第2話 蠢動
丘の上は広い平地になっており、大きな樹木が校域を囲むように植えられている。
学園のレンガ造りの長い塀があり、校門が見えた。
校門の前は、広い降車場になっている。
高級車から降りた女生徒たちが、お互いにこやかに挨拶を交わしながら校門へ入っていく。生徒を降ろした車は、坂の向こう側へと下り旧市街地へ戻っていく。
長い坂を登ったせいで、三日月は少し汗ばんで
「ふうーーっ・・・」と、息を
道路横の電柱のプレートには、「富士原市代官山一丁目」とある。
この丘から藤原の荘の歴史は始まった。
校門を入ろうとした三日月は、思わず足を止めた。
そして、「ブフッ」と吹き出してしまった。
近くの生徒が三日月を見る。三日月は、慌てて口に手をやる。
赤レンガを積んだ立派な校門に、大きくて
『氏立 藤原院女子高等学院』
と、いかにも権威めかしい毛筆調の文字が浮き彫りされている。
「あはははっ、
三日月はクククと、まだ笑っている。
私設の学校なのだから、「私立」と表記するところだろうに・・・と。
「私」を「氏」としたところに、学校を創設した当時の藤原院家の当主の心情が透けて見える。これは家名のひけらかしに相違ない。
かつての大貴族が、武家に所領を削られ、徳川時代には将軍家に媚びへつらい、青色吐息で生き延びてきたせいで、よほど卑屈になったものか。
明治を迎えて幕府の締め上げから開放された感慨からなのか。
創設した学校に、『氏立』などという
三日月は、氏立の二文字に藤原院家の鬱屈と、どこか
歴史とはなんと人間臭く、面白いものなのだろうか。
学校名の浮かぶ銅版にはがっつりと
初めにこの学園を創設した藤原院家の当主は、やや卑屈に過ぎたかもしれないが、今の藤原院家の人々はどうなのだろうか。
『藤原院家など、大したことないわぁ! 』
三日月は、自分の家のじーさんが
さてさて、お楽しみの時間はこれからだ。
三日月は、両手の指をグニグニと
すると、指から「ピリッ」という微音が鳴った。
「フフフ・・・今日も絶好調ね」
指先の感触を確かめながら不敵な笑みを浮かべ、羅城門三日月は校門に入った。
「北海道から転入して来ました、羅城門三日月と申します。皆様、これからよろしくお願い申し上げます。趣味は・・」
三日月が転入したのは、本校舎の3階の2年B組であった。
黒板の前で自己紹介する三日月の立ち姿は、クラスの女の子から見ても綺麗だった。それも眼から鼻へ抜けるような美少女である。
身長は160cmほど。銀髪だが、その影の色合いに、
前髪は左寄りの生え際で左右に分かれ、軽やかにカールしている。
長い
三日月が顔を動かすたびに、胸まで伸びた耳前の左右の細いサイドヘアが揺れる。
顔立ちはキリッとしているが、笑うと目尻が下がって優しい印象を人に与える。
話し
バストは83のCぐらい。ツンと立つトップ。
セーラー服の上からでも乳房の形の良さが
キュッとした腰からボトムにかけてのラインも美しい。
道を歩けば、男女の別なく振り返るだろう。
彼女はなにか・・オーラのような独特の空気を
クラスの女の子の何人かから「はぁ・・・」と溜め息が漏れた。
三日月は、自己紹介を続けながらクラスの女の子たちを見渡す。
35人のクラスメートは、みんな黒髪で大人しそうに見える。
いかにも良家の箱入り娘といった子ばかりである。
『ま、しばらく私もお嬢様っぽく振舞いますかね・・』
三日月の口角が、ニンマリと小さく曲がる。
自己紹介を終えた三日月に、パチパチパチ、とクラスメートから歓迎の拍手が贈られた。三日月は一礼すると、背筋をピンと伸ばして颯爽と自分の机に向かった。
机は、教室の校庭側の窓際の
授業が始まった。
一時限目は、数学だった。
数学の教師は50歳ぐらいのオッサンだった。黒板に出題した。
「この数式を解いてみろ。そうだな・・・転校してきたばかりの羅城門、前へ」
いきなり指名が飛んだ。
黒板の数式を見たクラスメートたちは顔を見合わせ、少しざわついた。
オッサンは三日月を試すようだ。目立つ容姿の三日月に、オッサンは興味があった。
その好色そうでいて、何か見下している目つき。
いやらしい、と三日月は思った。
そして「フン・・」と小さく鼻を鳴らした後、彼女は前に進み、黒板に向かった。
オッサンの提示した数式を、チョークで展開し始める三日月。
カッカッカッ・・小気味よくチョークが踊り、鳴る。
迷いなく数式を展開していく三日月に、クラスメートは見入った。
オッサンも意外な表情をしていた。
数式の展開が4段目に来たところでオッサンが、「ん? 」と言った。
「なにか間違ってますか、先生? 」
三日月は、平然とした顔つきで言う。
「いや、なぜそんな記号を使う。 そんな解き方見たことがないぞ?」
「あら、ここの数式をすべてα (アルファ) に置き換えて、こちらもβ (ベータ) に置き換えて整理すれば、あと2段で解けますけど? 」
「や・・やってみろ」
オッサンは戸惑ったが、三日月は、本当にそこから2段で解いてしまった。
三日月を試すための難問。じつはクラスメートもまだ習っていない数式だった。
