夢想した理想の行き着く先は

 聖女は艶やかな銀の髪をなびかせながら導かれるまま歩いていく。しばらく歩き続けるとヴィクターが支援を続けている村の一つウーステ村の入口へと到着した。


 村人はそれに気づくと仕事を放り出してワラワラと集まってきた。


「ようこそお越しくださいました。ヴィクター様。お隣の可愛らしい少女は?」


 オリビアが両手を頬に当てくねくねしだす。


「可愛いだなんてそんな //////」


 ヴィクターは残念なものを見るような目を少女に向ける。


「彼女は王都から来ている聖女様です」


「あの聖女様ですか、この辺りでも噂になってますよ。無償で百の病人を治し、千のけが人を癒したとか」


 ふにゃふにゃになっていた残念な顔は即座に切り替わった。


「聖女としての務めを果たしただけです」


(顔変わんの早すぎる。固定電話で話し出した母親かよ)


「良かったら……」


 なんとも聖女らしい提案をしようとする彼女を制止しようとするが、すぐに遮るように出した手をひっこめた。


「まあいいや。好きに治療してやったらいい」


 数時間が経ち、治癒を求める者の行列は途絶えた。さすがに村人の些細な怪我まで治すのは骨が折れたのか、オリビアは疲れ切った様子で村長の用意した部屋で休んでいた。


 お疲れ様とねぎらいの言葉をかけながら、飲み物を運んできたヴィクターに彼女は問いかける。


「なんで私を止めようとしたのですか?」


「君のために、そして僕のためにならないと思ったからだ」


「ならなぜ治療することを許したのです?」


「君の気が済むと思ったんだ」


 オリビアはしばしの沈黙ののち、じっと目の前に立つ大人びたような同い年の少年を見つめ再び問いかける。


「私の力が私のためにならないとはどういうことですか?彼ら苦しむ民衆を助けることは私の役目です」


「君は希望というものを信じるか?」


「もちろん信じます。神が与えてくださるものですから」


「じゃあ、その希望がかなわなかったらどうする?最初からそんな希望なんてなかったら期待することもなかったのにとは思わないか」


「言っていることは理解できますが……。しかし」


 その続きはヴィクターの言葉に遮られる。


「いや、分かってない」


 大きく息を吐き話始める。


「民衆からは高い税金を取り、その金で貴族らしい生活を続ける悪徳領主と呼ばれる男に嫡男となる一人目の子が生まれた。それからしばらくして次男が生まれた。民衆は次代が善政を引いてくれることを祈った。しかし、長男は真面目で優秀であったが、民衆が望むほどではなかった。あくまで貴族的に優秀であったのだ。一部の人々はまだ幼い次男に想いを託すことにした。数年後、成長した次男が多額の金貨を抱え貧困に苦しむ村々へと赴いたことで、想いは強烈な希望へと変化した。希望を得た人々はそれを実現しようと考え始める。だが、兄弟仲はよく優秀な兄を差し置いて弟が領主になる合理的な理由は一切なく、次男にそのような野心はなかった。彼らはついに次男を担いだ反乱さえも考慮に入れ始める。民衆反乱が成功した例はほとんどなく、ほとんどの場合で参加者は死刑、さらなる圧政が引かれることになるのだが、希望に酔いしれたものが気づくことはなかった。希望が産んだ残酷な現実だ」


「それで私が民衆の希望になりかねないことを止めようとしたのですね。しかし、希望がないと人は生きていけません。結果的に希望が悪くなることはあってもそれがすべてではないはずです」


 オリビアは神の与える希望をともに信じる宗教家の娘として、そして人々へ癒しの奇跡で希望を与えてきた者としてあたかも希望が人を不幸にするかのような言い分には強く反発した。


「そうだ希望が良い効果を産むこともある。ただし力がある時だけだ。僕に権力があれば根本的な解決ができだろうし、圧倒的な武力があれば反乱を成功に導くことだってできだろう。だけどそうではなかった。だから……いやなんでもない」


「だから領地を出るんですか?」


 言い当てられると思っていなかったヴィクターは目線を慌ただしく泳がせる。


「正解。みたいですね」


 オリビアはその観察眼、洞察力に驚きを感じ固まるヴィクターにいたずらっ子の笑みを向ける。


「フフっ私そんなにヴィクター様が思ってらっしゃるほど凄くないですよ。実はメイドのマリーさんに教えていただきました」


「マリーが?」


「はい。止めるようにも頼まれたのですが、それはヴィクターが決めることなので尊重します。ですが理由ぐらいは教えて頂けますか?」


「理由なんて立派なものじゃない。逃げるんだよ。この詰んでいる領からは。父上が政策を改善する気配は無く、民の心は兄さんと僕に分かれつつある。僕がここにいる限り反乱は必ず起きてしまう」


「だからって」


「兄さんだけなら、この泥船を立て直せるかもしれない。それに旅の中で力をつければ何か役に立てるかもしれない。」


 オリビアは頷き、胸の前で手を組んだ。


「分かりました。あなたの決断が幸福の光で美しく輝きますように」


 その祈りの言葉はヴィクターが抱いていた不安を不思議と消し去った。


「ヴィクター様。一つお願いがあるのですがいいですか?」


「もちろん。僕にできることなら」


「その……。私をオリビアと呼んでくださいませんか?」


(名前呼び捨てイベントキターー!!!! だけど冷静になれ、いくら肉体が子供で精神もそれに合いつつあるとはいえ、年齢差が凄いし犯罪臭しかない)


 美しく整った顔立ち、輝きに満ちた眼、純粋無垢な少女の可愛らしい願いに抵抗できる訳もなく。


「もっ、もちろん」


「ありがとう。ついでに敬語もなしにするね。良かった。やっと本当の友達になれた」


 ぴょんぴょんと飛び跳ねて体全体で喜びを表現するオリビアの先程までとは打って変わった年相応の行動にヴィクターは大ダメージを受けていた。


(ぐふっ。これダメなやつ。可愛がすぎる)


「さぁ。もうそろそろ日暮れも近いし屋敷に戻らないとね。でも今日が終われば自由に動ける日はもうないし、簡単に会うことはできないのが残念……」


「旅の途中、王都に寄った時は必ず会いに行くよ。その時は案内をしてくれない?」


「もちろんよ。その日を楽しみにしておくわ」


 オレンジの空を背景に2人は一歩一歩の時間を大切にしながら帰路に着いた。




 ヴィクターが物語の一ページのような時間を過ごしているのとほぼ同じ頃、一切の光源のないジメジメとした部屋で性別不詳の二人が向かい合ってた。


 一人目が口を開く。


「進捗は?」


 二人目が口角を上げる。


「順調です。誘導も成功しました」


「それは良い知らせだ。私たちの計画を妨害しかねないのが一人のガキというのは不快だが、排除できるのならばもはやなんでも良い」


「しっかし聖女というのは面倒なもんですな」


「ああ。その苦労ももうすぐ実るだろう。障害が消え去れば我らの計画はさらに速度を増す。油断してしくじるな」


「かしこまりました。我が王の御心ままに」


 二人目は恭しく頭を下げ最上級の敬意を表し、そそくさと暗い部屋を出ていった。


 残った人物が呟く。


「理想郷計画まではあと少しだ。あの日見た絶望を希望と変える。我らの意志と力を示す時が来た」

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