすら忘れていたよ」


 王国の中心で政を長年行ってきた侯爵の、腹の奥さえ見透かすような視線がヴィクターに注がれた。


「彼はリューリク家の者ですか?」


「私の個人的な護衛です。本日はおじい様の個人的な用事でしたので、家の者を使うのは遠慮させていただきました」


 軽く頭を下げるオリビアを、ローゼンミュラーは制止した。


「謝罪は必要ない。むしろ感心しているんですよ」


「感心ですか?」


「リューリク家の者であれば護衛だとしても、作法の教育は徹底的になされるはずです。彼はそうでないのに、貴族相手の作法を心得て実践して見せた。もちろんこの場で一番賞賛されるべきは護衛の彼でしょう。しかし、貴族が最も必要とする、人を見る目をオリビアは持っている。感心に値する」


「お褒めの言葉ありがとうございます」


「物事には正当な報酬が必要。私が家を、政治を、まとめ上げる中で最も重視してきたことだ。言葉で終わらせる気はない。護衛の君、何か望みを言いなさい。私に実現可能なことでお願いするがな。もちろん不敬だなんだと言うつもりはない」


 助け舟を求めてオリビアに視線を向けるヴィクターだが、首を振られる。侯爵と子爵、地方貴族と王都貴族。いくら貴族の出身でも、いや貴族を知ってるからこそ力の差を理解できた。下手なことを言えばどうなるか、身分がバレる訳にはいかず、ヴィクターはこの場を上手く収める望みを探して、思考の海に潜った。


(あった)


 思いのほか早く見つかったそれを聞いたローゼンミュラー前侯爵は、膝を叩いて笑った。


「アッハッハッハッハッ。若者が隠居貴族に求めるのがそれか。面白い。手配しよう」


 一旦話が落ち着いたと見ると、すぐさまメイドが何人も現れて、お茶にお菓子を机に丁寧に配置した。


 王都の貴族はどこぞの政治家と一緒で、ないようがないような話が好きなようで、お茶会はしばらく続いた。


「それでは私はこれで失礼致します」


「引き止めて悪かった。ホルガーによろしく頼む。ついでに護衛の少年譲ってくれないか?」


「ダメです。彼は"私"の護衛です」


「冗談だ。友の孫娘から取り上げたりしたら、なんて言われるかわかったもんじゃない。だが少年。こちらはいつでも受け入れる。覚えておいてくれ」


 オリビアの凍えるような視線を背に浴びながら、無言で頭を下げ、家を出た。


(キゾク、オンナノコ怖い)

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