最初に彼女たちがざわめいたのもそのためだったのだ。
「さ・・さがっていいぞ、羅城門」
面目を失ったオッサンは顔を赤らめ、自分の上着の
二時限目は、日本史。
室町初期の南北朝動乱についての授業だった。
中年の女性教師も、目立つ容姿の三日月に目を付けて指名してきた。
「
女性教師はニヤニヤしている。やはり見下しているように見える。
足利尊氏の始めた北朝が、その三代将軍・義満の時代に南朝を吸収するように統一したことは知られているが、それまでの約60年間の南朝の動向はあまり知られていない。
三日月は、立ち上がり、語り始めた。
「そうですね・・1392年の
生徒も教師もポカンとした。
「統一後、それを奪わんとした
「・・・・・」生徒たちは黙って顔を見合わせた。
「
「・・・えっと・・・」教師は戸惑っている。
三日月は語るのを止めない。
「
「
「
かれこれ5分以上過ぎてもまだ
「羅城門さん、も・・もういいですよ! 」
教師が止めた。教師の額に脂汗が滲んでいる。
「はーい」
三日月は、ニヤリと笑って腰を下ろした。
三時限目の生物。
四時限目の古典。これらの授業でも指名された三日月は、教師たちを呑んだ。
クラスメートも
この人ガチだ・・・
怖そうだと思われたのか、敬遠してなのか、なかなかクラスメートは三日月に話しかけてこなかった。
さて、昼休みである。
昼食のため食堂へ行こうと席を立とうとした三日月に、一人のクラスメートが話しかけてきた。
その子は、三日月の机の所まで来てペコリと一礼した。
「初めまして。私はクラス委員長の
丁寧な挨拶だった。育ちの良さが伝わってくる。
「すごいですね、羅城門さん。先生方を圧倒して・・・カッコ良かったですよ。
私、感動してしまいました。大変お勉強なさっておられるようですね。今度私にも御教授下さい。それに・・すごく綺麗な方だなって・・是非お友達になってくださいね! 」
初めて声をかけてもらった三日月は、嬉しくなった。
花岳寺清美の身長は、三日月と同じぐらい。
清美は、長めの黒髪を後ろで左右に分け、それぞれゆったりとした三つ編みにして、
そしてなにやら目が悪いのか、かなり度の強そうな大きな丸い眼鏡をかけていた。
大人しく、真面目そうな少女だった。
しかしよく見ると、
そんな少女が、目をキラキラとさせて笑顔をくれる。
三日月が目線を下げると、そこに清美の胸。
三日月は、思わず「ヒュウ」と小さく唇を鳴らした。
・・・ほほぉ、私より大きいな。86ぐらいか・・・
出る所は出ている、「おっとりメガネボイン」の清美ちゃんである。
今度は三日月の鼻が膨らみ、ピスピスッと二回鳴った。
下品なようだが、可愛い女の子を前にした時の、三日月の生理現象なので仕方ない。
「初めまして。羅城門三日月です。以後よろしくお願いしますね、委員長さん」
軽く一礼して、三日月がにこやかに右手を差し出す。
握手をしようとする仕草だ。
「こちらこそ、よろしくお願い致します、羅城門さん」
清美も右手を差し出した。三日月が、ニヤリとする。
そのまま握手をするかと思いきや、三日月の右手は予想外の動きをした。
三日月の右手の親指と人差し指が、清美の右手の親指の付け根の、盛り上がっている部分を
圧迫しているその三日月の指先が、「ピリッ」と極めて小さな音を発した。
その瞬間であった。
「あっ・・・」
清美がふらり、とよろめいた。
「おっと、危ない」
三日月が腕を伸ばして、清美の体を支えた。
そして優しく
「大丈夫? 」
「・・・・・」
清美は、小さく口を開け、
「大丈夫かしら、花岳寺さん? 」
三日月はもう一度声をかけ、今度はポンポン、と清美の肩を叩く。
ハッ、と表情が戻る清美。
「あ・・は、はい、大丈夫です。なんだろう今の・・私、一瞬足の力が抜けたみたいになって・・」
奇妙な感覚だった。
右手の親指の付け根を押された瞬間、足の筋肉が、一瞬で
というより、フッと床がなくなって宙に浮いたように感じた。
そのため身体の平衡を失い、バランスが崩れてしまったのだ。
清美は、静電気のような刺激を感じた自分の右の手のひらを不思議そうに見つめる。
一方、清美の体を抱く三日月は、なんだか嬉しそうだ。
すると、あっ・・と、思い出したように清美は言った。
「そうでした。じつは私、クラス委員長として今日一日羅城門さんをガイドするように先生から
「ええ、ご案内いただけるのかしら? 」
「はい、お昼の時間はたっぷりとありますから、ついでに校内をご案内しますね」
本当に礼儀正しい女の子だ。
気を取り直した清美は、三日月と二人で教室を出た。
三日月は、清美がまたフラついては危険だからと理由を付け、清美の腰にずっと手を回して歩いた。
「ありがとうございます」と清美はお礼を言ったが、三日月は、
「あっごめん・・手が
少し戸惑うようでありながらも、転校生に優しい笑顔を心がける清美。
三日月の口角が、ニンマリといやらしく上がった。
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